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怨念のあしおと
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村の外れから中心へ行くと、普段より騒がしい。
一軒の家を囲むように人だかりが出来ている。
「おいっ、定信」
「どうした、なんの騒ぎじゃ」
走ってきて乱れた呼吸を整えているとそこへ慌てた様子の男が駆け寄って来た。
「死んじまった」
「何?」
「死んじまったよ」
男は人垣の中心にある家を指差し言った。そこに住む男が死んでいるのだろう。
今更人一人死んだ位でこんなに騒ぐ事だろうか。
先程見たばかりの墓の光景が鮮明に蘇り、嫌な予感がした。
「それも、ただ死んどるんじゃねえ」
男は定信に顔を近付けると小声で付け加える。
「あの赤ん坊のように、黒くなって死んどる」
やっぱり。定信は心の中でそう思った。絶対に墓の件に関係がある。
しかし今言ってしまえば男達は混乱し、何をするか分かったものではない。
「見に行ってみよう」
定信の提案に男は強く頷き、二人は人垣を掻き分け家へ入る。
「これは」
お互いに息を呑むのが分かった。
部屋に立ち込める血液の匂いを嗅ぐのは、久しぶりで神経を昂ぶらせる。
しかしその光景は今まで見た何とも異なる。
遺体からは足首が引き千切られていた。体の下半身は岩のように固くなっており、黒い。
そしてこの男は、八重子の足に二本の傷を付けた男だった。
このような死に様で、偶然だろうなどとは言っていられない。
彼女達は死しても尚恨みを晴らさんとあの黒い子を地に放ったのだ。そうに違いない。
定信は早くあの子を見つけ出さなくては、と思い震える手を押さえ付けた。
見つけ出すとは言ってもどこに居るのかまるで検討も付かない。
毎日墓まで行き辺りを探し、墓に手を合わせて帰る事を続けていた。それでも死人は減らす、残った女も男も次々に死んでいく。
枕元に立つお仙の顔は、日に日に恐ろしい笑みを深めていった。
彼女は村人全員を滅ぼし、最後に自分を道連れにしたいのだろうか。
不可解な死に、やがて「どうやったらあのような死に様になるのか」と囁かれるようになった。八重子の時と同様に「殺されたお仙の悪霊では」とも噂された。
「もしや寝ている間にお仙に連れて行かれているのでは」との結論に至り、お互いに見張りながら夜を明かす事にした。
生き残った数名で同じ部屋に集まり、監視しながら夜を明かす。
夜も更け、薄暗い部屋を照らすのは頼りない行灯だけとなった。
「流石にこれだけ人がおりゃあ幽霊も出て来れんやろ」
「ああ、そうだ」
「仮に出て来たとしても、誰かが止められるはずじゃ」
男達は複数でいるからか怖さを打ち消す為か、いつもより大きな声でわざと楽しげに話す。
時間が進めども何か起きる様子はなく、騒いでいた男達も段々と大人しくなった。
「もしかして、俺達助かったんじゃ」
「お仙ちゃん達は諦めたんじゃねえか?」
「この数には太刀打ちできねえもんな!」
漸く丑の刻を過ぎただろうかというその時、男達の中にはこの晩は何も起きないかもしれないという希望が芽生えていた。
生き残った数は10人にも満たないが、これだけの人数で一所に固まっているんだ。幽霊がオレ達に手を出せるはずがない。そんな気持ちが何処かにあったのかもしれない。
男達が喜色を浮かべ、口々に良かった良かったと語り始めるのも束の間。
どこからか奇妙な音が聞こえてきた。
「おいっ、静かにしろ。なんだ、この音は」
誰かがそう言うと、もう寝ようとしていた男達はなんだなんだと皆一様に動きを止め耳を澄ませた。
ヒタ、ズズッ……ヒタッ……ヒタ、ズズズ……
冷たい音がした。
暗い部屋に音が響く。その音は外から聞こえるようだった。音がこちらに近付いて来ている事に気が付くと、男達は身を寄せ合い手を握り合った。
ヒタッ……ヒタッ……ズ……ズズッ……
足音だ。足音に違いない。と誰もが身構えたその時、障子戸の向こうに女性の影が現れる。
その影は戸から少し離れた位置で、こちら側を見透かすかのようにその場で立ち止まる。相手が影であろうとも此方への視線を全員が感じている。
見つかってしまう。と彼等は息を殺した。ここにいる事がバレませんように、と心の中で強く念じる。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ……
女性の影が物凄い速さで障子戸の此方側を目指し近付いて来て、男達の緊張感は最高潮に達した。
「ぎゃああぁぁぁぁっ」
誰からともなく悲鳴が上がる。
肩を寄せ合い、ぐっと体を寄せた。
部屋の気温が急激に下がったように感じた。
しかし男達は、誰も連れて行かせないとお互いをひっしと掴んでいた。
部屋に静けさが戻り、それぞれが「そろそろ良いだろうか」と恐る恐る目を開ける。
そこには首をおかしな角度でかしげ白目のない目でこちらを見下げるお仙が一人の男の首元に手を当て立っていた。
再び叫び声が上がる。
首元に手を当てられた男は、やたらと冷たい首元の原因を確認する事が出来ない。目線をただそちらに向けないよう必死に行灯を見ている。
お仙がニタと笑うとその口からどばりと黒い液体が溢れる。歯の隙間から古い戸に風が当たるような音がした。
「お、お仙っ、もうやめてくれ」
堪らず定信が言葉を掛けた。
だがお仙にその言葉は聞こえないのか、男の頭上に黒い液体を垂らすだけだ。
男は涙を流し、頭から垂れてくる生温かく粘土の高い液体を手で拭っては声にならない短い声を上げている。
「やめてくれ、すまない、お仙ちゃん、ごめんなさい、俺達もうしないから、許してくれ、すまない」
泣きながら謝罪の弁を述べるも、お仙には届かなかった。
男の呼吸は段々と浅くなる。
ハッハッハッ、と浅く短い呼吸を繰り返していた。
「おいっ、しっかりしろ!」
隣で手を握っていた男が異変に気付き、泣いている男の体を揺らす。
しかし、男は指先から心臓に向けてじわじわと身動きが取れなくなっていく。あの死体のように黒く、岩のようになっていった。
村人達は必死に呼び掛けるが異変は収まらず、男は泣きながら最後まで命を乞う。
「すまない、許してくれ、すま、な」
やがて心臓の辺りまで黒くなると男は言葉を発する事が出来なくなり、お仙のように口から黒い液体を吐き出し動かなくなった。
始終を見ていた男達は呼吸も忘れてその様子に釘付けになっていた。
彼は死ぬ直前まで喋り続けていた。つまり息絶えるその瞬間まで意識があったことになる。
自分が連れて行かれる時も、心臓が止まるその時まで苦しみながら逝くのだろうか。
村人達は自分の番を想像して体を震わせた。
そのまま一言も交わすことなく、皆で残りの皆が生きてることを確認しながら夜を明かした。
朝になると部屋の様子がはっきりと浮かび上がる。
「な、なんじゃこりゃあ」
黒い足跡がある。障子戸からこちらに向かって、まっすぐ歩いてきたようだった。
昨夜の不気味な音を、姿を思い出し村人達の顔色が悪くなる。
「定信、あんなもんどうしろって言うんじゃ」
「俺達にゃ太刀打ちできねえよ」
諦めとも取れる雰囲気が漂っている。
定信は、村人が全滅しても仕方のない事をオレ達はしてきてしまったのだ、と思っていた。しかし、お仙にこれ以上人殺しをさせたくはなかった。
「全員で墓参りをして、手を合わせよう。成仏してもらう他ない」
村人達は何処か納得出来ないようだったが、あの光景を思い出せば他にどうしようもないとも思え渋々従った。
墓に着くまで定信は気が気じゃなかった。皆には赤ん坊が居なくなった事を話していない。
気付かれはしないだろうか。
そもそも再び穴が開いていたら大騒ぎになってしまう。
墓は定信が埋めた時のまま、綺麗な状態を保っていた。
定信は密かに胸を撫で下ろす。
「お前達っ」
「ヒッ」
そこへ太い声の男が、村人達を怒鳴りつけながらやって来た。
村人の誰もこの人物を知らなかったが、物凄い剣幕でずんずんと近付いてくる。
彼は頭を丸めた背の高い男で、袈裟のような物を羽織り黒い着物に見を包んでいる。天辺に布を巻き鈴をたらした錫杖のような何かを手にしていた。
片目は刀傷だろうか。一本の傷跡が瞼から頬に掛け走っている。
日に焼けたのか、風呂に入っていないのか、浅黒い肌をしていた。
「お前達、何をした」
男性が怒りを堪えているのが分かった。
"なにをした"が何を指すのかも、村人達はよく分かっていた。
しかし男達はきょろきょろとお互いを伺い顔を見合わせるだけで、言葉を発しはしない。
「何をしたかと聞いておるっ。この村の臭気が酷い。お前達、何か人の道に背く事をしておるな」
一向に答えようとしない村人達に痺れを切らし、旅人は錫杖の先を定信の頬に突きつける。
「さっさと答えねえか。俺ァ気が短えぞ」
定信は男の気迫に押され、からからの喉から必死に声を絞り出し、事の経緯を明かした。
一軒の家を囲むように人だかりが出来ている。
「おいっ、定信」
「どうした、なんの騒ぎじゃ」
走ってきて乱れた呼吸を整えているとそこへ慌てた様子の男が駆け寄って来た。
「死んじまった」
「何?」
「死んじまったよ」
男は人垣の中心にある家を指差し言った。そこに住む男が死んでいるのだろう。
今更人一人死んだ位でこんなに騒ぐ事だろうか。
先程見たばかりの墓の光景が鮮明に蘇り、嫌な予感がした。
「それも、ただ死んどるんじゃねえ」
男は定信に顔を近付けると小声で付け加える。
「あの赤ん坊のように、黒くなって死んどる」
やっぱり。定信は心の中でそう思った。絶対に墓の件に関係がある。
しかし今言ってしまえば男達は混乱し、何をするか分かったものではない。
「見に行ってみよう」
定信の提案に男は強く頷き、二人は人垣を掻き分け家へ入る。
「これは」
お互いに息を呑むのが分かった。
部屋に立ち込める血液の匂いを嗅ぐのは、久しぶりで神経を昂ぶらせる。
しかしその光景は今まで見た何とも異なる。
遺体からは足首が引き千切られていた。体の下半身は岩のように固くなっており、黒い。
そしてこの男は、八重子の足に二本の傷を付けた男だった。
このような死に様で、偶然だろうなどとは言っていられない。
彼女達は死しても尚恨みを晴らさんとあの黒い子を地に放ったのだ。そうに違いない。
定信は早くあの子を見つけ出さなくては、と思い震える手を押さえ付けた。
見つけ出すとは言ってもどこに居るのかまるで検討も付かない。
毎日墓まで行き辺りを探し、墓に手を合わせて帰る事を続けていた。それでも死人は減らす、残った女も男も次々に死んでいく。
枕元に立つお仙の顔は、日に日に恐ろしい笑みを深めていった。
彼女は村人全員を滅ぼし、最後に自分を道連れにしたいのだろうか。
不可解な死に、やがて「どうやったらあのような死に様になるのか」と囁かれるようになった。八重子の時と同様に「殺されたお仙の悪霊では」とも噂された。
「もしや寝ている間にお仙に連れて行かれているのでは」との結論に至り、お互いに見張りながら夜を明かす事にした。
生き残った数名で同じ部屋に集まり、監視しながら夜を明かす。
夜も更け、薄暗い部屋を照らすのは頼りない行灯だけとなった。
「流石にこれだけ人がおりゃあ幽霊も出て来れんやろ」
「ああ、そうだ」
「仮に出て来たとしても、誰かが止められるはずじゃ」
男達は複数でいるからか怖さを打ち消す為か、いつもより大きな声でわざと楽しげに話す。
時間が進めども何か起きる様子はなく、騒いでいた男達も段々と大人しくなった。
「もしかして、俺達助かったんじゃ」
「お仙ちゃん達は諦めたんじゃねえか?」
「この数には太刀打ちできねえもんな!」
漸く丑の刻を過ぎただろうかというその時、男達の中にはこの晩は何も起きないかもしれないという希望が芽生えていた。
生き残った数は10人にも満たないが、これだけの人数で一所に固まっているんだ。幽霊がオレ達に手を出せるはずがない。そんな気持ちが何処かにあったのかもしれない。
男達が喜色を浮かべ、口々に良かった良かったと語り始めるのも束の間。
どこからか奇妙な音が聞こえてきた。
「おいっ、静かにしろ。なんだ、この音は」
誰かがそう言うと、もう寝ようとしていた男達はなんだなんだと皆一様に動きを止め耳を澄ませた。
ヒタ、ズズッ……ヒタッ……ヒタ、ズズズ……
冷たい音がした。
暗い部屋に音が響く。その音は外から聞こえるようだった。音がこちらに近付いて来ている事に気が付くと、男達は身を寄せ合い手を握り合った。
ヒタッ……ヒタッ……ズ……ズズッ……
足音だ。足音に違いない。と誰もが身構えたその時、障子戸の向こうに女性の影が現れる。
その影は戸から少し離れた位置で、こちら側を見透かすかのようにその場で立ち止まる。相手が影であろうとも此方への視線を全員が感じている。
見つかってしまう。と彼等は息を殺した。ここにいる事がバレませんように、と心の中で強く念じる。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ……
女性の影が物凄い速さで障子戸の此方側を目指し近付いて来て、男達の緊張感は最高潮に達した。
「ぎゃああぁぁぁぁっ」
誰からともなく悲鳴が上がる。
肩を寄せ合い、ぐっと体を寄せた。
部屋の気温が急激に下がったように感じた。
しかし男達は、誰も連れて行かせないとお互いをひっしと掴んでいた。
部屋に静けさが戻り、それぞれが「そろそろ良いだろうか」と恐る恐る目を開ける。
そこには首をおかしな角度でかしげ白目のない目でこちらを見下げるお仙が一人の男の首元に手を当て立っていた。
再び叫び声が上がる。
首元に手を当てられた男は、やたらと冷たい首元の原因を確認する事が出来ない。目線をただそちらに向けないよう必死に行灯を見ている。
お仙がニタと笑うとその口からどばりと黒い液体が溢れる。歯の隙間から古い戸に風が当たるような音がした。
「お、お仙っ、もうやめてくれ」
堪らず定信が言葉を掛けた。
だがお仙にその言葉は聞こえないのか、男の頭上に黒い液体を垂らすだけだ。
男は涙を流し、頭から垂れてくる生温かく粘土の高い液体を手で拭っては声にならない短い声を上げている。
「やめてくれ、すまない、お仙ちゃん、ごめんなさい、俺達もうしないから、許してくれ、すまない」
泣きながら謝罪の弁を述べるも、お仙には届かなかった。
男の呼吸は段々と浅くなる。
ハッハッハッ、と浅く短い呼吸を繰り返していた。
「おいっ、しっかりしろ!」
隣で手を握っていた男が異変に気付き、泣いている男の体を揺らす。
しかし、男は指先から心臓に向けてじわじわと身動きが取れなくなっていく。あの死体のように黒く、岩のようになっていった。
村人達は必死に呼び掛けるが異変は収まらず、男は泣きながら最後まで命を乞う。
「すまない、許してくれ、すま、な」
やがて心臓の辺りまで黒くなると男は言葉を発する事が出来なくなり、お仙のように口から黒い液体を吐き出し動かなくなった。
始終を見ていた男達は呼吸も忘れてその様子に釘付けになっていた。
彼は死ぬ直前まで喋り続けていた。つまり息絶えるその瞬間まで意識があったことになる。
自分が連れて行かれる時も、心臓が止まるその時まで苦しみながら逝くのだろうか。
村人達は自分の番を想像して体を震わせた。
そのまま一言も交わすことなく、皆で残りの皆が生きてることを確認しながら夜を明かした。
朝になると部屋の様子がはっきりと浮かび上がる。
「な、なんじゃこりゃあ」
黒い足跡がある。障子戸からこちらに向かって、まっすぐ歩いてきたようだった。
昨夜の不気味な音を、姿を思い出し村人達の顔色が悪くなる。
「定信、あんなもんどうしろって言うんじゃ」
「俺達にゃ太刀打ちできねえよ」
諦めとも取れる雰囲気が漂っている。
定信は、村人が全滅しても仕方のない事をオレ達はしてきてしまったのだ、と思っていた。しかし、お仙にこれ以上人殺しをさせたくはなかった。
「全員で墓参りをして、手を合わせよう。成仏してもらう他ない」
村人達は何処か納得出来ないようだったが、あの光景を思い出せば他にどうしようもないとも思え渋々従った。
墓に着くまで定信は気が気じゃなかった。皆には赤ん坊が居なくなった事を話していない。
気付かれはしないだろうか。
そもそも再び穴が開いていたら大騒ぎになってしまう。
墓は定信が埋めた時のまま、綺麗な状態を保っていた。
定信は密かに胸を撫で下ろす。
「お前達っ」
「ヒッ」
そこへ太い声の男が、村人達を怒鳴りつけながらやって来た。
村人の誰もこの人物を知らなかったが、物凄い剣幕でずんずんと近付いてくる。
彼は頭を丸めた背の高い男で、袈裟のような物を羽織り黒い着物に見を包んでいる。天辺に布を巻き鈴をたらした錫杖のような何かを手にしていた。
片目は刀傷だろうか。一本の傷跡が瞼から頬に掛け走っている。
日に焼けたのか、風呂に入っていないのか、浅黒い肌をしていた。
「お前達、何をした」
男性が怒りを堪えているのが分かった。
"なにをした"が何を指すのかも、村人達はよく分かっていた。
しかし男達はきょろきょろとお互いを伺い顔を見合わせるだけで、言葉を発しはしない。
「何をしたかと聞いておるっ。この村の臭気が酷い。お前達、何か人の道に背く事をしておるな」
一向に答えようとしない村人達に痺れを切らし、旅人は錫杖の先を定信の頬に突きつける。
「さっさと答えねえか。俺ァ気が短えぞ」
定信は男の気迫に押され、からからの喉から必死に声を絞り出し、事の経緯を明かした。
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