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第一章 ロードライトの令嬢

13 雪の女王(上)

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 長い銀髪は、金のバレッタで留められている。
 身に纏った青のドレスは、よくよく見れば銀の糸で、凝った刺繍が織り込まれていた。

 とても、綺麗な人だった。
 その、非日常感溢れるドレスのせいだろうか。どこかこの世の者とは到底思えない雰囲気を漂わせている。
 でも口元には、なんだか親しみやすい笑顔が浮かんでいた。

「……あら? 息止まってる? あれれ、あれー? もしもーし、お嬢さーん? えっ、ちょっと、本当に大丈夫!?」

 ほっぺをぺちぺちとされて、はっと慌てて息を吸う。
 わたしの顔を覗き込んでいたその女の人は、ホッとしたように頬を緩めた。

「……っ、わ、う、そのぉっ、ごめんなさいぃっ! 出来心なんですぅっ! ちょっとお部屋から出てみたかったんです!」

 我に返ったわたしは、慌ててソファの上に正座をすると土下座した。
 部屋の外に出て勝手にうろうろしてるのを見つかったら、きっと、ううん、間違いなく叱られる……!

 想像の兄が、頭の中で「当たり前だ! 何考えてんだ!」と怒ってくる。
 セラも、わたしが一人で四階まで来たことを知ったら、間違いなく良い顔はしないだろう。

 女の人は、きょとんと目を瞬かせていた。はて? と首を傾げている。
 弾みで、彼女の両耳のピアスが揺れた。雪の結晶の形をした銀のピアスだ。

「どうしたの? あなた、お部屋から出ちゃダメだったの?」

「う……その、まぁ……いろいろとありまして……」

 主に、わたしの体調面が理由なんだけど。

 わたしが簡単に説明すると、彼女はちょっと不思議そうに頷いていた。

「なぁるほどね……それは怒られちゃうわよ。だって皆、あなたの身体を心配してのことなんだもの。もし、途中で倒れたらどうするつもりだったの?」

「倒れない限界ギリギリくらいで、お部屋に戻れる想定ではあったんですが……」

 この身体は虚弱すぎて、六花の頃の感覚が上手く通用しなくて困っている。
 だって四階なんて、学校の校舎で毎日上り降りしているくらいの運動量だよ?
 それでへばっちゃうってどんだけだよ。

「それにしても、呪い……呪いかぁ……」

 彼女は手を伸ばすと、わたしの両頬に手を当てた。
 じいっと目を覗き込むように見つめてくるので、わたしもただぱちぱちと目を瞬かせる。
 ……睫毛、長っ。
 肌のキメも異次元だし、六花の頃に見たことのあるどんな女優さんやモデルさんよりとっても綺麗で、思わず目が惹きつけられた。

 彼女はそのまま、その両手をわたしの頬から首筋へ、肩へ、背中へ、胸へ、胴へと撫で下ろしていく。
 う、ちょっとくすぐったいかも。
 でも彼女の目つきは真剣そのものだったので、ついつい何も言えなくなってしまう。

 ……美人が真剣な眼差しをしてると、なんだかそれだけで絵になるなぁ……。

「……どういう呪いなのか、知ってるの?」

 と、わたしがついつい見惚れていた時、彼女は真面目な口調で問いかけてきた。
 わたしは慌てて首を振る。

「わっ、分かりません」

「……そう」

「……すみません……」

「どうして謝るの?」

 彼女はそう言って苦笑する。
 いえその、ともごもご呟いた。
 美人の顔を曇らせてしまったことへの謝罪です、なんて、本人目の前にして言えっこない。

「呪い、なのかなぁ……でも『何か』が滞っているのは間違いないのよね……うぅぅ、私にも、ケイオスみたいな知識があればなぁ……」

 彼女は眉をへにゃりと下げていた。
 なんというか、このお姉さん、驚くほどに表情が豊かだ。
 見た目は触れることすら躊躇われるほどの美人なのに、何だか不思議なギャップを持っている。
 この胸のときめきを、一言で表現するならば。

「萌え……」

「萌え?」

「いえっ、何でもないです!」

 危ない危ない……。

「身体、だいぶしんどいわよね?」

 わたしの身体を触診しながら、彼女は眉を寄せていた。
 その通りなので、迷うことなく頷く。

 インフルエンザに罹った時も、ここまで気怠くなったことはない。
 体調がいい時でさえこうなのだ、悪い時と来たら、息を吸うことすら苦しくて、何度呼吸を辞めてしまおうかと血迷ったことか。

「その場凌ぎではあるけれど……ひとまずは」

 そう言って彼女は、わたしの胸にそっと手を翳した。

 途端、彼女が手を翳した空間に魔法陣が浮かび上がる。
 煌と光り輝いたそれは、やがて空気の中に掻き消えて行った。

 瞬間、一気に呼吸が楽になる。
 思わず喉元に手を当て、大きく息を吸った。

 今のは、もしかして魔法なの?

「あ……ありがとうございます」

「いーえー♪ ちょっとはマシになったのなら、良かったわ。ところでお嬢さん、お名前は何と言うの?」

 そう言って彼女は穏やかに笑う。
 そう言えば、まだ名乗っていなかった。

「リッカです。リッカ・ロードライト。お姉さんは?」

「そう、リッカ。私のことは、そうねぇ……」

 そこで彼女は、少し考え込むように首を傾げた。
 人差し指を口の前に立てると、わたしに悪戯っぽい笑顔を向ける。

「『雪の女王』とでも、呼んでくださらない?」
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