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第一章 ロードライトの令嬢
幕間 リッカの誕生日 前編
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第62話~第64話の間に過ぎて行ったリッカの誕生日話を、シリウス目線で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なぁシリウス。お前も、リッカのお見舞いに行くだろう?」
友人のオブシディアン・ロードライトから投げかけられた言葉に、断る理由は一つもない。俺は大きく頷いた。
クリスマス休暇が明けて、トリテミウス魔法学院でのいつも通りの日常が戻ってきた。当たり前に授業を受け、当たり前に『依頼』をこなす、当たり前の日々。
それでも、変わったものは確かにある。
(また、家族と会えるとは思ってもなかった)
左の手首に嵌る革のブレスレットは、妹であるミーアからの贈り物。一粒輝く銀の星飾りを、そっと右の手で包み込む。俺のそんな仕草を見たオブシディアンは、痛ましげに軽く眉を寄せた。
「……一度くらい、一緒に夕食を取って来てもいいんだぞ」
「他は僕が見ておくから」と、俺にしか聞こえないくらいの声で、オブシディアンは囁く。「家族と」という単語を意図的に伏せたその言葉に、しかし俺は首を振った。
「そこまでは甘えられないさ。向こうにいられるのは土曜の日没まで。シギルの監視の外で動く気は一切ないよ」
キッパリと言う。
もう一生会えないと、そう覚悟は決めていた。
本来ならばあり得ない、奇跡に等しいこの幸運。
――だからこそ、甘え過ぎてしまわぬよう、律することは大切だ。
「……そうか」
オブシディアンは、少し物言いたげな瞳で頷くと「そう言えば、来週はリッカの誕生日でもあるんだ」と話題を変えた。
「誕生日か! えっと、いくつになるんだっけ?」
「八歳になる。……そうか、リッカもあと二年で入学か……」
そう呟いたオブシディアンは、軽く目元を緩めている。あまり表情は変わらないが、数ヶ月この男を近くで見ているとわかる。これは心底嬉しそうな顔だ。
そうか、リッカもあと二年で、自分たちと同じようにローブを纏い、この学校で授業を受けることになるのか。これまでずっと、ベッドの上にいるリッカの姿ばかりを見ていたものだから、リッカが動き回っている様子が全く想像できそうにない。
座学はともかく、実技なんてあっという間に倒れるんじゃないのか? いや、その前に、寄宿舎から教室までの道のりで倒れてしまいそうだ。
「今年の誕生日は病院で迎えることになるから、ちゃんとしたものはリッカの退院後、本家に戻ってからになるだろうけど。それでも、お祝いくらいはな」
めでたいことだし、とオブシディアンは微笑む。来年の命も定かではなかったリッカが、今年もまた誕生日を迎えることができた。そんな安堵と喜びが見える笑みだ。
「ラグナルでは、誕生日はどのように祝うんだ?」
「国外とそう変わりはないんじゃないか? また一年歳を重ねることが出来たことに対し、精霊様と両親に祈りと感謝を捧げる日だよ」
「……ほーん……」
オブシディアンは何てことないように言うものの、やっぱりラグナルの文化は、国外とは多少違いがある気がする。
曖昧に笑いながら、やっぱり一般常識は聞ける時に聞いとくべきだなぁ、なんてことを頭の片隅で思う。
……未だに、オブシディアンが言う『精霊様』の概念もよく分かっていないわけで。
「まぁ、リッカの両親に感謝を捧げるというのは、いくら慣習だからと言っても、あまり気が進まないが……」
そう言うオブシディアンは苦々しい顔だ。オブシディアンにとって、リッカは異父妹に当たる。
もう亡くなってしまった母親と、リッカの実父とは言え、見ず知らずの男。そんな二人に感謝を捧げろと言われても、なんだかなぁという気持ちになるのだろう。気持ちは分かる。
「でも、リッカにとっての父親は、ただ血が繋がってるだけの男のことじゃなくて、自分のために方々に掛け合って尽力してくれた、本家のご当主様のことを指すんだと思うぞ? ご当主様にとっても、もうリッカは自分の娘で、家族だろ。あんまり深く考えなくてもいいと思うぞ」
「……それもそうだな」
オブシディアンは軽く頭を振ると「リッカへの今年の誕生日プレゼントは、お守りにしようかと思ってるんだ」と話を変えた。
誕生日にプレゼントを贈る文化は、ラグナルにも存在するらしい。見知った文化にホッと安堵したものの、リッカにあげるのにちょうどいいプレゼントというのは、なかなか悩ましい問題な気がする。
……友人の妹に渡して喜ばれるプレゼントって、どんなものがあるだろう? 無難なのはお菓子やアクセサリーかもしれないが、リッカは手術直後でまだ体調も戻っていない。お菓子をあげてもほんのちょっぴりしか食べられなくて、むしろリッカに罪悪感を抱かせてしまいそうだ。
なら、アクセサリーはどうだろう? でもリッカの好みも分からないし、物として残るのは重たくないか?
あとアクセサリーだと、オブシディアンの『お兄様チェック』に引っかかりそうでちょっと怖い。自分のセンスに自信があるわけでもないし、ちょっと保留だな、こりゃ。
そもそも、リッカはラグナル随一の家系であるロードライトのご令嬢なのだ。いつも身綺麗にしているし、服もそこらで売っているような安物とは格が異なる。『国外者』である自分の懐具合を鑑みると、たとえ装飾品の類を贈っても、俺が贈ったものだけ安っぽく浮いてしまいそうだ。
リッカは喜んで身につけてくれるだろうと予想できてしまうからこそ、そんな未来予想図がなんだかつらい。
(……ん? そう言えば?)
そのとき、ふと思い出した。
そう言えば、以前リッカはゲームが好きだと言っていた。対戦系のボードゲームじゃ負け知らずで、その無邪気な凶悪さ故、あの温厚なセラさんに「もう二度とお嬢様とゲームはやりません」と言わしめたという。
……俺のお下がりになるけど、国外のゲームをプレゼントしてやれば、リッカは喜んでくれるかな?
ラグナルで電化製品を見たことがないから、きっと一人用のゲーム機を触るのも初めてだろう。ボードゲームやカードゲームと勝手が違うから、戸惑うことも多いと思うけど、それでも少しは気に入ってくれたら嬉しいんだけどな。
◇ ◆ ◇
リッカの『呪い』は心臓の病気かもしれない。そんな考えに至った後は、それはそれは大忙しだった。と言っても忙しかったのは俺じゃなくて、ロードライトのご当主様やシギルが方々に掛け合い奔走する中、俺はただリッカと顔を見合わせつつ、そのまま待機していただけだったのだけど。
それにしても。以前はリッカを冷遇し、目すら合わせようとしなかったご当主様が、覚悟の決まった眼差しで「リッカを助けるためなら手段は選ばない」と即答したことには驚かされた。オブシディアンも目を瞠っていたから、俺と同じように驚いたのだろう。
≪魔法使いだけの国≫『ラグナル』において、『建国の英雄』を祖とするロードライト家は、実質上の筆頭格だ。そのご当主様が自ら動いてくれたものだから、『国外』に出るための手続きは、通常よりずっとずっと早く完了したらしい。
……もっとも、ただ待っている身としては焦ったくて、待っている間にリッカが倒れてしまうんじゃないのかと気が気じゃない時間を過ごしていたものだ。
俺たちなんかより、リッカの方がよっぽど肝が据わっていた気がする。
「やれることはもう全てやりましたよ。人事尽くして天命を待つです。後はもう、神のみぞ知る……この世界じゃ精霊のみぞ知る?」と首を捻っていた。後半は何を言っているのかよく分からなかったものの、リッカの言う通り、慌てても騒いでも、俺たちができることはもはや何もなかった。
国外からラグナルへ来た時は船を使った。でも、使える船は一隻しかない。その一隻は来月に『国外者』を迎えるための準備で手一杯ということで、今回は特例中の特例として、ラグナル国内から俺の実家まで、転移の魔法陣を使って移動することとなった。
場所が俺の実家だったのは、政府の人から出された『人目に付かず、立ち入りが区切られた、ある程度まとまったスペース』というお題から浮かんだのが俺の実家しかなかったからだ。妹のミーアには、随分と驚かせてしまったと思う。慌てて仕事中の父と母を呼び寄せ、リッカについての合意を取り付けた。『魔法使い』としてラグナルに向かった息子が、突然そんな突拍子もない頼み事をしに帰ってきたのだ。両親もよく受け入れてくれたよ。
改めて……リッカの『呪い』を解くというのは、とんでもない大事だったんだなと感じる。
子供の力だけじゃどうしようも出来なかった。あらゆる人たちが、俺たちやリッカに力を貸してくれたからこそ、リッカは無事に手術を受けることができ、そして八歳の誕生日を迎えることができた。
そして――先ほど『子供の力だけじゃどうしようも出来なかった』とは言ったものの。
自ら動いて父親との関係を改善し、自分を呪った相手を見つけ出してもらえるよう働きかけたのは、間違いなくリッカが成し遂げた功績なのだろう。病身を押して頑張ったリッカが、自らの手で切り開き、掴み取った勝利なのだ。
(凄いやつだよ、本当に)
ロードライト本家城から転移の魔法陣を使って、俺の祖父母が設立したローウェル総合病院へ向かう。最上階のフロアが丸々、リッカのために借りられた部分だ。一般人が間違って立ち入ることのないように、不可視の結界が張ってある。
病室にはリッカの姿は見当たらない。
「あら、皆様。ごめんなさい、お嬢様は、ちょうど今階下で検査中でして……」
主人のいないベッドの傍らで本を読んでいたセラさんは、はにかんだ笑みを浮かべて立ち上がった。
セラさんは耳元の髪をそっとかき上げ、スカートを摘むとしずしずと礼を執る。流石にロードライトのお城じゃないからか、服装はいつものメイド服じゃなくて、落ち着いた色合いのロングスカートだ。
オブシディアンが一歩進み出る。
「いつもありがとう、セラ。では、先にシリウスの実家へ向かうことにするよ」
「あら? シリウス様のご実家へ、ですか?」
「あぁ。リッカに渡したいものがあるんだと」
「まぁ」とセラさんの蜂蜜色の瞳が、俺を見つめてはそっと緩んだ。思わず胸が高鳴る。
「お嬢様のために、ありがとうございます、シリウス様。お嬢様もきっと、お喜びになることでしょう」
「……うん。期待しててよ、って伝えといて」
またねと軽く手を振って病室を出ると、転移陣のある部屋まで戻った。今度はもう一つの転移陣へと歩みを進める。
「良いですか。あくまでも、これは特例であるという意識はお忘れなきよう」
シギルはそっと人差し指を立てた。こくりと俺は頷く。
この転移陣は、俺の実家と病院とを結ぶものだ。
最初、ラグナルから俺の実家に転移して話し合いの場を設けた後、ローウェル病院へと移動することになった時に使用した。その際使った転移の魔法陣は、政府の許可の元設置されたものだから、勝手に解除するわけにもいかないらしい。難儀なことで。
「でも、シギルもよく許可してくれたな。今回はだいぶ俺の私情だったのに」
そうシギルに問いかけると、シギルは普段通りの胡散臭い笑みを浮かべて俺を見た。
「リッカ様の命の恩人ですからね。無理のない範囲ではありますが、多少の便宜は図りたいと思っているのですよ。シリウス様については、ご家族も含め契約魔法を結んでいますし……それに」
「それに?」
「シリウス様には、リッカ様と同い年の妹君がいらっしゃるのでしょう?」
……こいつ、俺以上の『私情』をぶっ込んで来やがった。
満面の笑みを浮かべるシギルに、ビシリと場の空気が凍りつく。オブシディアンがなんとも形容し難い目で俺を見てくるのが辛い。普段のオブシディアンがどんな気分なのかを、間接的に思い知らされた気分になった。
「……、俺の妹に何かしたら……」
「嫌ですねぇ。そんなこと、四大の精霊様に誓ってしませんよ」
疑わしいな……。
リッカがシギルを信用しているのは分かるし、シギルも何だかんだ口では言いつつ、きっちり弁えているのだとは思う。
……思うんだけど……。
「……妹にビンタをねだるなよ?」
「それは時と場合によりますよ」
「どんな場合だ!? ……もういい、もしミーアに最低限以外の会話をしてみろ、そうしたら……」
「そうしたら?」
「リッカに言いつける」
リッカのドン引きした顔が目に浮かぶ。表情を取り隠さないリッカは、側から見ても感情表現が素直で分かりやすい。
俺の言葉に、シギルは笑みを消すと、少し神妙な顔をした。
「それは……気まずいですね」
「俺はむしろ、シギルにも『気まずい』って感じる機能が備わってたことに驚いたわ」
床の魔法陣の上に三人が乗った後、シギルが魔法陣を起動させる。全身を包み込んだ白の光が晴れて、見慣れた実家が現れた。
今日の天気は雨のようだ。屋根を打つ雨音が聞こえてくる。真っ直ぐ続く廊下、その奥のキッチンからは、微かにテレビの音が漏れ聞こえてきた。
『……番組の途中ですが、臨時ニュースです。昨夜ロンドン郊外の――、二十代の女性と、女性の実子と思われる子供の遺体が発見されま――遺体に目立った外傷はなく、また争った形跡のないことか――察は行方不明である女性の夫に話を聞く方針で捜査を進め――』
どうやら、今日もテレビの調子は良くないようだ。いい加減買い替えればいいのに。
その時、キッチンの扉が勢いよく開け放たれた。飛び出してきたのは妹のミーアだ。エプロン姿のまま、俺たちを見ては立ち尽くしている。お菓子でも作っていた途中なのか、キッチンからはほんのり甘い匂いが漂ってきていた。
「クッキー焼いてんの?」
俺の言葉に、ミーアははっと目を瞬かせると、ぎゅっと顔を顰めて「かっ、帰ってきたなら『ただいま』でしょおっ!?」と怒ったような口調で言う。
それもそうだ。ミーアの言う通り。
「ただいま、ミーア」
ちゃんと『ただいま』って言ったのに、ミーアは俺を睨むとプイッとそっぽを向いて、足早にキッチンへと戻ってしまった。
……あれー? 妹との距離感が分からない。いや、分かった試しなんて無いんだけど。
オブシディアンとリッカのような兄妹には、どう足掻いてもなれそうにない。リアル妹がいる身からすると、あんなに可愛くて無邪気に兄貴を慕ってくる妹なんて、都市伝説でしかないのだ。
第62話~第64話の間に過ぎて行ったリッカの誕生日話を、シリウス目線で。
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「なぁシリウス。お前も、リッカのお見舞いに行くだろう?」
友人のオブシディアン・ロードライトから投げかけられた言葉に、断る理由は一つもない。俺は大きく頷いた。
クリスマス休暇が明けて、トリテミウス魔法学院でのいつも通りの日常が戻ってきた。当たり前に授業を受け、当たり前に『依頼』をこなす、当たり前の日々。
それでも、変わったものは確かにある。
(また、家族と会えるとは思ってもなかった)
左の手首に嵌る革のブレスレットは、妹であるミーアからの贈り物。一粒輝く銀の星飾りを、そっと右の手で包み込む。俺のそんな仕草を見たオブシディアンは、痛ましげに軽く眉を寄せた。
「……一度くらい、一緒に夕食を取って来てもいいんだぞ」
「他は僕が見ておくから」と、俺にしか聞こえないくらいの声で、オブシディアンは囁く。「家族と」という単語を意図的に伏せたその言葉に、しかし俺は首を振った。
「そこまでは甘えられないさ。向こうにいられるのは土曜の日没まで。シギルの監視の外で動く気は一切ないよ」
キッパリと言う。
もう一生会えないと、そう覚悟は決めていた。
本来ならばあり得ない、奇跡に等しいこの幸運。
――だからこそ、甘え過ぎてしまわぬよう、律することは大切だ。
「……そうか」
オブシディアンは、少し物言いたげな瞳で頷くと「そう言えば、来週はリッカの誕生日でもあるんだ」と話題を変えた。
「誕生日か! えっと、いくつになるんだっけ?」
「八歳になる。……そうか、リッカもあと二年で入学か……」
そう呟いたオブシディアンは、軽く目元を緩めている。あまり表情は変わらないが、数ヶ月この男を近くで見ているとわかる。これは心底嬉しそうな顔だ。
そうか、リッカもあと二年で、自分たちと同じようにローブを纏い、この学校で授業を受けることになるのか。これまでずっと、ベッドの上にいるリッカの姿ばかりを見ていたものだから、リッカが動き回っている様子が全く想像できそうにない。
座学はともかく、実技なんてあっという間に倒れるんじゃないのか? いや、その前に、寄宿舎から教室までの道のりで倒れてしまいそうだ。
「今年の誕生日は病院で迎えることになるから、ちゃんとしたものはリッカの退院後、本家に戻ってからになるだろうけど。それでも、お祝いくらいはな」
めでたいことだし、とオブシディアンは微笑む。来年の命も定かではなかったリッカが、今年もまた誕生日を迎えることができた。そんな安堵と喜びが見える笑みだ。
「ラグナルでは、誕生日はどのように祝うんだ?」
「国外とそう変わりはないんじゃないか? また一年歳を重ねることが出来たことに対し、精霊様と両親に祈りと感謝を捧げる日だよ」
「……ほーん……」
オブシディアンは何てことないように言うものの、やっぱりラグナルの文化は、国外とは多少違いがある気がする。
曖昧に笑いながら、やっぱり一般常識は聞ける時に聞いとくべきだなぁ、なんてことを頭の片隅で思う。
……未だに、オブシディアンが言う『精霊様』の概念もよく分かっていないわけで。
「まぁ、リッカの両親に感謝を捧げるというのは、いくら慣習だからと言っても、あまり気が進まないが……」
そう言うオブシディアンは苦々しい顔だ。オブシディアンにとって、リッカは異父妹に当たる。
もう亡くなってしまった母親と、リッカの実父とは言え、見ず知らずの男。そんな二人に感謝を捧げろと言われても、なんだかなぁという気持ちになるのだろう。気持ちは分かる。
「でも、リッカにとっての父親は、ただ血が繋がってるだけの男のことじゃなくて、自分のために方々に掛け合って尽力してくれた、本家のご当主様のことを指すんだと思うぞ? ご当主様にとっても、もうリッカは自分の娘で、家族だろ。あんまり深く考えなくてもいいと思うぞ」
「……それもそうだな」
オブシディアンは軽く頭を振ると「リッカへの今年の誕生日プレゼントは、お守りにしようかと思ってるんだ」と話を変えた。
誕生日にプレゼントを贈る文化は、ラグナルにも存在するらしい。見知った文化にホッと安堵したものの、リッカにあげるのにちょうどいいプレゼントというのは、なかなか悩ましい問題な気がする。
……友人の妹に渡して喜ばれるプレゼントって、どんなものがあるだろう? 無難なのはお菓子やアクセサリーかもしれないが、リッカは手術直後でまだ体調も戻っていない。お菓子をあげてもほんのちょっぴりしか食べられなくて、むしろリッカに罪悪感を抱かせてしまいそうだ。
なら、アクセサリーはどうだろう? でもリッカの好みも分からないし、物として残るのは重たくないか?
あとアクセサリーだと、オブシディアンの『お兄様チェック』に引っかかりそうでちょっと怖い。自分のセンスに自信があるわけでもないし、ちょっと保留だな、こりゃ。
そもそも、リッカはラグナル随一の家系であるロードライトのご令嬢なのだ。いつも身綺麗にしているし、服もそこらで売っているような安物とは格が異なる。『国外者』である自分の懐具合を鑑みると、たとえ装飾品の類を贈っても、俺が贈ったものだけ安っぽく浮いてしまいそうだ。
リッカは喜んで身につけてくれるだろうと予想できてしまうからこそ、そんな未来予想図がなんだかつらい。
(……ん? そう言えば?)
そのとき、ふと思い出した。
そう言えば、以前リッカはゲームが好きだと言っていた。対戦系のボードゲームじゃ負け知らずで、その無邪気な凶悪さ故、あの温厚なセラさんに「もう二度とお嬢様とゲームはやりません」と言わしめたという。
……俺のお下がりになるけど、国外のゲームをプレゼントしてやれば、リッカは喜んでくれるかな?
ラグナルで電化製品を見たことがないから、きっと一人用のゲーム機を触るのも初めてだろう。ボードゲームやカードゲームと勝手が違うから、戸惑うことも多いと思うけど、それでも少しは気に入ってくれたら嬉しいんだけどな。
◇ ◆ ◇
リッカの『呪い』は心臓の病気かもしれない。そんな考えに至った後は、それはそれは大忙しだった。と言っても忙しかったのは俺じゃなくて、ロードライトのご当主様やシギルが方々に掛け合い奔走する中、俺はただリッカと顔を見合わせつつ、そのまま待機していただけだったのだけど。
それにしても。以前はリッカを冷遇し、目すら合わせようとしなかったご当主様が、覚悟の決まった眼差しで「リッカを助けるためなら手段は選ばない」と即答したことには驚かされた。オブシディアンも目を瞠っていたから、俺と同じように驚いたのだろう。
≪魔法使いだけの国≫『ラグナル』において、『建国の英雄』を祖とするロードライト家は、実質上の筆頭格だ。そのご当主様が自ら動いてくれたものだから、『国外』に出るための手続きは、通常よりずっとずっと早く完了したらしい。
……もっとも、ただ待っている身としては焦ったくて、待っている間にリッカが倒れてしまうんじゃないのかと気が気じゃない時間を過ごしていたものだ。
俺たちなんかより、リッカの方がよっぽど肝が据わっていた気がする。
「やれることはもう全てやりましたよ。人事尽くして天命を待つです。後はもう、神のみぞ知る……この世界じゃ精霊のみぞ知る?」と首を捻っていた。後半は何を言っているのかよく分からなかったものの、リッカの言う通り、慌てても騒いでも、俺たちができることはもはや何もなかった。
国外からラグナルへ来た時は船を使った。でも、使える船は一隻しかない。その一隻は来月に『国外者』を迎えるための準備で手一杯ということで、今回は特例中の特例として、ラグナル国内から俺の実家まで、転移の魔法陣を使って移動することとなった。
場所が俺の実家だったのは、政府の人から出された『人目に付かず、立ち入りが区切られた、ある程度まとまったスペース』というお題から浮かんだのが俺の実家しかなかったからだ。妹のミーアには、随分と驚かせてしまったと思う。慌てて仕事中の父と母を呼び寄せ、リッカについての合意を取り付けた。『魔法使い』としてラグナルに向かった息子が、突然そんな突拍子もない頼み事をしに帰ってきたのだ。両親もよく受け入れてくれたよ。
改めて……リッカの『呪い』を解くというのは、とんでもない大事だったんだなと感じる。
子供の力だけじゃどうしようも出来なかった。あらゆる人たちが、俺たちやリッカに力を貸してくれたからこそ、リッカは無事に手術を受けることができ、そして八歳の誕生日を迎えることができた。
そして――先ほど『子供の力だけじゃどうしようも出来なかった』とは言ったものの。
自ら動いて父親との関係を改善し、自分を呪った相手を見つけ出してもらえるよう働きかけたのは、間違いなくリッカが成し遂げた功績なのだろう。病身を押して頑張ったリッカが、自らの手で切り開き、掴み取った勝利なのだ。
(凄いやつだよ、本当に)
ロードライト本家城から転移の魔法陣を使って、俺の祖父母が設立したローウェル総合病院へ向かう。最上階のフロアが丸々、リッカのために借りられた部分だ。一般人が間違って立ち入ることのないように、不可視の結界が張ってある。
病室にはリッカの姿は見当たらない。
「あら、皆様。ごめんなさい、お嬢様は、ちょうど今階下で検査中でして……」
主人のいないベッドの傍らで本を読んでいたセラさんは、はにかんだ笑みを浮かべて立ち上がった。
セラさんは耳元の髪をそっとかき上げ、スカートを摘むとしずしずと礼を執る。流石にロードライトのお城じゃないからか、服装はいつものメイド服じゃなくて、落ち着いた色合いのロングスカートだ。
オブシディアンが一歩進み出る。
「いつもありがとう、セラ。では、先にシリウスの実家へ向かうことにするよ」
「あら? シリウス様のご実家へ、ですか?」
「あぁ。リッカに渡したいものがあるんだと」
「まぁ」とセラさんの蜂蜜色の瞳が、俺を見つめてはそっと緩んだ。思わず胸が高鳴る。
「お嬢様のために、ありがとうございます、シリウス様。お嬢様もきっと、お喜びになることでしょう」
「……うん。期待しててよ、って伝えといて」
またねと軽く手を振って病室を出ると、転移陣のある部屋まで戻った。今度はもう一つの転移陣へと歩みを進める。
「良いですか。あくまでも、これは特例であるという意識はお忘れなきよう」
シギルはそっと人差し指を立てた。こくりと俺は頷く。
この転移陣は、俺の実家と病院とを結ぶものだ。
最初、ラグナルから俺の実家に転移して話し合いの場を設けた後、ローウェル病院へと移動することになった時に使用した。その際使った転移の魔法陣は、政府の許可の元設置されたものだから、勝手に解除するわけにもいかないらしい。難儀なことで。
「でも、シギルもよく許可してくれたな。今回はだいぶ俺の私情だったのに」
そうシギルに問いかけると、シギルは普段通りの胡散臭い笑みを浮かべて俺を見た。
「リッカ様の命の恩人ですからね。無理のない範囲ではありますが、多少の便宜は図りたいと思っているのですよ。シリウス様については、ご家族も含め契約魔法を結んでいますし……それに」
「それに?」
「シリウス様には、リッカ様と同い年の妹君がいらっしゃるのでしょう?」
……こいつ、俺以上の『私情』をぶっ込んで来やがった。
満面の笑みを浮かべるシギルに、ビシリと場の空気が凍りつく。オブシディアンがなんとも形容し難い目で俺を見てくるのが辛い。普段のオブシディアンがどんな気分なのかを、間接的に思い知らされた気分になった。
「……、俺の妹に何かしたら……」
「嫌ですねぇ。そんなこと、四大の精霊様に誓ってしませんよ」
疑わしいな……。
リッカがシギルを信用しているのは分かるし、シギルも何だかんだ口では言いつつ、きっちり弁えているのだとは思う。
……思うんだけど……。
「……妹にビンタをねだるなよ?」
「それは時と場合によりますよ」
「どんな場合だ!? ……もういい、もしミーアに最低限以外の会話をしてみろ、そうしたら……」
「そうしたら?」
「リッカに言いつける」
リッカのドン引きした顔が目に浮かぶ。表情を取り隠さないリッカは、側から見ても感情表現が素直で分かりやすい。
俺の言葉に、シギルは笑みを消すと、少し神妙な顔をした。
「それは……気まずいですね」
「俺はむしろ、シギルにも『気まずい』って感じる機能が備わってたことに驚いたわ」
床の魔法陣の上に三人が乗った後、シギルが魔法陣を起動させる。全身を包み込んだ白の光が晴れて、見慣れた実家が現れた。
今日の天気は雨のようだ。屋根を打つ雨音が聞こえてくる。真っ直ぐ続く廊下、その奥のキッチンからは、微かにテレビの音が漏れ聞こえてきた。
『……番組の途中ですが、臨時ニュースです。昨夜ロンドン郊外の――、二十代の女性と、女性の実子と思われる子供の遺体が発見されま――遺体に目立った外傷はなく、また争った形跡のないことか――察は行方不明である女性の夫に話を聞く方針で捜査を進め――』
どうやら、今日もテレビの調子は良くないようだ。いい加減買い替えればいいのに。
その時、キッチンの扉が勢いよく開け放たれた。飛び出してきたのは妹のミーアだ。エプロン姿のまま、俺たちを見ては立ち尽くしている。お菓子でも作っていた途中なのか、キッチンからはほんのり甘い匂いが漂ってきていた。
「クッキー焼いてんの?」
俺の言葉に、ミーアははっと目を瞬かせると、ぎゅっと顔を顰めて「かっ、帰ってきたなら『ただいま』でしょおっ!?」と怒ったような口調で言う。
それもそうだ。ミーアの言う通り。
「ただいま、ミーア」
ちゃんと『ただいま』って言ったのに、ミーアは俺を睨むとプイッとそっぽを向いて、足早にキッチンへと戻ってしまった。
……あれー? 妹との距離感が分からない。いや、分かった試しなんて無いんだけど。
オブシディアンとリッカのような兄妹には、どう足掻いてもなれそうにない。リアル妹がいる身からすると、あんなに可愛くて無邪気に兄貴を慕ってくる妹なんて、都市伝説でしかないのだ。
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