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第一章 ロードライトの令嬢

11 魔法を使ってみたいのですが

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 父との面会は、予想通りではあるものの、すげなく断られてしまった。

 分かっていたけど少し、いや、だいぶ凹む。
 ……六花の頃は一人娘ということもあり、父親は娘に甘いもの! という認識が強かったんだけどなぁ。

「すみません……私からも、どうかとお願いしたのですが……」

 セラもしょんぼりとしている。
 頭を地面に擦りかねないほどの勢いだったので、慌てて止めた。
 そもそも無理がある頼み事だったのだし。

「お父様は、本当にわたしのことが嫌いなんだなぁ……」

 そう呟いて、言葉の響きに思わず落ち込んでしまう。

 前世である六花の頃であれば、それこそ度の過ぎたイタズラややらかしで父に叱られることは多かったものの――こと今のリッカわたしの身になってみれば、父は叱ってくれるほどの近くにいたことすらなかった。
 全くもって、家族というものは難しい。

「お嬢様……そんなに落ち込まないでください……あっ、そうだ!」

 わたしを心配そうに覗き込んだセラは、思い出したように手を叩いた。
 エプロンスカートのポケットから封筒を取り出すと、恭しくわたしに差し出してくる。

「オブシディアン坊っちゃまから、お手紙が届いておりましたよ」

「お兄様から!」

 声が弾んだ。
 ありがとうと言い封筒を受け取る。

 確かに「手紙を出すよ」と言ってくれていたけれど、まさかこんなにも早いだなんて。
 やっぱり、まめな人だなぁと思う。それだけ、わたしのことを普段から気にかけてくれているのか。

 セラからペーパーナイフを受け取り封を切った。中には便箋が二枚入っている。
 とりあえずその二枚をパラリと捲ったわたしは、そこに書かれていた署名に、思わず目を瞠った。

「お兄様と、それに、シリウス様まで!?」

 笑みが零れるのを抑えられない。

 二人とも、丁寧で整った字を書く。
 兄はさすが、誰が見ても美しいというほどの綺麗な字で、高い教育を受けてきただろうことが滲み出ている。
 シリウス様の字も、とても綺麗で読みやすい。
 こちらに語りかけてくるような柔らかな語り口で、ついつい目が先へ、先へと向かってしまう。

「『次のお休みに、また二人でお前に会いに行く』――わぁっ、やった!」

 父と会えなかった落胆が掻き消えるほどの喜びに、きゃあっと思わずガッツポーズした。
 セラも「良かったですね、お嬢様」とニコニコしながらわたしを見ている。

「でも、お二人にまた会いたいのでしたら、その日はちゃんと元気でいないといけませんよ? くれぐれも、体調にはお気を付けてくださいね」

 もちろん、チクリと釘を刺すのも忘れない。
 セラの言葉に、わたしは「はい……」と思わず項垂れた。

 それは……随分と頑張らないとだ。
 割と運なところもある、気がする。

 細い手首と、骨が浮き出た薄い手のひらを見た。
 少しは身体も鍛えたい。
 何せこの身体、深呼吸だけで苦しくなってしまうのだ。……息を吸っているはずなのに苦しいとは……意味分かんないな……。

 しょんぼりしながら自分の手のひらを見ていると、ふと思い出した。

「そうだ……ねぇ、セラ? 思うのだけど、わたしも魔法が使えるの?」

 だってここは『ゼロイズム・ナイン』の世界で、この国は«魔法使いだけの国»『ラグナル』なのだ。
 ならば、この国で子供として生まれたわたしも、魔力を持っているはず。

 これまで、日本に住む普通の女子高生として生きてきた。だから、魔法が使えるなんてとってもワクワクしてしまう。

 と、そんな軽い気持ちで聞いたのだが。

 わたしの言葉を聞いたセラは、素早く顔色を変えると慌ててわたしの肩を掴んだ。

「ダメですよ! もちろんロードライト、それも本家アージェントのお方ですもの、魔力の質が一級品なのは間違いないでしょうが、それとこれとは話が別です! 魔法とは、使い手の魔力を媒介にして大気中のエーテルに意志を伝えるものなんですよ! お嬢様は、魔法の行使に足るだけの生命エネルギーが、そもそも全然足りていないのです! 本当に死んでしまいますよ!?」

「ごっ、ごめんなさい、セラ。わたしの考えが足りなかったみたい……」

 慌てて謝った。
 それにしても、ものすごい剣幕だった……。

 これまでセラに怒られたことはほとんどなかったから、余計に驚いてしまった。
 でも確かに、側で仕えている女の子が平気で危ない橋を渡ろうとしていたら、そりゃあ血相変えて怒るよね……。

 わたしの表情を見て取ったか、セラは軽く眉を寄せると笑ってみせる。

「大丈夫です、お嬢様。一歩ずつ、お嬢様のペースで元気になっていきましょう。最近はお顔の色も良くなってきましたね。表情も明るくなりましたし、心が元気でいることこそが、きっと何よりの薬なんですよ」

 坊っちゃまとシリウス様がいらっしゃる週末まで元気でいましょうね、とセラは微笑んでみせる。
 セラの言葉に、わたしもこっくりと頷いたのだった。
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