上 下
12 / 73
第一章 ロードライトの令嬢

12 城探索

しおりを挟む
 兄とシリウス様から『週末に会いに行く』と言われたものだから、わたしはそりゃあもう、しっかりと体調を整えようと……整えようとは……思っていたわけなんだけど――

「こんなはずでは……!」

 ベッドの上で頭を抱えた。

 週末は昨日で終わった。起き上がれるようになったのは今日のことだ。
 熱が出てしまったため、お兄様チェックに合格できず、シリウス様とは扉ごしの対面となってしまった。なんとも悲しい。

 もちろん、兄とシリウス様は既に学校に戻ってしまった。
 それは、いい。お勉強は大事だものね。

 腹が立つのは自分の身体だ。

「お兄様たちが帰ってしまってからやっと元気になる、この身体が恨めしい……!」

 初めは「わぁい転生したら美少女になった!」と喜んでいたものの、こうも身体が虚弱ではどうしようもない。
 せっかくの美少女も、ベッドに横になっているだけじゃ宝の持ち腐れだ。

「いや……確か、呪いなんだっけ……」

 何の呪いなんだろう、と、何度目かも分からない疑問を再び抱いた。

 この呪いは、誰かに掛けられたものなのだろうか?
 それとも、家系的に稀に出るようなものなのだろうか?

 何かを知っていそうなのは、やっぱり父だ。
 ……でも、父への面会はあっけなく断られてしまったんだよなぁ。
 なんでだよー! こんなに可愛い娘がお父様に会いたいって言ってるのに! なんて、思わずしょんぼりしてしまうが仕方ない。
 切り替えて、出来ることを考えよう。

「まずは、ちょっとでいいから体力を付けたいよね……」

 自分の棒のような手足を思い、ため息をつく。

 あまり激しい運動は身体に障るだろうけど、それでもちょっと歩くだけで息が切れるのは尋常じゃない。
 それに、リッカときたら、未来を儚んでここ一、二年はずっとベッドの上だけで暮らしてたんだから。

 現に、肌だってゾッとするように真っ白だった。日光にもずっと当たっていないのだ。
 おまけに会話する相手は兄一人。それは気分も滅入ってくるし、呪いにだって負けてしまう。

「まずは、具合が悪い日を減らすこと……一週間ずっと元気でいられることが、まずは当面の目標かな」

 自分で言ってて泣けてきた。
 それでも、一週間ずっと元気でいられた試しがないのだ、仕方ない。

 身体と、それに心の健康。
 ご飯をしっかり食べて、人とおしゃべりして、陽の光を浴びること。
 そのくらいから始めよう。

「あとは……お勉強だよね……」

 兄には家庭教師がついていたが、わたしにはそんな人はいない。
 たびたび寝込んでしまうからだ。

 今のわたしは、それこそ最低限の読み書き計算が出来るくらい。
 この身体は七歳だから、大体小学校一年生くらいの知識量といったところ?
 七歳ならばそんなものかと思うけれど、でも精神年齢は十六歳だ。
 いい加減、部屋にある絵本は読み飽きてしまった。暗唱だって出来てしまいそうだ。

 呪いについても調べないといけないし、加えてこのロードライト家、なんか本家や分家やらでだいぶややこしい予感がする。

 ……いや、事実ややこしいのだ。
 メイドさん達がしている噂話に耳を傾けてみても、どの分家の誰々がどうだのと、とにかく固有名詞が多くって、肝心な話の中身はちっとも頭に入ってこない。

 とにもかくにも、お貴族様というものは、関わる人間の数が多すぎる。
 三分の一くらいに減ってくれないものだろうか。……なーんてね。

 さて、文句を言っていても始まらない。
 幸いにして、今日の体調は普段のものより良好だ。少しなら身体も動かせそう。

 で、あるのなら。

「探検しよう!」


 ◇◆◇
 

 一人で部屋の外に出るのは、お手洗いに行く以外では初めてだった。
 お風呂のときは、メイドさんの誰かがいつも付いていてくれていたし。

 食事もいつもメイドさんが部屋まで運び込んでくれる。まさに至れり尽くせり、まるで天国にもいる心地だが、しかしぼうっとしてると本当に天国に行ってしまいかねないので、なんとまぁ難儀なことだった。

 廊下のど真ん中に立ったわたしは、思わず呟いた。

「……廊下が、広い」

 なんと、自動車がすれ違えるほどの広さがある。
 こんなに広い必要、本当にあるのだろうか?

 耳を澄ますと、どこかから声が聞こえてきた。メイドさん達がそれぞれお仕事をしているのだろう。
 バレないように、こっそりこっそり抜き足差し足で歩いて行く。

 わたしの部屋にある窓、その窓から見える景色から考える限り、わたしの部屋は二階にある。
 兄の部屋も同じ階で、シリウス様を迎えた応接間は、確か一階だったっけ。

 とりあえず、近いところから一部屋ずつ見て回る。
 たまに鍵が掛かっている部屋があるのは、個人の私室だろうか。
 見つかったら怒られるだろうな、なんてスリルがなんだかたまらない。

 今までのリッカは大人しくて従順で、こうして誰も見ていない時に部屋を抜け出すなんて、考えたことすらない子だった。
 兄が知ったら、一体どんな顔をするだろう?
 ふふふと笑いながら、探検を継続する。

 しかし、相変わらず広い屋敷だ。どのくらいの人が住んでいるのだろう?

 体力の残りを計算しながらも、慎重に歩いた。
 屋敷の全体像を見てみたいのなら、上から眺めるのが一番だろう。
 手すりを掴みながら、ゆっくり階段を上っていく。

 四階に辿り着いたところで、階段は終わっていた。
 この身体は小さいから、なんてことない段差の一段ですら結構な苦労だ。
 息が上がってしまわないよう、途中で何度も休憩を入れながらの歩みだったから、すごく時間が掛かってしまった。
 一番上に辿り着いて、大きく胸を撫で下ろす。

 ……あれ?
 もしかして、わたしがこんなに身体を動かしたのって、もしかして人生で初めてなんじゃない?

 わぁ、それは……明日の筋肉痛が心配だ、なぁ……。
 動けなくなっちゃいそう。

 そんな予感に怯えながら、わたしは静かに四階の廊下を歩く。
 わたしがこれまでいた二階と違って、四階には人気がない。
 そうっと扉を開けてみるも、ほとんどは物置のようだった。
 置かれているのも、もう使われていないような家具や小物ばかり。本棚の中には、古めかしい分厚い本がぎっしりと詰まっていた。

 床にも埃が積もっている。
 もうずっと、誰も立ち入ってはいないのだろう。

 気付かずに足を踏み入れて、埃を踏んだ感触に飛び退いた。
 入るのはやめておこう……。

 きょろきょろしながら歩いていると、ふと開けた場所に出た。
 思わず、わたしは目を瞠る。

 大きな窓が、廊下の中程に嵌っていた。
 天井から足元までがガラス張りになっていて、さんさんと日差しが降り注いでいる。ちょうど、中庭が一望できる位置だ。
 すぐ傍にはソファが二つ、向かい合うように置かれていた。

 少しだけ休もう。
 そう思ったわたしは、豪奢なソファに倒れ込むように腰掛けた。
 ふぅ、とついつい息を吐く。
 疲れないようにと適宜休憩を入れていたものの、やっぱり疲労は溜まってしまうものらしい。


「――初めまして? 可愛いお嬢さん」


 いきなり掛けられた声に、飛び上がりそうになるほど驚いた。
 慌てて顔を向ける。

 向かい合うように置かれた二つのソファ、その反対側に、いつの間にか女の人が座っていた。

 二十歳くらいの女の人だ。
 長く真っ直ぐな銀髪に、青のドレスは裾を引きずるほど長い。

「……あら? 顔色が悪いわね。大丈夫かしら?」

 澄んだ青い瞳を煌めかせた彼女は、わたしを覗き込んではにっこりと笑いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢に転生してよかった!〜婚約者を取られても強く生きます。〜

三月べに
ファンタジー
 令嬢に転生してよかった〜!!!  素朴な令嬢に婚約者である王子を取られたショックで学園を飛び出したが、前世の記憶を思い出す。  少女漫画や小説大好き人間だった前世。  転生先は、魔法溢れるファンタジーな世界だった。リディーは十分すぎるほど愛されて育ったことに喜ぶも、婚約破棄の事実を知った家族の反応と、貴族内の自分の立場の危うさを恐れる。  そして家出を決意。そのまま旅をしながら、冒険者になるリディーだったのだが? 【連載再開しました! 二章 冒険編。】

7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません

ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」 目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。 この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。 だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。 だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。 そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。 人気ランキング2位に載っていました。 hotランキング1位に載っていました。 ありがとうございます。

帝国に売られた伯爵令嬢、付加魔法士だと思ったら精霊士だった

紫宛
ファンタジー
代々、付加魔法士として、フラウゼル王国に使えてきたシルヴィアス家。 シルヴィアス家には4人の子供が居る。  長女シェイラ、4属性(炎、風、水、土)の攻撃魔法を魔法石に付加することが出来る。  長男マーシェル、身体強化の魔法を魔法石に付加することが出来る。  次女レイディア、聖属性の魔法を魔法石に付加すること出来る。 3人の子供は高い魔力で強力な魔法の付加が可能で家族達に大事にされていた。 だが、三女セシリアは魔力が低く魔法石に魔法を付加することが出来ない出来損ないと言われていた。 セシリアが10歳の誕生日を迎えた時、隣国セラフィム帝国から使者が訪れた。 自国に付加魔法士を1人派遣して欲しいという事だった。 隣国に恩を売りたいが出来の良い付加魔法士を送るのに躊躇していた王は、出来損ないの存在を思い出す。 そうして、売られるように隣国に渡されたセシリアは、自身の本当の能力に目覚める。 「必要だから戻れと言われても、もう戻りたくないです」 11月30日 2話目の矛盾してた箇所を訂正しました。 12月12日 夢々→努々に訂正。忠告を警告に訂正しました。 1月14日 10話以降レイナの名前がレイラになっていた為修正しました。 ※素人作品ですので、多目に見て頂けると幸いです※

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

お姉様が婚約者に裏切られてバッドエンドを迎えそうになっているので、前世の知識を活かして阻止します

柚木ゆず
ファンタジー
 事故によって命を落としたわたしは生前プレイしていた乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインである公爵令嬢アヴァの妹ステラとして生まれ変わった。  そんなわたしがずっと明るく生きてこられたのは、お姉様のおかげ。前世での恋人との別れや知り合いが誰もいない生活によって絶望していたわたしを、アヴァお姉様は優しさで包み込んで救ってくれたのだった。  だから今度は、わたしがお姉様を救う番。  現在この世界はバッドエンドルートを進んでしまっていて、このままだとお姉様は婚約者である王太子に裏切られて死ぬ羽目になってしまう。  そんな最悪な未来には、絶対にさせない。ずっとプレイしてきたゲームの知識を総動員して、わたしはお姉様の悲劇を絶対に阻止する――。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

処理中です...