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第7話 婚約者(婚約者side)
しおりを挟む僕の名前はエリーク・ファン・ハウゼン。
ハウゼン侯爵家の長男だ。
ちょうど5日前、僕は婚約した。
お相手はエリーゼ・キャロライン。
キャロライン公爵家のご息女だ。
キャロライン公爵家は、このオルデバルド王国の宰相職を代々務めている由緒正しき家系だ。
影の支配者と言われるくらい、その手腕は優秀で、キャロライン家が仕事を放棄するような事があれば、この国は転覆してしまうだろうと噂されるほど...皆が恐れるほど有能な敵に回したくない相手である。
だから、絶対に相手に失礼がないようにと、両親に言われていた。
貴族に生まれたからには、政略的に婚約者を選ばれるのは、当たり前のことであった。
僕も政略的な婚約に関しては全く抵抗はなかった。
なかったのだが....。
初めての顔合わせで僕はやらかしてしまったんだ。
近頃、婚約破棄ブームと言わんばかりに、王都では婚約破棄騒ぎが続いていた。
それをうちの両親は危惧し、僕には女性の使用人を誰1人として付けなかった。
身分にすり寄る悪い虫を防ぐ為だった。
なるべくお茶会や、集まりも必要最低限しか参加させなかったし...。
参加する時は、男の使用人や、護衛騎士に厳しく見張らせるという徹底ぶりだった。
そのおかげか、僕は女性に...全くと言っていい程免疫がなかった。
それがまさか悲劇を招くなんて...。
初めて彼女を見た時にお人形さんかと思うほど綺麗で可愛いくて...とても緊張していた。
政略的な婚約なのに...こんなに可愛い女の子と婚約できるだなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう...と神様に感謝する程だった。
なのに...彼女が綺麗すぎて上手く話はできないし、側に寄るといい香りがしてガチガチに緊張してしまってすべて空回りしてしまい上手くいかない...。
だから言い訳になってしまうけど...。
あの時も...悪気は本当になかったんだ。
彼女が、僕の肩についていた葉っぱを見つけて取ろうとしてくれた。
だけど近付く彼女があまりに無防備であどけなくて可愛いくて...緊張が頂点に達してしまった。
それ以上近付かれたら...。いきなり抱きしめてしまいそうで...初対面の彼女に、いきなりそんなことをしたら嫌われてしまう。
彼女に嫌われてしまうのが怖くて...僕の理性が無意識に距離を取ろうと手を突き出してしまった。
その瞬間、彼女が驚きの表情を浮かべたのが見えた。
そしてスローモーションのように彼女は後ろに倒れていく。
慌てて手を伸ばし、彼女の手を引こうとしたが間に合わなかった。
彼女はそのまま強く後頭部をぶつけてしまい意識を失った。
僕は、呆然と立ち尽くした。
そしてそこで騒ぎになり...顔合わせのお茶会は早々におしまいになった。
僕は、初恋の婚約者を...自らの手で傷つけてしまったのだ。
両親には厳しく叱られた...僕は彼女の驚き倒れていく姿が頭から離れず1人部屋に籠り泣いた。
泣いても意味がないし...泣きたいのは彼女の方だ。
そんなことはわかっているが....涙が止まらなかった。
罪悪感から食事も喉を通らない。夜も眠れなかった。
次の日、彼女がどうなったのか、無事なのか心配で、僕は何度も彼女の家族に謝りたい。彼女にも謝りたいと伝えた。
だが彼女は、頭を打ったまま..未だに目を覚ます気配がなくそれ所じゃないと...面会はかなわなかった。
僕は、どうしてこんなことになったのか泣きながら全部両親に話した。
彼女が嫌だった訳ではなく、むしろとても好きだと思ったこと。
彼女が可愛いすぎて自分が正常な行動が取れなかったこと。
彼女に触れられたら...理性のタガが外れて、彼女を傷つけてしまうと思い...彼女に嫌われたくなくて、距離を取ろうとしただけだったこと。
突き飛ばそうなんて思ってなかった。
ただ彼女に触れたら、きっと彼女を傷つけてしまうと思っただけだったのに...。
そのせいで彼女を傷つけ...彼女は今、生死の境をさまよっている..。
するとお母様は私のせいだわ...と倒れてしまう。
女性を側に近づけないことで守ったつもりが...まさかこんなことになるとは...。
お父様も頭を抱えた。
僕はただ彼女が無事に目覚めてくれることを願った。
たとえ...彼女が目覚めて僕を許してくれなくても...僕は彼女に償いたい。
謝罪をさせてくれるだろうか...。
もう二度と会ってもらえないかもしれない...。
どうしてこんなことになってしまったのか...。
5日後...彼女が目覚めたことを母から聞いた。
お父様は今日、彼女のご両親に会いに行った。
そして、帰って来た父に告げられたのは、彼女が記憶を失ってしまった事と、婚約が破棄された事だった。
僕は謝る事も償う事も許されなかった。
そして彼女は、僕の存在すべてを覚えていない...。
あまりのショックに涙も出なかった。
こうして...僕の初恋は悲しい思い出と共に散ってしまった。
そして僕はこの初恋をずっと引きずることになるのだった。
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