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最悪の想定
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伊藤さんは明るい人で、村が変だとケラケラ笑っていた。
確かはなさんから頂いた情報によれば奥さんは伊藤しおり。死ぬとしたら奥さんの方だ。
「伊藤さんはこの村で働いているんですか?」
「いえ、町でサラリーマンしてます。なんと言ってもここからじゃ遠いんでね~、どうしようか迷っているんですよ」
村の外には出られるのか。
はなさんの話から、村出身の人だけが外に出られるのかと勘違いしていた。
となると、女性だけが出られない?
「男は外女は内」的な古い考えだろうか。
「出張命じられても行けないですしね~」
「外泊は禁止されているんでしたか?」
「そうそう、よくご存知ですね!」
伊藤さんは件の石碑を指差した。
「村の、守り神なんだそうです。その神様の怒りに触れるらしくて、村の外で一夜を過ごすことは禁止されています。変わってますよね」
男性はまるで信じていないといった風な言い方をする。
事実守り神なんかではないだろう。
「最近、奥さんはゆっくり眠れていますか?」
「それが変な事件というか、人が三人も、いや四人になりましたね。四人も死んでいるんでね、妻はすっごく恐がってしまっていて。
戸締まりをきちんとするよう言ったんですけど「そんなの意味ないって」泣きながら怒鳴ってくるんです。ありゃ情緒不安定ですよ」
伊藤しおりは知っているんだ。この村に何が起きているか。
「あまりに恐がるから僕もしばらく仕事休んでいるんです。あの状態の彼女を置いていけないですからね」
「そうですか。奥さんに会わせてもらうことはできますか?」
「え、高畑」
「それはそれは!妻もお坊さんが来たら安心するかもしれない」
勝手に話が進んでしまいご機嫌斜めな柴田さんを宥め、伊藤さんの家へお邪魔することにした。
「帰ったぞ~」
伊藤ケンさんは鍵を開けると軽い足取りで玄関を超えていき、俺達にも入るよう促した。最後に入った柴田さんが鍵を閉める。
ケンさんは一足先に俺達の来訪を伝えるため部屋に入っていった。
「うわぁっ!!」
中でケンさんの叫び声がし、俺と柴田さんはハッとして靴を脱ぎ散らかし中へと急ぐ。
「し、しおり~驚かすなよ~」
「びっ、くりしたぁ」
中ではケンさんと、ナタを持ったままのしおりと呼ばれた女性がお互いに驚き尻もちをついていた。
良かった。てっきり……。
「あれ?お客様?」
「ほら!噂のお坊さんだよ!」
「こんにちは、高畑と言います」
「柴田です」
奇妙な顔合わせになってしまったが、しおりさんは安心したようでナタを床に置いた。そこに置くのも危険だと思うのだが。
「柴田さんって、もしかして」
「え?」
「あんた、最近村長に連れられてきた、」
「ああ、はい。多分そうです」
顔色の悪くなったしおりさんに、不思議そうに柴田さんが答える。
と、しおりさんの態度が急変した。
「なんでっ、なんで坊さんとその女がっ!」
「え、あの、部屋がなくて一緒に」
「その女はっ、だって」
「おい、どうしたんだよしおりっ」
突如床に置いたナタを再び掴み柴田さんに襲い掛かろうとしたしおりさんをケンさんが取り押さえ、俺は反射的に柴田さんを背にするように前に出た。
「村長も、ご存知です」
「なんだって?」
「俺達が一緒に暮らしていること、村長もご存知ですよ」
「あのジジィ、おかしくなったのか
?」
「どうしたの、しおり!ねえ!」
ケンさんは事情が分からず泣きそうな顔で変わり果てたしおりさんを押さえつけていた。
「すいませんお坊さん、妻は情緒不安定で」
「いえ、お気になさらず。今日はゆっくり眠れるといいですね」
そう言って手を合わせる。
「柴田さん、先に出て」
「あ、うん」
柴田さんはまだびっくりしているようだったが、足取りも問題なく部屋を後にした。俺が先に出たら柴田さんが攻撃されるかもしれない。
そして伊藤しおりの様子からすると、外に一人でいればどこかへ拉致されてしまう恐れも少なからずあるので俺も急いで外に出た。
家の中からまだ声が聞こえていた。
「伊藤さん、一体どうしたんだ」
「村長が連れてきた女性が、坊さんの庇護下に置かれていると知って焦ったんだろ」
「どういうことだ」
柴田さんが、あ、と漏らす。
後ろを気にして歩いているようだ。
きっと今の騒ぎで誰かが付いてきているのだろう。
「もう私達が何かを嗅ぎまわっていることにはとっくに気が付いてるだろうに、なんで今更監視なんて」
「何かに気付かれると困るからだろ。続きは帰ってからだな」
俺達は足早に家を目指した。
家に戻ると軽く夕食を用意し二人で卓に付いてから、外の気配を気にしつつ話を切り出した。
「まず、大量の霊が集まってきていることは今日確認したね?」
「ああ、間違いない」
「そして柴田さんが前に女性の霊から聞いた「もうすぐ」という言葉。それからすんなり通された僧侶である俺。ここから予想できるのは村に張られた結界が薄くなりつつあるということだ」
あくまで可能性の一つだ。
だが、全ての事象が偶然とも思えない。
「なるほど。だからあの人たちはもうすぐ村に入れると言っていて、村長は高畑に結界を貼り直してほしかった!」
「そう仮定しよう。そしてこう考えたくはないが、柴田さんの夢の内容を加味すると川の向こうのあれらが昔起きた何かの被害者である可能性がある」
「やっぱり大量虐殺か何かが」
「あくまで仮定的な話だよ」
猟奇殺人だろうか?
ここで何があった?
「仮に大量虐殺だったとしてもその原因はなんだろう」
「それについての情報が少ないな」
「石碑には約200年前の日付が掘られていた」
「200年前ねえ。幽霊と話ができないことがこんなに苦だと思ったことはない」
そうだな。彼らに聞ければもう少し手掛かりが得られるだろう。
「あ!」
「何か分かったのか?」
ぶつぶつと指を折りながら呟いていた柴田さんがふと声を上げる。
「200年前と言えば大きな飢饉が起きていた頃じゃないか?」
「そうだったか?」
俺はまともに学生生活を送っていないので、200年前のことを覚えていない。
「ああ、確か雨が続いて色んなとこで川が氾濫したことによって、大規模な飢饉が起きてる」
「それが本当なら川に囲まれたこの村も、間違いなく災害に苦しんだはずだ」
「じゃあ大量虐殺じゃなく……」
災害によって亡くなった。
それも考えられるが。
「考えられるが、それだとあの結界は、おかしい」
「もしかして本当に守り神なんじゃ?この村がもう苦しまなくて良いようにって」
「そうであれば、彼らをこの村に入れない意味が分からない」
それもそうか、と柴田さんは再び頭を捻り出す。
「柴田さんが、言っただろう」
「え、どれ?」
言いたくない。違っていてほしい。
この考えが間違えだと、誰かが言ってくれたら良いのに。
「血の臭いがすると、言っていたよね」
「ああ、確かに四つとも血の臭いがした」
「俺には分からないからその話を丸呑みにした上での結論なのだが」
「私も証明のしようがない、それでいこう」
俺は本当に間違っていてほしいと思い、ふうっと息を吐き出した。
確かはなさんから頂いた情報によれば奥さんは伊藤しおり。死ぬとしたら奥さんの方だ。
「伊藤さんはこの村で働いているんですか?」
「いえ、町でサラリーマンしてます。なんと言ってもここからじゃ遠いんでね~、どうしようか迷っているんですよ」
村の外には出られるのか。
はなさんの話から、村出身の人だけが外に出られるのかと勘違いしていた。
となると、女性だけが出られない?
「男は外女は内」的な古い考えだろうか。
「出張命じられても行けないですしね~」
「外泊は禁止されているんでしたか?」
「そうそう、よくご存知ですね!」
伊藤さんは件の石碑を指差した。
「村の、守り神なんだそうです。その神様の怒りに触れるらしくて、村の外で一夜を過ごすことは禁止されています。変わってますよね」
男性はまるで信じていないといった風な言い方をする。
事実守り神なんかではないだろう。
「最近、奥さんはゆっくり眠れていますか?」
「それが変な事件というか、人が三人も、いや四人になりましたね。四人も死んでいるんでね、妻はすっごく恐がってしまっていて。
戸締まりをきちんとするよう言ったんですけど「そんなの意味ないって」泣きながら怒鳴ってくるんです。ありゃ情緒不安定ですよ」
伊藤しおりは知っているんだ。この村に何が起きているか。
「あまりに恐がるから僕もしばらく仕事休んでいるんです。あの状態の彼女を置いていけないですからね」
「そうですか。奥さんに会わせてもらうことはできますか?」
「え、高畑」
「それはそれは!妻もお坊さんが来たら安心するかもしれない」
勝手に話が進んでしまいご機嫌斜めな柴田さんを宥め、伊藤さんの家へお邪魔することにした。
「帰ったぞ~」
伊藤ケンさんは鍵を開けると軽い足取りで玄関を超えていき、俺達にも入るよう促した。最後に入った柴田さんが鍵を閉める。
ケンさんは一足先に俺達の来訪を伝えるため部屋に入っていった。
「うわぁっ!!」
中でケンさんの叫び声がし、俺と柴田さんはハッとして靴を脱ぎ散らかし中へと急ぐ。
「し、しおり~驚かすなよ~」
「びっ、くりしたぁ」
中ではケンさんと、ナタを持ったままのしおりと呼ばれた女性がお互いに驚き尻もちをついていた。
良かった。てっきり……。
「あれ?お客様?」
「ほら!噂のお坊さんだよ!」
「こんにちは、高畑と言います」
「柴田です」
奇妙な顔合わせになってしまったが、しおりさんは安心したようでナタを床に置いた。そこに置くのも危険だと思うのだが。
「柴田さんって、もしかして」
「え?」
「あんた、最近村長に連れられてきた、」
「ああ、はい。多分そうです」
顔色の悪くなったしおりさんに、不思議そうに柴田さんが答える。
と、しおりさんの態度が急変した。
「なんでっ、なんで坊さんとその女がっ!」
「え、あの、部屋がなくて一緒に」
「その女はっ、だって」
「おい、どうしたんだよしおりっ」
突如床に置いたナタを再び掴み柴田さんに襲い掛かろうとしたしおりさんをケンさんが取り押さえ、俺は反射的に柴田さんを背にするように前に出た。
「村長も、ご存知です」
「なんだって?」
「俺達が一緒に暮らしていること、村長もご存知ですよ」
「あのジジィ、おかしくなったのか
?」
「どうしたの、しおり!ねえ!」
ケンさんは事情が分からず泣きそうな顔で変わり果てたしおりさんを押さえつけていた。
「すいませんお坊さん、妻は情緒不安定で」
「いえ、お気になさらず。今日はゆっくり眠れるといいですね」
そう言って手を合わせる。
「柴田さん、先に出て」
「あ、うん」
柴田さんはまだびっくりしているようだったが、足取りも問題なく部屋を後にした。俺が先に出たら柴田さんが攻撃されるかもしれない。
そして伊藤しおりの様子からすると、外に一人でいればどこかへ拉致されてしまう恐れも少なからずあるので俺も急いで外に出た。
家の中からまだ声が聞こえていた。
「伊藤さん、一体どうしたんだ」
「村長が連れてきた女性が、坊さんの庇護下に置かれていると知って焦ったんだろ」
「どういうことだ」
柴田さんが、あ、と漏らす。
後ろを気にして歩いているようだ。
きっと今の騒ぎで誰かが付いてきているのだろう。
「もう私達が何かを嗅ぎまわっていることにはとっくに気が付いてるだろうに、なんで今更監視なんて」
「何かに気付かれると困るからだろ。続きは帰ってからだな」
俺達は足早に家を目指した。
家に戻ると軽く夕食を用意し二人で卓に付いてから、外の気配を気にしつつ話を切り出した。
「まず、大量の霊が集まってきていることは今日確認したね?」
「ああ、間違いない」
「そして柴田さんが前に女性の霊から聞いた「もうすぐ」という言葉。それからすんなり通された僧侶である俺。ここから予想できるのは村に張られた結界が薄くなりつつあるということだ」
あくまで可能性の一つだ。
だが、全ての事象が偶然とも思えない。
「なるほど。だからあの人たちはもうすぐ村に入れると言っていて、村長は高畑に結界を貼り直してほしかった!」
「そう仮定しよう。そしてこう考えたくはないが、柴田さんの夢の内容を加味すると川の向こうのあれらが昔起きた何かの被害者である可能性がある」
「やっぱり大量虐殺か何かが」
「あくまで仮定的な話だよ」
猟奇殺人だろうか?
ここで何があった?
「仮に大量虐殺だったとしてもその原因はなんだろう」
「それについての情報が少ないな」
「石碑には約200年前の日付が掘られていた」
「200年前ねえ。幽霊と話ができないことがこんなに苦だと思ったことはない」
そうだな。彼らに聞ければもう少し手掛かりが得られるだろう。
「あ!」
「何か分かったのか?」
ぶつぶつと指を折りながら呟いていた柴田さんがふと声を上げる。
「200年前と言えば大きな飢饉が起きていた頃じゃないか?」
「そうだったか?」
俺はまともに学生生活を送っていないので、200年前のことを覚えていない。
「ああ、確か雨が続いて色んなとこで川が氾濫したことによって、大規模な飢饉が起きてる」
「それが本当なら川に囲まれたこの村も、間違いなく災害に苦しんだはずだ」
「じゃあ大量虐殺じゃなく……」
災害によって亡くなった。
それも考えられるが。
「考えられるが、それだとあの結界は、おかしい」
「もしかして本当に守り神なんじゃ?この村がもう苦しまなくて良いようにって」
「そうであれば、彼らをこの村に入れない意味が分からない」
それもそうか、と柴田さんは再び頭を捻り出す。
「柴田さんが、言っただろう」
「え、どれ?」
言いたくない。違っていてほしい。
この考えが間違えだと、誰かが言ってくれたら良いのに。
「血の臭いがすると、言っていたよね」
「ああ、確かに四つとも血の臭いがした」
「俺には分からないからその話を丸呑みにした上での結論なのだが」
「私も証明のしようがない、それでいこう」
俺は本当に間違っていてほしいと思い、ふうっと息を吐き出した。
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