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第一章 ロードライトの令嬢

49 ヴァルヌス監獄島

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«魔法使いだけの国»ラグナルにて捕らえられた罪人は、ラグナルから数十キロ離れた沖にぽつんと浮かぶ『ヴァルヌス監獄島』にて服役することになっているのだという。

 魔法防御・物理防御、どちらも共に最高ランクの要塞島。建国と同時期に建てられ、国の歴史を共に歩んだ、この国で二番目に古いとされている建築物だ。

 わたしにとってはこれが人生二度目の城の外おでかけだけど、今回は向かう先が監獄島だということで、前回ほどのウキウキ感はない。一緒に着いてきてくれたのがセラとシギルの二人だから、その点は心強いのだけど。

 ロードライト本家の城から転移の魔法陣を三回介し、監獄島に辿り着く。
 外から見ると、牢獄は黒いお椀のような形をしていた。窓はなく、壁はでこぼこしているものの、つるりとしていて取っ掛かりがなさそうだ。何だか禍々しいようなものを感じてしまうのは、わたしの先入観が強すぎるからだろうか。

 心臓の鼓動が、普段より早い。ぎゅっと胸を押さえては、ゆっくりと深呼吸をした。

(……怖い)

 怖いよ、そんなの当たり前だよ。
 六年間、わたしを苦しめ続けてきた呪い。その術師が、この奥にいる。

(怖い、怖い、怖いけど……、大丈夫だ)

 恐怖で、逆に前だけを向いていられるから。

「リッカ様、これを」

 ふとシギルは、わたしに帽子を差し出した。真っ黒でつばが広い、よく女優さんが被っているようなシルエットだ。わたしにはだいぶ大きい気がする。

「これは?」

 帽子を握ったまま尋ねると、シギルは軽く腰を屈めた。わたしの手から帽子を取り上げ、丁寧にわたしに被せかける。それだけで、視界の半分以上が妨げられた。シギルの口元しか見えなくなってしまったので、わたしはちょっと苦労して帽子の前部分を持ち上げる。

「リッカ様の銀髪は目立ちます。銀はロードライトのシンボルカラーでもありますし、それに……」

 シギルは一度言葉を切ると、重苦しげに残りの言葉を紡いだ。

「その赤い目は、テレジア家特有のもの。一般人にはあまり知られていないことですが、今から向かうヴァルヌス監獄内には『絳雪こうせつ戦争』を経験した罪人もいます。……無闇な勘ぐりを産まぬための、単なる保険ですよ」

 ハッと小さく息を呑んだのは、わたしではなく隣にいたセラだった。
 そう言えば、セラには話していなかったのだっけ。ナナリーから絳雪戦争の話を聞いた時も、セラには部屋を出て行ってもらっていたのだった。

「ご、ごめんね、セラ。秘密にしてたのは、ただ巻き込みたくなかったからなの」

 慌てて謝る。セラはぎこちなく頷いた。

「いえ……、その、実は、予測はしていたといいますか……。あぁでも、予想が当たってしまうとそれはそれで悩ましいものがありますね……」

 ロードライトの中核に踏み込む予定なんてなかったのにと、セラは頭を抱えて呻いていた。少し前、ナナリーも似たようなことを言っていた気がする。
 わたしの出生は、どうにもロードライトの中核、それも暗部に当たるらしい。自分でも「まぁそうだよなぁ」とは思う。

「ははは、まぁセラ様は、早めに諦めていただいた方が宜しいかと思いますよ」

 と、飄々と笑うシギル。セラは自分の頬を両手でパンッと打つと、しっかりした眼差しで前を見据えた。

「そうですね。この先もリッカお嬢様のおそばにいたいので、早めに知ることができて良かったと思っておくことにします」

「せ、セラぁ……っ」

 セラにそう言ってもらえると、何だかすごく嬉しく感じる。なんだかんだで、兄に次いでわたしのことを知っている相手なのだし。

「それでは、行きましょうか」

 シギルに促され、わたしたちはヴァルヌス監獄の中に足を踏み入れた。
 灯り代わりの蝋燭が壁に掛けられているため、中は想像より暗くはない。それでも、第三分家アジュール特製の完全防寒ケープを着ていても、何だかひんやりとした寒気を感じる。

 わたしが歩く速度は遅いし、途中で体調を崩したら大事おおごとなため、わたしは車椅子に乗せられて運ばれることとなった。車椅子と言っても、ベビーカーから装飾を抜いただけ、みたいなつくりのものなんだけど。
 地面から数センチ浮いているため、ちょっぴり浮遊感というか、胃の辺りが不安定な感じだ。なんだかおしりがもぞもぞする。

 セラに車椅子を押されながら、先導するシギルの後をついて行く。
 通路の左右には透明の扉が並んでいて、囚人はそこで過ごしているようだ。すぐそばを歩くわたしたちに気付く様子はないため、マジックミラーというか、こちらからしか見えない仕組みになっているのだろう。

 囚人たちと目が合うことこそ無かったものの、通路を歩く看守とシギルが数回言葉を交わす場面はあった。シギルも知らない仲ではないのだろう、礼儀正しさを崩さないものの、それでもどこか気安さを感じる。親しさ、と言うべきか。

「……シギルって、一体何者なの?」

 父の従者で、ロードライト第六分家セイブルの当主だってことは知っている。歳は、多分二十代の後半くらい。じゃあ家族は? 子供がいてもおかしくない歳だけど、結婚はしているのだろうか?

「おや? リッカ様、私に特別な興味がおありなのですか?」

「…………」

 そう言われると途端に聞きたくなくなるのは何でだろうなぁ?

「家族はおりますよ。兄弟姉妹も人よりは多いでしょう。もっとも、親はいませんが」

「え?」

 尋ねるが、もう返事はない。これ以上は、今はまだNGってことだろうか。

 ロードライトには、本家の他に五つの分家が存在する。第二分家ギュールズは『絳雪こうせつ戦争』時に滅ぼされてしまったものの、他の分家に関しては、家族構成とか何だとかを耳にする機会もまま多い。

 でも、第六分家だけは、よく分からない。
 シギルは人前では、絶対に自分を「ロードライト」とは名乗らない。
 父がシギルのことを信頼しているのは確かだと思うんだけど(自分の寝首をかく可能性がある相手を従者にはしないだろうし)、でもシギルは、わたしの母を手にかけたと言っていた。普通、自分の奥さんを殺した男を手元に置いておくものか?
 そもそも、母は先代本家当主だ。シギルが母を殺した件についても、シギルの独断である筈がない。誰かがシギルに母の殺害を命じたのだとしたら、それはきっとシギルの主人であり、現本家当主の父だろう。
 ……だとすると……

(うぅっ、確かにこれは、ロードライトの中核だ!)

 セラやナナリーが「知りたくなかった」って顔をするのも頷けるや! 知れば知るほど血生臭いなこのおうち! 兄がロードライトについてたまに微妙そうな顔をする理由も分かるってものよ!

「ヨハンの牢までは、結構遠いの?」

 考えるのは諦めた。シギルは「それなりですねぇ」という答えを返す。
 その言葉通り、ヨハンのいる牢屋まではそれなりに遠かった。わたしが自力で歩いたら、三十分は掛かったはずだ。いや、もしかしたら途中で力尽きて辿り着けなかったかも。

 その牢は、奥の突き当たりにあった。

 他の牢屋と違って、ヨハンの入れられている牢には扉がない。その代わりに厳重な鉄格子が嵌められていて、先程までとの雰囲気の違いに、思わずわたしは息を呑んでいた。

 ヨハンの両手首には、分厚い鉄の手錠が嵌まっている。ヨハンはぐったりと項垂れたまま、足を投げ出すようにして、壁に背を預けて座っていた。

「……シギル、わたしを呪った罪にしては、少し重過ぎるんじゃない?」

 甘いと言われるかもしれない。頭の片隅でそう考えたものの、それでも思わず声に出していた。奥歯を噛み締めシギルを見上げる。
 わたしに責められると分かっていたのか、シギルは小さなため息を零した。

「リッカ様。彼はリッカ様を呪った罪でここに囚われているわけではないんですよ」

「えっ?」

「魔法使いが«魔法使いだけの国»ラグナルから無断で出ること。それだけで終身刑にも値しますからね」

 国を出るだけで終身刑って、マジ!?
 唖然としたわたしを見かねてか、セラもおずおずと囁いてきた。

「お嬢様……ラグナルは元々、人間界から迫害される同胞を守るため、『建国の英雄』の三人が興した国です。魔法使いとは、人間には無い不思議な力を持つ者。それを怖がる人間たちにより、我々魔法使いは弾圧を受けてきたんです。……『建国の英雄』達は、人間と魔法使いの双方を守ろうと、人間と不可侵の条約を結びました。この『不可侵』をおびやかすだけでも、重大な国際問題になりかねないのですよ」

「…………っ」

 何かを言いたくて、それでも、何一つとして言葉にはならなかった。

「……分かった」

 ただそれだけを、ぽつりと呟く。
 車椅子から立ち上がると、わたしは鉄格子に歩み寄った。床に膝をつき、スカートの裾を払うとそのまま正座する。

「今日で。ねぇシギル、彼はわたしの問いかけに、ちゃんと答えてくれるかな?」

 四日目の今日からは、な尋問に着手すると言っていた。
 わたしの問いかけに、シギルは「えぇ」と肯定する。

「我々が到着した頃合いで、自白剤は投与済みです。せん妄のような症状が出ることがありますので、受け答えは多少不明瞭になるかもしれませんが」

「そう」

 頷いた。
 被っていた帽子をそっと外すと、胸に抱える。
 ヨハンを見据え、わたしは口を開いた。

「――はじめまして、ヨハン・ワイルダー。わたしはリッカ・ロードライト。六年前、あなたが呪った赤ん坊だよ」
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