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第一章 ロードライトの令嬢

62 未来の予定

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 月日は矢のように過ぎて行って、クリスマス休暇はわたしの手術で終わってしまい、いつの間にか年を越していた。カレンダーを見るまで気付かなかった。別に、意識していたから何だというわけでもないけれど、それでもなんだかちょっと寂しい。なんで誰も教えてくれなかったのさ。

 クリスマス休暇が終わって、兄とシリウス様は学校が始まるということで、ラグナルへと戻ることになった。
 兄はしばらく「リッカが退院するまでは僕もリッカのそばにいる」「リッカに何かあったらと思うと勉強に身が入るわけもない」とありとあらゆる言い訳を述べていたが、ラグナルからやって来たシギルに「ロードライトの次期当主様ともあろう御方が、一年生を無惨な成績で落第なされたなんて聞けば、末代までの恥ですよ」と鼻で笑われ、憤慨した様子で荷物の片付けをしに、宿泊先のホテルへと戻って行った。
 元より優秀な兄のこと、あれだけシギルに焚き付けられたのだから、学校では間違いなく学年トップの文句の付けようがない成績を叩き出して来ることだろう。そう言えば『ゼロナイ』でも、オブシディアンはひたすら最優秀を取り続けていたものだ。

 シギルと共にこちらへやって来た父は、わたしの姿を見て、安堵に目元を緩ませた。

「無事に手術は終わったと、聞いてはいたが……本当に、良かった」

「はい。お父様、色々と便宜を図ってくださり、本当に助かりました。感謝しています」

 久しぶりに見た父は、以前よりだいぶやつれた様子だった。お父様、ちょっと老けました? とは、口が裂けても言うまい。わたしが理由で掛けた心労なのだろうから。

 シギルと父の背後には、知らない男性が三人いた。その内の二人は、一人を護衛するように一歩下がっている。護衛されている一人が、わたしのベッドまで歩み寄ってきた。父よりも十、二十は歳上だろうか。五十代半ば過ぎくらいの、恰幅の良い、気の良さそうなおじさん……おじいちゃん? だ。

「リッカ様。こちらはラグナルの執政官であらせられます、ラルス・シュタイナー様でございます」

 シギルのかしこまった声と、シュタイナーさんを見た途端にビシッと直立不動で固まったセラの姿に、なんか偉い人かな? と見当を付けた。シュタイナーさんが帽子を取ると、薄くなったグレイの髪が窺える。
 なんとか身を正そうとするも、シュタイナーさんは「いやいや、楽にしておきなさい」とわたしを見てゆったり微笑んだ。わたしは父とシギルの表情を伺った後、言われた通りそのまま力を抜く。

「大変な手術をしたんだってね? 無事に済んで本当に良かった」

「シュタイナー様のご協力あってこそでございます」

 父が片手を胸に当てて礼を執る。ロードライトの当主である父が頭を下げる相手とは、と、思わず緊張してしまった。わたしは慌てて「はじめまして、シュタイナー様。ご厚意に感謝いたします」とにっこり笑う。
 可愛らしい幼女の満面のにっこりは、ちゃんと効果があったらしい。シュタイナーさんは、孫を可愛がるおじいちゃんの顔になって「早く元気になるんだよ」と微笑んだ。

「お部屋の用意ができました。詳しいお話は、別室にて行いましょう」

 父とシギルは病室を出ると、三人を引き連れて歩いて行く。氷のように目を見開いたまま固まっていたセラの袖を、わたしはちょいちょいと引いた。

「ねぇ、セラ。今の人って誰?」

「……ラグナルの最高責任者ですよ」

 青ざめた顔でセラが言う。思わずひぃっと息を呑んだ。
 ……最高責任者って、首相とか、大統領とか、そういう人!?
 改めて、自分が国外へと出てしまった影響とか、そんなものを感じてしまった。マジモンの国際問題って感じだぁ。

 彼らが戻ってきたのは、それから数時間経った後の話だった。シュタイナーさんは、わたしの病室に戻ってくると「この病院の最上階部分を借り取ることにしたからね」と好々爺風に微笑み告げる。
 わたしがしばらく入院・通院する必要があるということで、ラグナルとして正式に、ローウェル病院の一角をしばらく借り取ることになったらしい。期間は、通院と再入院の可能性を鑑みて、わたしが学校へ入学するまでのおよそ三年間となった。

「隣室に、ラグナルへと通じる転移の魔法陣を敷いた。今後からはこれを使うと良い」

「ごっ、ご配慮、感謝いたしますぅっ」

 緊張のあまり声が裏返る。そんなわたしを見て、シュタイナーさんは楽しそうに笑った。

「何、子供は国の宝だ。国から支援するのは当然だろう? ……それに、ロードライトに貸しを作ることも出来たしな」

 シュタイナーさんが横目で父を見る。父は「娘へのご配慮、痛み入ります」と頭を下げることで、視線を合わせることを回避していた。……おぉう、ピリッとした雰囲気。わたしが一番の当事者なはずなのに、なんだか場違い感があるよ。

 シュタイナーさんと護衛の方々は、転移の魔法陣でラグナルへと戻って行った。父は大きくため息をつくと、病室内のソファに倒れ込むように腰掛ける。

「お父様、お疲れ様です……」

 眼鏡を外して目元を抑えている姿が、まるで無茶な上司に付き合わされた後のサラリーマンだ。哀愁漂うその姿に、思わず声を掛けてしまった。
 父は手を外すと、肩をすくめて苦笑する。

「いや……リッカのためだからな。父親として、骨を折るのは当然だ」

「お父様……」

 うわ、今、きゅんっとした。感動で胸の奥が熱くなる。
 ……わたしのお父様、素敵すぎる。

「シギルも、本当にありがとうね。大変だったでしょ?」

 シギルにも視線を向けると、シギルは普段通りの笑顔で「リッカ様のためですから」と父と同じことを言った。

「リッカ様、退院まではもう少し時間が掛かりますよね?」

「うん。まだ傷も塞がっていないし、やっぱり春ごろになると思う。でもリハビリで立つ訓練は始めてるし、経過はすごぶる順調だって、アルファルドさんには言われてるよ」

 退院しても、術後の傷が開かないようにしばらくは安静が必須だ。安静にしつつ、それでも身体を元の状態まで戻さないといけない。なかなか先は長いけれど、それでも今のわたしには、時間がたっぷりあるのだ。

 シギルは銀灰色の目を柔らかく細めると「そうですか」と言った。短い言葉に、それでもシギルの安堵を感じ取る。

『ご褒美』の話は、父の前では出来ないだろう。軽く目配せするだけに留めておく。
 城に帰ったら、往復ビンタくらいならやってあげるつもりだ。これでも、大きな譲歩である。

「退院したら、手を貸してくださった皆様に挨拶巡りですかね?」

 ロードライトの各分家も、それぞれ手を貸してくれたのだと聞いた。だからちゃんとお礼を言いに行きたいと、そう父に笑いかけると「そうか、その仕事もあるのか」と父は目を瞑り天を仰いだ。
 ……おおぅ、新たな仕事を思い出させてしまったみたいだ。挨拶のついでに、城の外をいろいろ見て回りたかっただけなんだけどね。

 わたしはもっと居てくれても良かったのだが、やっぱり仕事がまだまだ積み上がっているということで、病室でちょっとまったりした時間を過ごした後、兄とシリウス様が荷物をまとめて戻ってきたのを区切りに、皆はラグナルへと戻って行った。
 これでも、転移の魔法陣を敷いた分、相当な時間の余裕が出来たらしい。父とシギルは休憩時間があって良かったと喜んでいた。

「リッカ、くれぐれも安静にな。何かあったらすぐに来るから」

 兄は相変わらずの心配症を発揮しては、わたしと離れるのが名残惜しいとばかりに、ずっとわたしの頭を撫でている。わたしだって兄と離れたくはないので、しばらく兄の膝の上で撫でられるがままにしていると、シリウス様はわたしたち兄妹の姿を見て、呆れたように笑った。

「お前ら、本当に仲良いな……」

「兄妹なら普通だろ」

「いや、普通じゃないからな? 普通妹というものは、兄の膝の上にはおねだりの時にしか乗って来ないし、頭を撫でると大体が振り払われてしかめっ面をされるものなんだよ」

 肩を落として言うシリウス様。なんだか万感の思いが詰まっている気がして、ちょっと気の毒だ。
 ふと、そんなシリウス様の手首に、革のブレスレットが巻かれていることに気が付いた。銀の星飾りが一つついていて、シンプルながら格好いい。男性にも合うデザインだ。

「初めて見ました。格好いいですね、それ」

 そう褒めると、シリウス様は満更でもないような顔をして「……いいだろ?」と笑った。どうやら、本人も相当気に入っているようだ。

 四人が転移の魔法陣でラグナルへと戻っていくと、途端に病室内は静かになる。

「お父様もシギルも、大丈夫かなぁ……」

 働き過ぎて身体を壊さないか心配だ。ちゃんと休息は取れているのだろうか。
 そう呟くと、軽く眉を寄せたセラに「そこは、お嬢様が心配すべき場所ではありませんよ」と諭された。

「お嬢様が心配すべきことは、一にご自身の体力、二にご自身の教養です。もちろん、今はまだ傷も塞がっておりませんので、無理のしすぎは禁物です。それでも、城に帰ったらこれまでの分を取り戻すように、ちゃんと運動にも勉強にも魔法制御にも音楽にも取り組んでもらいますからね。
 お嬢様は後三年で、学校にも入学するのです。トリテミウスは卒業までに半数が落第するという過酷な学び場ですが、ロードライト本家アージェントたるもの、一教科でも不合格を取るなんて許されませんよ。覚悟してくださいませ?」

 ……その通りですね。肝に銘じます。
 でも、わたしは、未来の予定が当然のように入ってくることが、なんだかとっても嬉しかった。
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