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第一章 ロードライトの令嬢
01 推し、死す
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友人へメッセージを送ったものの、とうとう返信は来なかった。
既読マークも付いてないから、どうやらメッセージに気付いてすらいないらしい。
それもそうだ。だって、今は夜中の二時半。
明日(もう今日か)は普通に月曜だし、良い子はもう夢の中に旅立っているべき時間帯。
こんな夜中にメッセージを送ること自体が非常識とも言える。
もちろん、普段のわたしだって、この時間には大体眠りについていた。
部活の朝練は七時から始まるし、明日提出の宿題だって終わってないのだ。
ちゃんと寝ておかないと、いくら若いと言えどもキツい。
そんなことは分かっている。
分かっていても、途中で切り上げることなんて出来なかった。
寝転がったベッドに放り投げられた携帯ゲーム機には、まださっきまでプレイしていたゲームの画面がチカチカと映っている。
ゼロナイ――『ゼロイズム・ナイン』という、知る人は知るS-RPGの画面だ。
そこには堂々と『GAME CLEAR』の文字が表示され、最後までクリアしたプレイヤーに対する制作サイドからのお礼の文章が映し出されていた。
そう、ゲームクリアだ。
クリアしてしまったのだ、わたしは。
ストーリーも良かった。キャラクターも好感が持てた。最後は思わず、感極まって泣いてしまった。
アクションは……まぁ、ストーリーに添えるだけ、程度だったけど。
それでもどうして、クリア直後にこんなにも沈んでしまっているのか。
答えは簡単。
ほんのつい先ほど、わたしの『推し』が死んだからだ。
『推し』とは、自分が応援している人や物のことを指す。
多分『一推し』あたりから来ているのだろうが、語源はひとまずどうだっていい。
推しが死んだ。
わたしがこの手で討ち倒した。
……まぁ、うん、死ぬかもなー、とは思っていたけど。
だってわたしが推していたのは、『ゼロイズム・ナイン』におけるラスボスだったのだから。
でも、一つ言わせてもらうとするならば、わたしは彼を、ラスボスだと知って推し始めたわけじゃない。
主人公のシリウス・ローウェル、その親友であり相棒として彼の隣にずっといてくれた彼、オブシディアン・ロードライトのことを、わたしは初見の時からずっと気に入っていた。
ひとりぼっちでいた主人公に、最初に声をかけてくれたオブシディアン。
それから主人公はどんどん仲間を増やしていくのだが、それでも主人公が一番頼りにしていたのは、初めての友人でもあるオブシディアンの存在だった。
……だから、彼が裏切ったときは、そりゃもう主人公と共にわたしも呆然とした。
それでも最後には改心してくれるかと、一縷の望みを抱きながら続きをプレイしたものの。
「どーにも、ならなかったよね……」
最後、主人公のシリウス・ローウェルは、完全に闇堕ちしラスボスとなってしまった親友を、自らの手で討ち倒す。
初めての友達で、親友で、相棒で、かけがえのない相手を、歯を食い縛って、泣きながら。
この声優の『泣き』の演技が、これはまた素晴らしいのだ――涙を拭ったタオルがぐしょぐしょになるくらいには、わたしもつられて泣いてしまった。
それだけ興奮したら、そりゃあまぁ、いつものように眠りにつけるはずもないよねというか。
頭も目も冴えまくっている。
スマートフォンに伸ばしかけた手を、慌てて引っ込めた。
危ない危ない、それは四時まで起き続けてしまうルートだ。
そっちの道に未来はない。
――ゼロナイに、バッドエンドは存在しない。
ストーリーは基本的に一本道だ。
サブクエストをどれだけ回収するかには個人差があるものの、それでもストーリーに沿ってプレイしていれば、いつかは必ずハッピーエンドに辿り着く。
そういう仕様になっている。
つまり、ゼロナイにとってはこれが『ハッピーエンド』なのだ。
闇堕ちしたラスボスを倒して、世界は平和になりましたね。さぁこれが『ハッピーエンド』ですよと――その理屈は、おおむね理解できる。
――でも、納得はできない。
だってわたしは、オブシディアンがどうして闇堕ちするに至ったのか、深い理由を全く知らないのだ。
ただ、最後に少し流れた過去の回想の中で「大事にしていた妹を亡くした失意のあまり、闇に魅入られた」のだと軽く説明がされたくらい。
何死んでんの、妹! なんて、立ち絵一枚すらもない設定上の妹に対して、やるせなさをぶつけてみたりする。
ストーリーが進むにつれて、何となくオブシディアンの闇? というか「あれ? 実はこいつ、黒幕なんじゃね?」みたいなところは醸し出されていたのだけれど、オブシディアンの深い内面の事情までは、とうとう語られることはなかった。
もしかすると、サイドストーリーや追加配信、はてはノベライズでも狙っているのかもしれないが。
……個人的には、追加コンテンツ系はあんまり好きになれないんだけどなぁ。
パッケージとして売ったんなら、全部ストーリー内で説明してくれよというか。
……でも、オブシディアンにまつわる追加コンテンツが出たら、ぐちゃぐちゃ文句言いながらも買っちゃうんだろうなぁ……はぁ。
運営に足元見られてるぜ。
「……ひとまず……寝よう……」
ゲーム機の電源をオフにすると、部屋の電気を消して目を瞑る。
眠れる気は、一ミリたりともしないのだけど。
既読マークも付いてないから、どうやらメッセージに気付いてすらいないらしい。
それもそうだ。だって、今は夜中の二時半。
明日(もう今日か)は普通に月曜だし、良い子はもう夢の中に旅立っているべき時間帯。
こんな夜中にメッセージを送ること自体が非常識とも言える。
もちろん、普段のわたしだって、この時間には大体眠りについていた。
部活の朝練は七時から始まるし、明日提出の宿題だって終わってないのだ。
ちゃんと寝ておかないと、いくら若いと言えどもキツい。
そんなことは分かっている。
分かっていても、途中で切り上げることなんて出来なかった。
寝転がったベッドに放り投げられた携帯ゲーム機には、まださっきまでプレイしていたゲームの画面がチカチカと映っている。
ゼロナイ――『ゼロイズム・ナイン』という、知る人は知るS-RPGの画面だ。
そこには堂々と『GAME CLEAR』の文字が表示され、最後までクリアしたプレイヤーに対する制作サイドからのお礼の文章が映し出されていた。
そう、ゲームクリアだ。
クリアしてしまったのだ、わたしは。
ストーリーも良かった。キャラクターも好感が持てた。最後は思わず、感極まって泣いてしまった。
アクションは……まぁ、ストーリーに添えるだけ、程度だったけど。
それでもどうして、クリア直後にこんなにも沈んでしまっているのか。
答えは簡単。
ほんのつい先ほど、わたしの『推し』が死んだからだ。
『推し』とは、自分が応援している人や物のことを指す。
多分『一推し』あたりから来ているのだろうが、語源はひとまずどうだっていい。
推しが死んだ。
わたしがこの手で討ち倒した。
……まぁ、うん、死ぬかもなー、とは思っていたけど。
だってわたしが推していたのは、『ゼロイズム・ナイン』におけるラスボスだったのだから。
でも、一つ言わせてもらうとするならば、わたしは彼を、ラスボスだと知って推し始めたわけじゃない。
主人公のシリウス・ローウェル、その親友であり相棒として彼の隣にずっといてくれた彼、オブシディアン・ロードライトのことを、わたしは初見の時からずっと気に入っていた。
ひとりぼっちでいた主人公に、最初に声をかけてくれたオブシディアン。
それから主人公はどんどん仲間を増やしていくのだが、それでも主人公が一番頼りにしていたのは、初めての友人でもあるオブシディアンの存在だった。
……だから、彼が裏切ったときは、そりゃもう主人公と共にわたしも呆然とした。
それでも最後には改心してくれるかと、一縷の望みを抱きながら続きをプレイしたものの。
「どーにも、ならなかったよね……」
最後、主人公のシリウス・ローウェルは、完全に闇堕ちしラスボスとなってしまった親友を、自らの手で討ち倒す。
初めての友達で、親友で、相棒で、かけがえのない相手を、歯を食い縛って、泣きながら。
この声優の『泣き』の演技が、これはまた素晴らしいのだ――涙を拭ったタオルがぐしょぐしょになるくらいには、わたしもつられて泣いてしまった。
それだけ興奮したら、そりゃあまぁ、いつものように眠りにつけるはずもないよねというか。
頭も目も冴えまくっている。
スマートフォンに伸ばしかけた手を、慌てて引っ込めた。
危ない危ない、それは四時まで起き続けてしまうルートだ。
そっちの道に未来はない。
――ゼロナイに、バッドエンドは存在しない。
ストーリーは基本的に一本道だ。
サブクエストをどれだけ回収するかには個人差があるものの、それでもストーリーに沿ってプレイしていれば、いつかは必ずハッピーエンドに辿り着く。
そういう仕様になっている。
つまり、ゼロナイにとってはこれが『ハッピーエンド』なのだ。
闇堕ちしたラスボスを倒して、世界は平和になりましたね。さぁこれが『ハッピーエンド』ですよと――その理屈は、おおむね理解できる。
――でも、納得はできない。
だってわたしは、オブシディアンがどうして闇堕ちするに至ったのか、深い理由を全く知らないのだ。
ただ、最後に少し流れた過去の回想の中で「大事にしていた妹を亡くした失意のあまり、闇に魅入られた」のだと軽く説明がされたくらい。
何死んでんの、妹! なんて、立ち絵一枚すらもない設定上の妹に対して、やるせなさをぶつけてみたりする。
ストーリーが進むにつれて、何となくオブシディアンの闇? というか「あれ? 実はこいつ、黒幕なんじゃね?」みたいなところは醸し出されていたのだけれど、オブシディアンの深い内面の事情までは、とうとう語られることはなかった。
もしかすると、サイドストーリーや追加配信、はてはノベライズでも狙っているのかもしれないが。
……個人的には、追加コンテンツ系はあんまり好きになれないんだけどなぁ。
パッケージとして売ったんなら、全部ストーリー内で説明してくれよというか。
……でも、オブシディアンにまつわる追加コンテンツが出たら、ぐちゃぐちゃ文句言いながらも買っちゃうんだろうなぁ……はぁ。
運営に足元見られてるぜ。
「……ひとまず……寝よう……」
ゲーム機の電源をオフにすると、部屋の電気を消して目を瞑る。
眠れる気は、一ミリたりともしないのだけど。
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