上 下
1 / 73
第一章 ロードライトの令嬢

01 推し、死す

しおりを挟む
 友人へメッセージを送ったものの、とうとう返信は来なかった。
 既読マークも付いてないから、どうやらメッセージに気付いてすらいないらしい。

 それもそうだ。だって、今は夜中の二時半。
 明日(もう今日か)は普通に月曜だし、良い子はもう夢の中に旅立っているべき時間帯。
 こんな夜中にメッセージを送ること自体が非常識とも言える。
 もちろん、普段のわたしだって、この時間には大体眠りについていた。
 部活の朝練は七時から始まるし、明日提出の宿題だって終わってないのだ。
 ちゃんと寝ておかないと、いくら若いと言えどもキツい。

 そんなことは分かっている。
 分かっていても、途中で切り上げることなんて出来なかった。

 寝転がったベッドに放り投げられた携帯ゲーム機には、まださっきまでプレイしていたゲームの画面がチカチカと映っている。
 ゼロナイ――『ゼロイズム・ナイン』という、知る人は知るS-RPGシミュレーションRPGの画面だ。
 そこには堂々と『GAME CLEAR』の文字が表示され、最後までクリアしたプレイヤーに対する制作サイドからのお礼の文章が映し出されていた。

 そう、ゲームクリアだ。
 クリアしてしまったのだ、わたしは。

 ストーリーも良かった。キャラクターも好感が持てた。最後は思わず、感極まって泣いてしまった。
 アクションは……まぁ、ストーリーに添えるだけ、程度だったけど。

 それでもどうして、クリア直後にこんなにも沈んでしまっているのか。
 答えは簡単。
 ほんのつい先ほど、わたしの『推し』が死んだからだ。

『推し』とは、自分が応援している人や物のことを指す。
 多分『一推し』あたりから来ているのだろうが、語源はひとまずどうだっていい。

 推しが死んだ。
 わたしがこの手で討ち倒した。
 ……まぁ、うん、死ぬかもなー、とは思っていたけど。
 だってわたしが推していたのは、『ゼロイズム・ナイン』におけるラスボスだったのだから。

 でも、一つ言わせてもらうとするならば、わたしは彼を、ラスボスだと知って推し始めたわけじゃない。
 主人公のシリウス・ローウェル、その親友であり相棒として彼の隣にずっといてくれた彼、オブシディアン・ロードライトのことを、わたしは初見の時からずっと気に入っていた。

 ひとりぼっちでいた主人公に、最初に声をかけてくれたオブシディアン。
 それから主人公はどんどん仲間を増やしていくのだが、それでも主人公が一番頼りにしていたのは、初めての友人でもあるオブシディアンの存在だった。

 ……だから、彼が裏切ったときは、そりゃもう主人公と共にわたしも呆然とした。
 それでも最後には改心してくれるかと、一縷の望みを抱きながら続きをプレイしたものの。

「どーにも、ならなかったよね……」

 最後、主人公のシリウス・ローウェルは、完全に闇堕ちしラスボスとなってしまった親友を、自らの手で討ち倒す。
 初めての友達で、親友で、相棒で、かけがえのない相手を、歯を食い縛って、泣きながら。
 この声優の『泣き』の演技が、これはまた素晴らしいのだ――涙を拭ったタオルがぐしょぐしょになるくらいには、わたしもつられて泣いてしまった。

 それだけ興奮したら、そりゃあまぁ、いつものように眠りにつけるはずもないよねというか。
 頭も目も冴えまくっている。

 スマートフォンに伸ばしかけた手を、慌てて引っ込めた。
 危ない危ない、それは四時まで起き続けてしまうルートだ。
 そっちの道に未来はない。

 ――ゼロナイに、バッドエンドは存在しない。

 ストーリーは基本的に一本道だ。
 サブクエストをどれだけ回収するかには個人差があるものの、それでもストーリーに沿ってプレイしていれば、いつかは必ずハッピーエンドに辿り着く。
 そういう仕様になっている。

 つまり、ゼロナイにとってはこれが『ハッピーエンド』なのだ。
 闇堕ちしたラスボスを倒して、世界は平和になりましたね。さぁこれが『ハッピーエンド』ですよと――その理屈は、おおむね理解できる。
 ――でも、納得はできない。

 だってわたしは、オブシディアンがどうして闇堕ちするに至ったのか、深い理由を全く知らないのだ。
 ただ、最後に少し流れた過去の回想の中で「大事にしていた妹を亡くした失意のあまり、闇に魅入られた」のだと軽く説明がされたくらい。
 何死んでんの、妹! なんて、立ち絵一枚すらもない設定上の妹に対して、やるせなさをぶつけてみたりする。
 ストーリーが進むにつれて、何となくオブシディアンの闇? というか「あれ? 実はこいつ、黒幕なんじゃね?」みたいなところは醸し出されていたのだけれど、オブシディアンの深い内面の事情までは、とうとう語られることはなかった。
 もしかすると、サイドストーリーや追加配信、はてはノベライズでも狙っているのかもしれないが。
 ……個人的には、追加コンテンツ系はあんまり好きになれないんだけどなぁ。
 パッケージとして売ったんなら、全部ストーリー内で説明してくれよというか。
 ……でも、オブシディアンにまつわる追加コンテンツが出たら、ぐちゃぐちゃ文句言いながらも買っちゃうんだろうなぁ……はぁ。
 運営に足元見られてるぜ。

「……ひとまず……寝よう……」

 ゲーム機の電源をオフにすると、部屋の電気を消して目を瞑る。
 眠れる気は、一ミリたりともしないのだけど。
しおりを挟む

処理中です...