上 下
5 / 48

5話 お父様編

しおりを挟む
 アイシャはとても可愛らしく素直でいい娘だと思う。
 親馬鹿だと周りには言われるが多分よその子のように我儘を言わないし我慢強い子だと思う。

 仕事が忙しくなかなか会えない中、頑張って夜遅くまで起きて僕に会おうと待っていてくれる。ただ、あまりにも遅いのでアイシャは待ちくたびれて寝てしまうのだが。

 財務大臣としての仕事と公爵としての仕事に追われ毎日眠る暇もない。

 そんな中アイシャの寝顔を見ることだけが今は唯一の楽しみ。

 愛する妻が突然の病で亡くなった。
 あまりにも突然すぎて心が追いつかなくて心が壊れそうになった。そんな僕の手にアイシャはそっと小さな手を重ねてきた。

「お父様、泣かないで」

 小さな体が僕を必死で抱きしめる。

 僕よりも小さな5歳の娘が泣くのを我慢して大の大人の僕を抱きしめた。

 小さな温もりが僕の心を温めてくれた。

 この小さな女の子を守るのが僕のこれからの生きる目的だ。そう決めて頑張ってきた。

 でもその頑張りは、頑張れば頑張るほどアイシャとの距離を開くことになってしまった。

 周りからの評価は仕事をさらに忙しくさせる。まともに休みも取れない。

 本当は今日だってアイシャのためになんとか休みをとったはずなのに。王城に急遽呼ばれてまだ仕事をしないといけない羽目になった。

 アイシャを屋敷に帰そうとした。

「急用ができてしまった。急いで王城へと行かないといけなくなった。アイシャはトーマスたちと屋敷へ帰っていなさい」

「お父様、今日は今日だけは一緒にいたいの。長くかかるの?ついていっては駄目?」

「たぶんそこまで時間はかからないと思う。少し待たせることになるけどアイシャが待てるなら一緒に行こう」

「うん!」


 アイシャが初めて我儘を言った。その声は必死だった。どれだけ今日を楽しみにしていたのかあの笑顔を見ればわかる。

 あんな顔を見ればアイシャを屋敷に帰れと言えず王城へと連れてきてしまった。

 しかし仕事中に娘を連れて回るわけにもいかず、花の大好きなアイシャのために庭園で待つように言った。

 大臣である自分にとってあそこの庭園を歩くことは当たり前で特に気にしたことがなかった。

 しかしあそこは王家のための庭園で、勝手に入れば騎士達に捕まってしまう。

 入った時は自分が一緒だったとはいえ、今はトーマスと二人だけ。知らない者が見れば不敬に当たってしまう。

 急いでアイシャの元へと戻った。






 ーーしまった。

 散歩中の殿下がアイシャを見つけてしまった。


「ソルボン公爵の娘?」

 殿下の不機嫌な声が聞こえた。

「はい、今日は久しぶりにお父様とゆっくり過ごしておりましたが急に仕事が入り、王城へと参りました。
 わたしは……どうしてもお父様と離れたくなくて我儘を言ってついて参りました。すぐに帰ります。わたしのようなものが王家の大切な庭園に入りましたこと深くお詫び申し上げます。
 咎はわたしにあります。どうかそばにいる執事に罰を与えることだけはおやめください。父も何も悪くはありません。
 わたしにだけ罰をお与えいただければと。どうかお願いいたします」

 アイシャは殿下に何度も頭を下げているのをみて娘のところへ急いで走った。

 何も知らないアイシャが、冷たい目と声の殿下に必死でトーマスと僕を守ろうと頭を下げている。

 そんなことしなくていいんだ。悪いのは何も考えずに花が好きだからと庭園に置いていった自分なんだ。

 6歳の誕生日を迎えたばかりの娘が、必死で謝罪する姿に胸が痛い。


「殿下、申し訳ございません。娘に何も咎はありません。ここで待たせたのはわたしの失態です。罰はわたしが受けますので娘をお許しください」

 アイシャを抱きしめた。

 小さな体は真っ青な顔をして震えていた。

 9歳の殿下はまだ子供だが流石に王族。子供なのにしっかりと威圧感があり周りの空気を冷たくしている。

 アイシャは僕を見るとホッとしたのか体から力が抜けた。

「お父様……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 そして気を失ってしまった。



 







 
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます

かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。 そこに私の意思なんてなくて。 発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。 貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。 善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。 聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。 ————貴方たちに私の声は聞こえていますか? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

婚約破棄まで死んでいます。

豆狸
恋愛
婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

傲慢令嬢にはなにも出来ませんわ!

豆狸
恋愛
「ガルシア侯爵令嬢サンドラ! 私、王太子フラカソは君との婚約を破棄する! たとえ王太子妃になったとしても君のような傲慢令嬢にはなにも出来ないだろうからなっ!」 私は殿下にお辞儀をして、卒業パーティの会場から立ち去りました。 人生に一度の機会なのにもったいない? いえいえ。実は私、三度目の人生なんですの。死ぬたびに時間を撒き戻しているのですわ。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...