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食べかけのビスケット

5.トゥーリの証言

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 勝手口からキッチンへ入り、作業台の横を通る。作業台の上には、チョコレートを口の周りに塗りたくって仰向けで寝息を立てているヌーッティがいた。ごにょごにょと寝言を言っているようであるが、くぐもっており何を言っているのかは聞き取れない。寝冷えしてお腹を壊さないように、手近にあったキッチンタオルを手に取り、ヌーッティの体にかける。それから、キッチンを出て、廊下を歩き、階段を挟んで隣にある祖父母の書斎に、扉をノックをしてから入る。
 中は窓のある壁以外すべてが造り付けの書棚となっており、窓の下に置かれた木製の机の上に、茜色のワンピースを着て、ゆるく波打つ亜麻色の髪を頬の位置で切り揃えた小人トントゥの女の子トゥーリの姿があった。
 トゥーリは机に重厚な体裁の百科事典を広げて読み入っていたようであるが、ドアの開く音で顔を上げると、こちらを見る。

「ビスケット? 食べていないよ。ヌーッティがまた食べたの?」
 食べかけのビスケットについて尋ねると、トゥーリはさらっと、いつものことかといったふうに答えた。そして、ここでも、第一容疑者としてヌーッティの名前が挙がった。
「でも、ブルーベリーが付いていたならアレクシかも。ブルーベリー中毒者を気取ってるけど、アレクシもよくビスケットを食べるよ」
 第二容疑者はアレクシになった。
 では、リュリュという可能性はどうであろうか。
「んー、リュリュはストレスが溜まるとやけ食いしちゃうって言ってたから、ないってことはないかな? この前も、アレクシに付きまとわれてるって言って怒ってて、冷蔵庫に一つだけあったバナナのタルトを一人で食べていたよ」
 ここに来て、別件対応中事案の犯人が唐突に判明した。そのバナナタルトは、先日食べようとしてなくなっていたものである。
 それはさておいて、今、トゥーリに尋ねるべきことはたった一つ。トゥーリがビスケットを食べたのかということだけである。
「つまみ食いをしないって言ったらうそになるけど、今日は食べてないよ」
 トゥーリらしい正直な反応であった。
 しかし、気になることがあった。それは、本棚から数冊の本が床に落ちていたことである。
「あ! ごめん! 急いでいたから片付けるの忘れてた!」
 トゥーリは、はっとした表情を湛えて、申し訳なさそうに謝った。
 トゥーリだけ容疑者リストから除外しようかと考えていたところに、
「それなら、一度みんなをアキの部屋に集めて検証したらどうかな?」
 トゥーリがしっかりとした口調で提案をしてくれた。それならばと思い、15分後に部屋に全員集合はどうかと伝えた。
「わかった。みんなを呼ぶね」
 そう言うとトゥーリは両手を使って、分厚い事典をばたんと閉じ、背負うように持つと、机の上から床に飛び降りた。
 トゥーリが床に着地すると、重く軋んだ音が室内に響いた。
 トゥーリは重い本を背負いながらも、軽やかな足取りで本棚へ行くと、棚の一番下の元あった場所に事典を戻した。
「じゃあ、15分後にアキの部屋ね!」
 片手を挙げて挨拶をしたトゥーリは走って部屋を出て行った。
 トゥーリが書斎を出て数秒後、キッチンからヌーッティの泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてきた。
 同時に、トゥーリに「ヌーッティを起こすときは腹パンせずにそっと起こしてあげて」と伝えることを忘れていたことを思い出した。
 うな垂れて足元を見ると、トゥーリが片付けた事典の背表紙が目に入った。そこには「格闘技の歴史」という文字が金色の文字で箔押しされていた。
 思わず乾いた笑いを漏らした。

 15分があっという間に経ち、トゥーリ、ヌーッティ、アレクシ、リュリュ、そしてアキが、食べかけのビスケットの残るアキの部屋に集まった。
 こうして、事件はいよいよ佳境を迎えるのであった。
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