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第一章 ロードライトの令嬢
29 わたしを呪った誰かさん
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「さて、リッカ様。私からも、ご報告しておきたいことがございます」
わたしと父の、ささやかな、それでも心温まる交流に、割って入ってきたのはシギルだった。
シギルの手元には、わたしの『お披露目の儀』での名簿がある(正確には、本物を兄が複製したもの、だけど)。それを見て、わたしも気を引き締めた。
その名簿に挟まれていた一枚の紙を、シギルはわたしと父の間にあるテーブルにそっと置いた。わたしと父は、揃ってその紙を覗き込む。
その紙には、家名と、そして名前が書かれているようだった。その数八名。
更にその横に、シギルは八枚の写真を置いていく。
それぞれ風貌は違えども、どの写真にも、二十代から四十代頃の男性の姿が映っていた。
「リッカ様を呪ったと思われる者の、候補者でございます。絞り込めたのはここまでですが、ひとまずはご報告を」
「でも、元々三百人くらいは載ってたんでしょ? そこからこれだけの人数に絞るのも、大変だったはずだよ。ありがとう、シギル」
骨を折ってくれたことに対し、わたしはシギルに労いの言葉を掛けた。
だって、シギルがこなしてくれたことは全て、わたしのためを思ってのボランティアなのだ。本業だってあるだろうに、それでも隙間を縫って、わたしのために時間を使ってくれた。
シギルは一瞬、わたしを驚愕の面持ちで見つめた。
はて? そんな目で見られる謂れはないぞ?
と、こちらも首を傾げると、ふいっと目を逸らされる。何なんだ。
気を取り直すように、シギルは軽く咳払いをした。
「候補は八人。ですがその内四人は既に亡くなっていますため、できれば残る四人に正解があって欲しいものです」
シギルは八枚の写真から、四枚を除外する。
残る四枚を、わたしはじっと見つめた。
(この中に、かつてわたしを呪った人がいる……かもしれない)
……全然ピンと来ないというのが、正直なところだ。
なんで、わたしを呪うようなことをしたんだろう。
(赤子に呪いを掛けるほど追い詰められていたと思うと、なかなかだよなぁ……?)
「では、この後は、彼らの身辺を当たっていく作業になるだろうか」
腕を組んで父が言う。
「そうですね」とシギルは首肯した。
「後は虱潰しに探すのみ、ではありますが。結局は、当人に自白していただかないことにはどうにもならないかと」
「もしくは、こちら側で何とかしてリッカの呪いを解くか、か……」
父は険しい顔だ。
うぅん、とわたしも腕を組んでみる。
現状、わたしの呪いを解く方法は二つ。
一つ、呪った人を突き止め、その人に呪いを解いてもらうこと。
二つ、わたしたちの側で、何とかして呪いを解く方法を解明すること。
どちらも難易度が高過ぎる。
シギルが『絞り込めたのはここまで』と言ったのだ。この候補者八人からたった一人に絞り込むのは、三百人から八人を絞り込んだときよりも、よっぽど労力を必要とするのだろう。
かと言って、自力で呪いを解くのも難しい。
国内筆頭であるロードライト家当主が手を回しても、解明できなかったというわたしの『呪い』だ。父の顔色を見る限り、そちらの進捗もはかばかしくはなさそうだし。
その時、どこかから鈴の音が聴こえてきた。
シギルは「失礼」と断ると、素早く扉へ向かって歩いて行く。あぁ、と父も腰を浮かした。
「お客様ですか?」
「あぁ。第五分家のナナリーに、少々本を探してほしいと頼んでいて……」
「ナナリー!」
地下書庫で出会った、眼鏡を掛けたあの美少女だ。
わぁ、こんなに早くまた会えるなんて。
わたしのそんな反応に、父は目を瞬かせた。
「なんだ、知り合いだったのか?」
「この前、わたしの『お披露目の儀』の時の名簿を取りに行く際、わたしも地下書庫まで連れて行ってもらったんです。そこで、ナナリーと会いました。……あ、でも、お父様にご用事なら、わたしは帰った方がいいですかね……?」
真面目な話なら、わたしはちょっとお邪魔だろうし。
しかし、父は首を振る。
「お前を一人で帰すのも良くないだろう。迎えにセラを呼ぶから、少しこの部屋で待ちなさい」
父のそんな言葉に、わたしは思わず頬を引き攣らせた。
……セラを呼ぶって……マジで?
――お部屋を勝手に抜け出したことについて、絶対めちゃくちゃ怒られる……。
その時扉が開かれて、両手一杯に本を抱えたシギルが戻ってきた。その後ろを、ナナリーが「あぁっ、シギル、持たせてしまってごめんなさいぃっ」と、恐縮した様子であわあわしながら着いてくる。
近い未来に起こる怒られを思って顔を覆っていたわたしは、ナナリーの声に慌てて顔を上げた。
「いえいえ、何のこれしき」
本当に苦にはしていないのだろう、シギルはいつも通りの笑みを浮かべては、大量の本を執務机の上に置いた。その姿はまさに紳士的の一言に尽きる。
尽きるの……だけれど……シギルの裏の顔を知っている身からすると、なんだか素直に褒めづらいな。
ナナリーは、父の姿を見てはぴゅうっと慌てて姿勢を正した。
右耳に嵌っている紫のピアスを見せると、左の手でロングスカートをそっと摘み、頭を下げて膝を曲げる。
「ほっ、本家当主様、そのぉっ、『当主の間』へ断りもなく立ち入ってしまい、大変失礼いたしました! 第五分家次期当主、ナナリー・ロードライト、お求めの御本をお届けに参った次第でございます……」
「あぁ、そう畏まらずとも良い。シギルが通したのは知っている。迅速に対応してくれて助かった」
父の言葉に、ナナリーは安心した表情で顔を上げる。
ふと、ナナリーの視線がわたしへ向いた。眼鏡の奥の瞳が見開かれる。
「……あれ? リッカ様!」
わたしの姿を見つけたナナリーは、瞬間ぱぁっと笑みを浮かべた。
そんな反応をしてもらえると、なんだかとっても嬉しくなって、胸の中がほわほわしてくる。ほわっほわ。
「わぁっ、お元気ですか? またいつかお会いしたいと思っていたんです」
「わたしも、ナナリーに会えてとっても嬉しい!」
そう笑顔を向けると、ナナリーは照れたように頬を染めた。かーわいいっ。
「リッカ様の呪いを解く手がかり、何か見つかりましたか?」
小首を傾げ、ナナリーは問いかける。
うっ、とわたしは思わず言葉を詰まらせた。
「で、でも……成果はちゃんとあったもの!」
シギルが候補を八人まで絞り込んでくれたのだ。
先は驚くほど長くて遠いものの、それでも一歩ずつ進んでいる。
……そのはず、だよね。
「なるほど……候補が八人、ですか……そしてそのうち四人が既に亡くなっていらっしゃると……」
「ちなみに言うと、残る四人のうち二人は行方不明ですので、所在が分かっているのは二人だけですね」
横からシギルが、これまた絶望感溢れる補足をした。
……まぁ……六年前の事件ですものねぇ……。
父は深いため息をつくと「すまない、リッカ……」と落ち込んだ声でわたしへ謝罪した。
「せめてあの時、私が彼奴を捕らえていれば……そうでなくとも、私が彼奴の顔を見ていれば、こんなことにはならなかったのに……」
「いやそんな……、……いえ……そうかもしれないですねぇ……」
反射的に『お父様のせいじゃないです』とフォローし掛けたものの、よくよく考えてみれば、確かに当時どうにかしてでもわたしを呪った犯人をふん縛ってくれてさえいれば、わたしはこんな目には合っていないわけであって。
「……だよなぁ……」
父はどんより項垂れてしまう。
「せめて、訪問客の誰かが憶えてさえいてくれれば、まだ結果は違ったのかもしれないですけどね」
訪問客の記憶は、母の衝撃告白を消去するために改竄されてしまっている。
一度改竄した記憶を、元通り復元する……考えただけでもややこしそう。
その時、黙ってわたしたちのやり取りを聞いていたナナリーが「あのぅ……」とおずおず手を挙げた。
わたし、父、そしてシギルが一斉に視線を向けたのに、ナナリーはひぇっと肩を竦める。
「訪問客の方の記憶は改竄されていますけど、リッカ様の……リッカ様本人の記憶については、手は加えられていないのでは?」
ナナリーのそんな言葉に、わたしたちは目を瞬かせた。
えぇっと、とナナリーは慌てて両手を振りながら補足する。
「つまりですねぇ。呪いに掛けられたリッカ様ご本人は、呪った本人を見ていらっしゃるのではないでしょうか」
父を見ると、父は軽く咳払いをした。
「……それは、その通りだが……しかし、当時のリッカは一歳になったばかりなのだぞ。さすがに憶えてなど……、……」
父の言葉は、そこで不自然に途切れた。
えぇ、とナナリーは頷く。
「もちろん、リッカ様は当時のことを憶えてはいらっしゃらないでしょうが――であれば、過去を視れば良いではありませんか」
そう言いながら、ナナリーはそっと眼鏡を外した。
「――私はナナリー・ロードライト。ロードライト第五分家に稀に現れる『過去視』の持ち主であり、その人の持つ『記憶』を視せることができる能力者なのですよ、リッカ様」
わたしと父の、ささやかな、それでも心温まる交流に、割って入ってきたのはシギルだった。
シギルの手元には、わたしの『お披露目の儀』での名簿がある(正確には、本物を兄が複製したもの、だけど)。それを見て、わたしも気を引き締めた。
その名簿に挟まれていた一枚の紙を、シギルはわたしと父の間にあるテーブルにそっと置いた。わたしと父は、揃ってその紙を覗き込む。
その紙には、家名と、そして名前が書かれているようだった。その数八名。
更にその横に、シギルは八枚の写真を置いていく。
それぞれ風貌は違えども、どの写真にも、二十代から四十代頃の男性の姿が映っていた。
「リッカ様を呪ったと思われる者の、候補者でございます。絞り込めたのはここまでですが、ひとまずはご報告を」
「でも、元々三百人くらいは載ってたんでしょ? そこからこれだけの人数に絞るのも、大変だったはずだよ。ありがとう、シギル」
骨を折ってくれたことに対し、わたしはシギルに労いの言葉を掛けた。
だって、シギルがこなしてくれたことは全て、わたしのためを思ってのボランティアなのだ。本業だってあるだろうに、それでも隙間を縫って、わたしのために時間を使ってくれた。
シギルは一瞬、わたしを驚愕の面持ちで見つめた。
はて? そんな目で見られる謂れはないぞ?
と、こちらも首を傾げると、ふいっと目を逸らされる。何なんだ。
気を取り直すように、シギルは軽く咳払いをした。
「候補は八人。ですがその内四人は既に亡くなっていますため、できれば残る四人に正解があって欲しいものです」
シギルは八枚の写真から、四枚を除外する。
残る四枚を、わたしはじっと見つめた。
(この中に、かつてわたしを呪った人がいる……かもしれない)
……全然ピンと来ないというのが、正直なところだ。
なんで、わたしを呪うようなことをしたんだろう。
(赤子に呪いを掛けるほど追い詰められていたと思うと、なかなかだよなぁ……?)
「では、この後は、彼らの身辺を当たっていく作業になるだろうか」
腕を組んで父が言う。
「そうですね」とシギルは首肯した。
「後は虱潰しに探すのみ、ではありますが。結局は、当人に自白していただかないことにはどうにもならないかと」
「もしくは、こちら側で何とかしてリッカの呪いを解くか、か……」
父は険しい顔だ。
うぅん、とわたしも腕を組んでみる。
現状、わたしの呪いを解く方法は二つ。
一つ、呪った人を突き止め、その人に呪いを解いてもらうこと。
二つ、わたしたちの側で、何とかして呪いを解く方法を解明すること。
どちらも難易度が高過ぎる。
シギルが『絞り込めたのはここまで』と言ったのだ。この候補者八人からたった一人に絞り込むのは、三百人から八人を絞り込んだときよりも、よっぽど労力を必要とするのだろう。
かと言って、自力で呪いを解くのも難しい。
国内筆頭であるロードライト家当主が手を回しても、解明できなかったというわたしの『呪い』だ。父の顔色を見る限り、そちらの進捗もはかばかしくはなさそうだし。
その時、どこかから鈴の音が聴こえてきた。
シギルは「失礼」と断ると、素早く扉へ向かって歩いて行く。あぁ、と父も腰を浮かした。
「お客様ですか?」
「あぁ。第五分家のナナリーに、少々本を探してほしいと頼んでいて……」
「ナナリー!」
地下書庫で出会った、眼鏡を掛けたあの美少女だ。
わぁ、こんなに早くまた会えるなんて。
わたしのそんな反応に、父は目を瞬かせた。
「なんだ、知り合いだったのか?」
「この前、わたしの『お披露目の儀』の時の名簿を取りに行く際、わたしも地下書庫まで連れて行ってもらったんです。そこで、ナナリーと会いました。……あ、でも、お父様にご用事なら、わたしは帰った方がいいですかね……?」
真面目な話なら、わたしはちょっとお邪魔だろうし。
しかし、父は首を振る。
「お前を一人で帰すのも良くないだろう。迎えにセラを呼ぶから、少しこの部屋で待ちなさい」
父のそんな言葉に、わたしは思わず頬を引き攣らせた。
……セラを呼ぶって……マジで?
――お部屋を勝手に抜け出したことについて、絶対めちゃくちゃ怒られる……。
その時扉が開かれて、両手一杯に本を抱えたシギルが戻ってきた。その後ろを、ナナリーが「あぁっ、シギル、持たせてしまってごめんなさいぃっ」と、恐縮した様子であわあわしながら着いてくる。
近い未来に起こる怒られを思って顔を覆っていたわたしは、ナナリーの声に慌てて顔を上げた。
「いえいえ、何のこれしき」
本当に苦にはしていないのだろう、シギルはいつも通りの笑みを浮かべては、大量の本を執務机の上に置いた。その姿はまさに紳士的の一言に尽きる。
尽きるの……だけれど……シギルの裏の顔を知っている身からすると、なんだか素直に褒めづらいな。
ナナリーは、父の姿を見てはぴゅうっと慌てて姿勢を正した。
右耳に嵌っている紫のピアスを見せると、左の手でロングスカートをそっと摘み、頭を下げて膝を曲げる。
「ほっ、本家当主様、そのぉっ、『当主の間』へ断りもなく立ち入ってしまい、大変失礼いたしました! 第五分家次期当主、ナナリー・ロードライト、お求めの御本をお届けに参った次第でございます……」
「あぁ、そう畏まらずとも良い。シギルが通したのは知っている。迅速に対応してくれて助かった」
父の言葉に、ナナリーは安心した表情で顔を上げる。
ふと、ナナリーの視線がわたしへ向いた。眼鏡の奥の瞳が見開かれる。
「……あれ? リッカ様!」
わたしの姿を見つけたナナリーは、瞬間ぱぁっと笑みを浮かべた。
そんな反応をしてもらえると、なんだかとっても嬉しくなって、胸の中がほわほわしてくる。ほわっほわ。
「わぁっ、お元気ですか? またいつかお会いしたいと思っていたんです」
「わたしも、ナナリーに会えてとっても嬉しい!」
そう笑顔を向けると、ナナリーは照れたように頬を染めた。かーわいいっ。
「リッカ様の呪いを解く手がかり、何か見つかりましたか?」
小首を傾げ、ナナリーは問いかける。
うっ、とわたしは思わず言葉を詰まらせた。
「で、でも……成果はちゃんとあったもの!」
シギルが候補を八人まで絞り込んでくれたのだ。
先は驚くほど長くて遠いものの、それでも一歩ずつ進んでいる。
……そのはず、だよね。
「なるほど……候補が八人、ですか……そしてそのうち四人が既に亡くなっていらっしゃると……」
「ちなみに言うと、残る四人のうち二人は行方不明ですので、所在が分かっているのは二人だけですね」
横からシギルが、これまた絶望感溢れる補足をした。
……まぁ……六年前の事件ですものねぇ……。
父は深いため息をつくと「すまない、リッカ……」と落ち込んだ声でわたしへ謝罪した。
「せめてあの時、私が彼奴を捕らえていれば……そうでなくとも、私が彼奴の顔を見ていれば、こんなことにはならなかったのに……」
「いやそんな……、……いえ……そうかもしれないですねぇ……」
反射的に『お父様のせいじゃないです』とフォローし掛けたものの、よくよく考えてみれば、確かに当時どうにかしてでもわたしを呪った犯人をふん縛ってくれてさえいれば、わたしはこんな目には合っていないわけであって。
「……だよなぁ……」
父はどんより項垂れてしまう。
「せめて、訪問客の誰かが憶えてさえいてくれれば、まだ結果は違ったのかもしれないですけどね」
訪問客の記憶は、母の衝撃告白を消去するために改竄されてしまっている。
一度改竄した記憶を、元通り復元する……考えただけでもややこしそう。
その時、黙ってわたしたちのやり取りを聞いていたナナリーが「あのぅ……」とおずおず手を挙げた。
わたし、父、そしてシギルが一斉に視線を向けたのに、ナナリーはひぇっと肩を竦める。
「訪問客の方の記憶は改竄されていますけど、リッカ様の……リッカ様本人の記憶については、手は加えられていないのでは?」
ナナリーのそんな言葉に、わたしたちは目を瞬かせた。
えぇっと、とナナリーは慌てて両手を振りながら補足する。
「つまりですねぇ。呪いに掛けられたリッカ様ご本人は、呪った本人を見ていらっしゃるのではないでしょうか」
父を見ると、父は軽く咳払いをした。
「……それは、その通りだが……しかし、当時のリッカは一歳になったばかりなのだぞ。さすがに憶えてなど……、……」
父の言葉は、そこで不自然に途切れた。
えぇ、とナナリーは頷く。
「もちろん、リッカ様は当時のことを憶えてはいらっしゃらないでしょうが――であれば、過去を視れば良いではありませんか」
そう言いながら、ナナリーはそっと眼鏡を外した。
「――私はナナリー・ロードライト。ロードライト第五分家に稀に現れる『過去視』の持ち主であり、その人の持つ『記憶』を視せることができる能力者なのですよ、リッカ様」
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