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父が国王になった理由。

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四人の夫候補に会った翌日。

部屋に射し込む光で目が覚めた。
体を無理矢理起こすが、寝不足で頭がクラクラする。

もう朝になってしまったのか···。

昨日、婚約者候補との茶会の直後、北部の冷害が深刻な状態にあるという緊急報告を受けて、夜遅くまで大臣や宰相達に混ざり、対策を練っていた。

なかなか良い案が出ず、時間がかかってしまったのでほとんど眠れなかった。

この国の北部は、毎年冷害に悩まされており、作物での収益が期待出来ず、他に目立った特産物になる物がない為とても貧困が進んでいた。

今年は特に深刻な事態になっている···。

どうにかして、現地を視察することはできないだろうか?私は籠の鳥状態なので、王宮を出ることが許されない。でも現地に赴かねば対策を打ちようがない。

毎年悩まされていたのに、父が何も対策を打たなかった事に腹が立った。

先代の賢王と名高いお祖父様と違い、父は何も才能がなく、至って平凡な人間だった。

何かにつけて、お祖父様と比べられる事が多かったからなのだろうか?

父は、自ら学ぶ努力もせず、直接見もせず、面倒な事は、すべて人任せにする···正真正銘の愚王だった。

ならば何故、そんな父が王になる事など出来たのだろうか?

父には六人の兄がいた。父は一番末の王子だった。

才能ある兄達が上にたくさんいた為、何も期待されずに父は育った。

本人も自分に才能がないのがわかっていたのか、王位が自分に回ってくる事などあり得ないと、勉強もせず、毎日遊び歩いていた。

しかしある年、国が傾くのではないかと言われるほどの飢饉が起こった。

原因は、未知の病原体の発生と冷害。

国内の学者や医師が集められ、原因を探ったのだが、その原因はわからなかった。

この年は、国中が冷害による被害を受けた。

作物の収穫が極端に少ない年だったので、米や麦などの作物の値が高騰し、人々は満足な食事を取る事ができず、飢えで苦しむ者が多かった。

王宮にある備蓄も使い、炊き出しなども何回も行われたが、国全体となると、備蓄はいくらあっても足りなかった。

そこに来て···原因不明の病原体の発生である。

やがて国内で大流行してしまい、多くの民が命を落とした。

それは、貴族も王族も例外ではなかった。

王宮内でも感染が広がり、父以外の王子すべてが感染し、命を落とした。

お祖父様には、優秀な弟が五人いたが、お祖父様の実子の方が王位継承権が上。

結果私の父が、王位を継ぐ事になってしまった。

あろうことか、この年···優秀な宰相や、宰相補佐も一家全員感染により、命を落としてしまった。

国を支える優秀な人材が、次々に被害に遭ってしまったのだ。

父が王の器ではないのを、誰よりも知っていたお祖父様は、この事態を危惧し、父の補佐に、兄弟の中でも、一番優秀な二番目の弟の次男を、宰相として就任させた。

今まで国が傾かなかったのは、優秀な宰相がいたおかげである。

隣国へ商談に行っていた、婚約者候補のドミニクの父、オスカー・ラインフェルトが、隣国で流行している、渡り鳥が原因の感染症に酷似していることに気付いた事により、病原体の正体が判明したのだ。

この感染症の薬の開発にも携わっていたオスカーは、すぐに国内の薬師に薬の製法を無償で教えた。

オスカーの尽力により、すぐに薬が国内に出回った事で、感染症は終息した。

この功績により、オスカーの家は、子爵位を賜った。

本来であれば、オスカーの貢献は、子爵位どころでは済まないはずだったのだが。
オスカーの身分が平民であった為、貴族が猛反発したのだ。

しかし、オスカーはとても頭の切れる人間だった。
周りの貴族の反感を買ってまで、地位を得ることを望まなかった。

その代わりに、王家に恩を売り、貸しを作らせたのである。その方が、遥かに得るものは大きいと判断した。


そんな背景も有り、周りの大臣や宰相は、父に全く期待をしなかった。

その代わりに、将来を見据え、私を父の代わりとしたのだ。

ここまで自分の父親が愚かだと、諦めるしかなかった。王の責任は、子の責任なのだから···。

私は王族の義務を果たさなければならない。
私には、その責任がある。その結果、私の心が蔑ろにされたとしても。

今日は、昨日会えなかった、五人目の婚約者候補に会う予定がある。

気怠い体を引き摺り、身支度を始めたのだった。




───────




その同時刻 ──


宰相であるフランツ・ブルクミュラーは、王女との婚姻を嫌がる様子の、息子イクスと話をしていた。

「お父様、何故私が···王女様と結婚しなければならないのですか?他に、候補が四人もいるではないですか。私が王女様と結婚しなければならない必要性を感じません。それに、他に夫が四人もいる···そんな淫乱女と結婚するのは嫌です。」

泣きそうになるのを我慢しながら、父を睨み付けるイクスに、フランツは優しく諭すように話した。

「イクス。お前が嫌がる理由はわかる。だけど、お前はエリザベート王女を誤解しているよ?」

フランツの言葉に目を丸くし、驚くイクスに、フランツは悲しげに微笑んだ。

「 彼女は、決して自ら望んで夫を五人も選んだのではないんだ。彼女が生まれた時から、複数の夫を持つ事が決まっていたのだから。彼女は、後継ぎを残すという、王族の義務を果たさなかった、父親の責任をすべて一人で背負ったんだ。王族の義務を果たす為に。父親の愚行の責任を取ってね···。」

父の言葉を聞き目を見開くイクス。

知らなかったとはいえ、酷い誤解をしていた自分を恥じて、気まずそうにイクスは顔を歪めた。

「 彼女は、たった一人しかいない後継ぎということから、彼女に万が一があってはいけないと、王宮に閉じ込められて生きてきた。必要最低限の、決まった場にしか出ることが許されなかった。私達大人が、彼女一人に、責任を押し付ける結果になってしまったんだ。責任は、我々大人にあるというのに···。」

父の苦しそうな表情を見て、イクスはすべてを察した。

そして、まだ見ぬ王女の事を思った。

生まれた頃から、何の自由もなく、王宮に閉じ込められて生きてきた王女。

たった一人しかいない、後継ぎという立場から、やること成すこと、すべてに責任が生じる。

王宮に閉じ込められていれば、友達もまともに作れないだろう。

それに···女性なら、幸せな結婚を夢見るものなのに···。

彼女には、そんな自由もない。
生まれながらに決まった事で、自由に相手を選ぶ事もできない···。

彼女の孤独、悲しみはどれほどだろうか。

国王は、王女を愛していないのか?

娘がこんな目に遭っているのに、彼女にすべてを押し付けるなんて···。

血の繋がった、ただ一人の娘じゃないか···。

両親の愛さえ知らない孤独な王女。
彼女には、味方も···愛してくれる者もいない。

イクスは胸が締めつけられた。


そこで、やっと父が考えている事が理解できた。

「 私が···彼女の味方になります。彼女の心に寄り添い、守り支えます。」

まだ会った事すらない王女を、正直愛せるかはわからない。

けれど···彼女の心に寄り添う事はできる。
彼女に誠心誠意尽くす事はできる。

何より···彼女を孤独から救いたい。
イクスは、自らそう願っていた。

「 イクス···ありがとう。お前は優しく賢い子だ。きっとエリザベート王女と良い関係を築けると信じている。その賢さと優しさで王女の力になってほしい。」

父フランツの言葉に、イクスは強く頷いた。












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