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第一章 ロードライトの令嬢

22 始まりの日

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「何にせよ、始まりは『あの日』だろう。リッカに『呪い』が掛けられたのは、リッカが一歳になったばかりの『お披露目の儀』でのことだった」
 
 そうして、ゆっくりと父は、わたしに呪いが掛けられるまでの経緯を話し始めた。
 
 
 ◇◆◇
 
 
 人口の少ない«魔法使いだけの国»にとって、生まれる子供は大切な宝であり、どの家でも誕生のお祝いは盛大に行われる。
 国内でも筆頭の家格を持つロードライト家。その本家直系ともなれば、その規模は非常に大きなものとなった。
 
 もちろん例に漏れず、リッカが一歳になったタイミングにて、リッカの『お披露目の儀』も計画された。
 メイナードは可愛い娘を披露できることが心の底から楽しみであったものの――メイナードの妻であり、当時のロードライト本家当主であったアリアは、始終気の進まない顔をしていた。

「この子はすぐに体調を崩すから、人の多い場所へは連れて行きたくない」と、いつまでも首を振っていたことを思い出す。
 それでもいつかはしなければならないことだと、ついにはアリアも折れた。

 赤子の頃から、リッカは大人しい子だった。あまりぐずらず、人見知りもほとんどしないで、よく眠る子。時折熱を出しては、弱々しい声で泣くことだけが心配だったものの、アリアは細やかにリッカの面倒を見ていたしで、メイナードはあまり心配をしていなかった。
 抱き上げられると機嫌良さげに笑顔を見せる、そんなリッカのことを、周囲にいた大人の誰もが愛していた。

 メイナードだってそうだ。当時はまさか、リッカが自分の子ではないなんて、考えたことすら無かった。
 確かに自分にはあまり似ていなかったものの、真っ直ぐな銀髪に愛らしく整った顔立ちは、母親のアリアによく似ていたものだったし。

 リッカの兄であるオブシディアンも、リッカのことを心の底から可愛がっていた。
 父親である自分によく似た息子と、母親であるアリアによく似た娘。
 二人が仲良く並んで眠っているのを見るたびに、心が温かくなるのを感じたものだ。

 それが、まさか、そんな――

 
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……! リッカは本当は、あなたの娘じゃないの……!」

 
 泣きながらそう伝えられた言葉に、思わず頭が真っ白になった。

 和やかに始まった『お披露目の儀』は、ある男の凶刃によって、脆くも儚く切り裂かれた。
 
『建国の英雄』、御三家の事実上の筆頭格であるロードライト。
 多大な影響力のある家系ゆえに、恨みを持たれることも承知の上だ。
 それでも『お披露目の儀』のようなハレの日は、どうしても警備は甘くなる。
 その穴を突かれた形だった。

「ロードライトよ呪われろ」と、そう叫んだ男の魔法はリッカに向かったのだと言う。メイナードが一瞬、アリアとリッカから目を離していた瞬間の出来事だった。
 メイナードが見たものは、騒然とする訪問客と、リッカを抱きかかえて蹲る、愛する妻の姿。
 咄嗟に男を追ったものの、メイナードの服の裾を掴んだのは、他でもないアリアの指だった。

 ぐったりとしたリッカを抱き締めたまま、メイナードの前に膝をついたアリア。
 彼女の懺悔と嗚咽は、静まり返った会場内に響き渡った。

 はっと我に返った頃には、男はとうの昔に屋敷からも逃走した後で。
 その後、辺りをくまなく探したものの、男は既に«魔法使いだけの国»からも逃走し、在野へと逃げてしまった後であろうことも判明した。

 会場にいた全員に対し、記憶改竄の魔法を掛けて、本日あった出来事を全て『無かったこと』にする。
 それでも、アリアとの間にできた遺恨までを『無かったこと』にはできなかった。

 その後すぐに、アリアは体調を崩してしまい、まもなくそのまま亡くなってしまう。
 リッカの呪いに関しても、ロードライトとして手を尽くしたものの、結局は何一つとして、その手掛かりすらも掴むことが出来なかった。

 リッカの呪いを解くことが出来なかった負い目。またわだかまりを残したままアリアと死に別れてしまった不信感から、そのままリッカを遠ざけてしまった。
 リッカの側仕えとして治癒術に長けた第四分家ヴァートの者らを数名指名し、彼女たちにリッカの全ての面倒を押し付けることで、リッカのことを考えないようにしたまま、今の今までずっと目を逸らし続けた。

 アリアの罪を、誰にも悟られないようにするためだと、そう自らに言い聞かせて。
 それがロードライト当主のあるべき務めだと、そう言い聞かせて――リッカの感じている痛みや苦しみなど、考えもしなかった。


「――本当に、申し訳ないと思っている」


 もう一度真摯な声で謝って、父は深々と頭を下げた。

(……母は、体調を崩してそのまま……ってことだけど、実際は『粛清』として第六分家セイブルが始末した――ってことなんだよね、確か)

 顎に手を当てながらも思う。

 この家は、微かな欠けや疵さえも許さない。
 表に出すのは全て完璧な姿でなくてはならないと、そんな意識がどこまでも強いのか。

 その思想を否定はしまい。
 自らを厳密に律し、人々の模範として振る舞うことで、きっとこの家は発展してきたのだろうから。

「リッカの呪いに関しては、それじゃあ何も分からなかったということですか?」

 兄の質問に、父は悔しげに頷いた。
 
「その通りだ。……魔法という現象には、必ず術者の痕跡が残る。いくら巧妙に隠したところで、微かにその痕は必ず残るはずなのに――いくら解析しても、リッカに掛けられた呪いについては、何一つとして分からなかった。……私は元々第四分家ヴァートの所属だ、治癒術や呪いには一際深い造詣を……持っている、つもりだったのだが」

「……魔法治癒術学会の学会長である父上がそう言うのなら、国内で呪いを解くことができる人材は、いないと思うのが妥当だろうか」

 兄は静かに呟くと唇を噛む。
 シリウス様は首を傾げると問いかけた。

「他に、手立てはないんですか? 呪いが解けなくとも、無効化するとか……効果を軽くするとかは?」

「呪いについては何一つとして分からなかったんだ。どれも難しいってことだろう?」

「そうは言ってもさぁ? 何か、何かないのかよ? これじゃあ結局、リッカの呪いについて話を聞いたところで、今までと何ら変わらないじゃないか。これじゃ、せっかく話を聞きに行った意味がない」

 シリウス様は不本意そうな顔をしていた。
 眉を寄せたまま、今度は父に目を向ける。

「ロードライトのご当主様……って呼び方で、いいんですかね。えっと、その、俺たちだってリッカのために、できることならなんだってやりたいんです。どんな微かな手がかりだっていい。
 リッカが呪いに掛けられたのが一歳だとして、今のリッカは七歳だ。六年、六年も経っているんですよ。その間、何もしなかったわけじゃないですよね? 何か、何かないんですか?」

 シリウス様の声も必死だった。
 その声に、思わずわたしも胸打たれる。

「……お願いします、父上。ほんの僅かな可能性だっていいんです。九割九分無理だとしても、残り一分に、リッカの呪いを解く手立てが見つかるかもしれないでしょう?」

 ぐっと歯噛みした兄も、父へと目を向けた。
 父はしばらく黙っていたが、やがて噛み締めるように口を開く。

「……あぁ。確かにお前たちの言う通り、全ての可能性を攫ったわけではない。国内中の『癒し手』に協力を要請したわけでもないし、当時は分からなかったことも、六年が経った今ならば、何かが分かるのかもしれない」

 そんな父の言葉を聞いて、わたしを抱き締める兄の腕に力が籠った。

「……なら」

「……あぁ。もう一度調べ直させることを約束しよう」

 わたしと兄、そしてシリウス様の目を見た父は、わたしたちにしっかりと約束してくれた。
 わたしたちは思わず顔を見合わせる。
 堪え切れなくなったように、シリウス様はわたしたちに抱き着いてきた。

「よかったなぁ、リッカ、オブシディアン!」

 シリウス様の手で頭を撫でられ、わたしも思わず笑顔が溢れた。
 兄も、感極まった顔で頷いている。

 その時、ただ黙って聞いていたシギルが一歩踏み出して口を開いた。

「我が主人。私も、リッカ様の『呪い』を解くためのお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」

 シギルの言葉に、わたしはきょとんと目を瞬かせた。

 シギルも手伝ってくれるの? いや、もちろん戦力が増える分にはありがたいんだけど、シギルの心が分からない。
 シギルがわたしにそこまで手を貸してくれる理由って、一体何だろう? 

 ……幼女趣味ロリコンの変態って部分は、一旦脇に置いておくとして。
 さすがのシギルも、性癖で仕事を選ぶような真似はしないだろう。

 ……しないよね?

 父も軽く目を瞠っては「一体どういう心積りだ?」とシギルに問いかける。

「そう、大層な理由はないですよ。言うならば、過去の心残りの精算です。……リッカ様を呪った男を取り逃したのは、我々一族の責任なので」

 普段通りの飄々とした声ではあったが、どこかしら真に迫るものがあった。

 一族の守護と粛清を司る、ロードライト第六分家セイブル
 であれば確かに、一族直系の娘であるわたしを呪った者は、粛清の対象なのだろう。
 
「――それに、我が主人は仰いませんでしたが。リッカ様の呪いを解くための方法は、それこそ呪った張本人が知っていましょう」

 シギルはそう言うと、わたしたちを見回し、そっと口元に指を立てた。

「いいですか、皆様。在野へ逃げたその男を捕らえ、呪いの解き方を聞き出すこと。これこそが、リッカ様の呪いを解く一番最短ルートなのです」
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