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もう一つの世界では……⑩
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マルセル様に腕を掴まれて引き摺られベッドから落ちそうになった。
サイロとセフィルは破落戸達と闘っていた。
ーーどうしよう。みんなの足手纏いになる。
歩くことも抵抗することも出来ない。
ーーあっ……
落ちる……そう思ったのに痛みがない。
誰かがわたくしを抱き止めた。
マルセル様の握っていた手がわたくしから離されたのがわかった。
ーーこの人は……誰?
顔を上げて思わず固まった。
何故この人がここに?
何故わたくしを助けるの?
わたくしを嫌い憎んで嫌っているはずのこの人が……でも…わたくしを見る目はやはり冷たい。
わたくしを駒として使うために庇ってくれたのね。
お父様はわたくしをベッドに寝かせると、周りを一瞥した。
「この男達を捕えろ!」
騎士達が流れ込んできて破落戸達を捕まえ始めた。セフィルもサイロもそれに気がついて闘うのをやめてわたくしのところへ走ってやってきた。
「お嬢、大丈夫か?」
サイロは心配そうに覗き込んでわたくしの顔を見た。
「宰相、何故貴方が?」
セフィルはお父様を見て驚いていたのにサイロは全く動じなかった。
「お嬢、助けに来るのが遅れてすみません。下に公爵様が来られて中に入る入らないで揉めていたんです。その隙を狙って元殿下が裏口から破落戸をたくさん引き連れて中に入ってきたんです。それに気がついて今度は破落戸を止めに入っていたら元殿下はさっさとお嬢のところへ行ってしまうんで焦りました」
「サイロ、お前が止めなければブロアが危険な目に遭うことはなかった」
お父様はジロッとサイロを睨んだ。
「いやいや、それは違うでしょう?お嬢を射殺すんじゃないかという目でやってきて、『ブロアに会わせろ』なんて言われて『はいそうですか』とは言えませんよ。またお嬢を叩くつもりなんですか?」
「お前のその生意気なところがいつも気に食わないんだ。ブロアを叩く時は多少手を抜いてる」
「俺はもう使用人ではないんで、なんと言われても平気です。お嬢を守るのが俺の仕事ですから」
「ふんっ、これくらいの破落戸に手こずって何を言ってるんだ」
「公爵様だって自分が助けたわけじゃないじゃないですか!後から追いかけてきた騎士達がいたからなんとかなっただけでしょう?このままだったらあんたもやられてましたよね?」
「サイロ、やめて……」
ーーサイロは知らないのよね。お父様は王城で頭を使う仕事しかしていないから。
「お前如きには負けない」
お父様はサイロの腕を捻り上げた。そしてそのままサイロの体を軽く持ち上げて床へと叩きつけた。
「……い、いてっ」
「だから言ったのに」
サイロが驚いてお父様を見ていた。セフィルもその様子に驚きを隠せなかった。
「お父様……こう見えて剣も体術もかなり優秀だったの………若い頃は団長すら勝てなかったのよ」
「お嬢、そんな話一度もしなかっただろう?」
「だって……誰も聞かないしお父様も騎士団に口出ししなかったし……屋敷にあまり居なかったもの。それにそのことを話すのは公爵家では禁止されていたの」
「はあ?なんで禁止なんだ?」
呆れた顔をしたサイロ。
「わたしが弱いと思われていた方が、いろんな敵がわたしを殺しに来る時に油断が生まれるからな。捕まえるのが楽なんだ」
お父様はこういう人だ。
冷たくて合理的。わたくしを助けたのもまだセフィルとのことを諦めていないからだと感じた。
「お嬢、俺は下に行って片付けでも手伝ってきます」
サイロがそう言って部屋を出て行こうとした。
「待って!サイロもここにいて」
「セフィル様と公爵様としっかり話し合ってください。流石にお嬢に手は出さないでしょうから、ねっ?公爵様」
「お前もここにいなさい」
サイロは足を止めた。
振り返ってわたくし達三人を見た。
「サイロ、君にもここにいて欲しい」
セフィルもそう言って頷いた。
わたくしにとってこの場はとても居心地が悪かった。サイロがいてくれれば、なんとか話ができる。
誰も口を開こうとしない。
サイロは一人頭を掻いて窓の方を見ていた。
ーーふふっ、サイロらしいわ。態とこんな態度をとって……自分は関係ないからさっさと話せと言ってるのね。
「……宰相……いえ…お父様……先程は助けていただいてありがとうございました」
「………あ、あぁ」
わたくしの言葉に少し動揺していた。
久しぶりの『お父様』という言葉に驚いていた。
「わたくし……お母様と同じ病気のようです……ですのでセフィルとの婚約は解消して欲しいのです」
「ブロア………」
セフィルが話すのを止めさせようとした。
わたくしは首を横に振った。
「あとどれくらい持つのか?」
「さぁ、もう長くはないと思います……」
「主治医は薬をずっと探していたはずだが?」
お父様がお母様が亡くなってから先生にそう命令したと聞いていた。お母様の死が堪えたのだろう。わたくしが同じ病気をするかもなんて思ってもいなかったはずだわ。
ーー全てお母様のためなのよね。この人は。
「……ええ、先生がずっとお薬を作ってくださっていました。必死でわたくしを治そうと治療薬を作ってくださっています。わたくしの命が尽きるか……薬ができあがるか……運…ですわ」
「そうか……ならばセフィルとの婚姻は難しいか?」
「そうですね、もうセフィルを自由にしてあげてください。そしてわたくしは死んだと思ってお捨てくださればと思っております」
ーーセフィルを縛りたくない。
(もうあんな思いは嫌だわ。眠っている間、何度もセフィルに語りかけた。もうわたくしのことは忘れて欲しいと)
ーーえっ?なんでわたくしこんなこと思ったの?
「駒にも使えない娘など要らぬ。もうお前はわたしの娘でも公爵令嬢でもない」
お父様は冷たく吐き捨ててそう言うと部屋を出て行った。
その間一度もわたくしと目を合わせることはなかった。
「はあーーー」
わたくしはもう話す気力も残っていない。
「セフィル、そう言うことだからごめんなさい。婚約解消の手続きはお父様が全て終わらせてくれると思うの。貴方には幸せになって欲しいの」
ーー冷たく突き放すのが一番いいの。
(ごめんなさい、セフィル……わたくしはサイロのもとへいきたかったの。サイロが亡くなってもう生きたいと思っていなかったの)
ーーわたくしなのにわたくしではないもう一人の記憶が蘇ってくる。
夢ではなかったの?サイロが亡くなったこと。ずっとわたくしが眠り続けて……そして亡くなったこと。
セフィルはそんなわたくしのそばに居てくれた………
頭の中にもう一つの記憶が蘇ってくる。
呆然としていると……
「ブロア……俺の気持ちは?俺は君が好きだ、最後までそばに居させて欲しい」
ーーそう……セフィルはわたくしのために三年もの月日を犠牲にしたのよね。
わたくしは……わたくしの気持ちは………
「リリアンナ様と貴方の幸せを願った時にわたくしは貴方を忘れることにしたの……貴方への愛も気持ちも全て置いてきたの……ごめんなさい……貴方はまだまだこれからたくさんの出会いも将来もあるの。わたくしなんかに構っていないで時間を大切に生きて欲しい」
何故かまた頭の中でぼんやりと浮かぶ。毎日眠り続けるわたくしに話しかけるセフィルの姿……
「セフィル……貴方にはとても悪いことをしたわ。お願い、今度こそ幸せになって。そしてわたくしのせいで騎士の仕事を辞めないで……貴方の夢を叶えて欲しいの」
「ブロア……君のそばに居て君を守ることが俺の夢だった。その夢はもう叶わないのだろうか?諦めなければいけないのか?」
「ごめんなさい………こんな時に気がつくなんて……わたくしは……サイロが……好き……なの」
そう、思い出したの。
サイロが亡くなった時のあの辛い想い。胸が張り裂けそうになったの、ううん、もうわたくしも死んでもいいと思った。
絶対に失くしたないの。いつもそばに居てくれたサイロ。セフィルのことを好きだったのは嘘じゃない。
だけど、セフィルへの愛は捨てられたのに……サイロは捨てられなかった。
会いにきてくれて、追いかけて来てくれて嬉しかったのはサイロなの。
死ぬ時までそばに居て欲しい。
サイロがたとえわたくしのことを妹としか思っていなくても……
「セフィル……ごめんなさい……」
サイロとセフィルは破落戸達と闘っていた。
ーーどうしよう。みんなの足手纏いになる。
歩くことも抵抗することも出来ない。
ーーあっ……
落ちる……そう思ったのに痛みがない。
誰かがわたくしを抱き止めた。
マルセル様の握っていた手がわたくしから離されたのがわかった。
ーーこの人は……誰?
顔を上げて思わず固まった。
何故この人がここに?
何故わたくしを助けるの?
わたくしを嫌い憎んで嫌っているはずのこの人が……でも…わたくしを見る目はやはり冷たい。
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騎士達が流れ込んできて破落戸達を捕まえ始めた。セフィルもサイロもそれに気がついて闘うのをやめてわたくしのところへ走ってやってきた。
「お嬢、大丈夫か?」
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「宰相、何故貴方が?」
セフィルはお父様を見て驚いていたのにサイロは全く動じなかった。
「お嬢、助けに来るのが遅れてすみません。下に公爵様が来られて中に入る入らないで揉めていたんです。その隙を狙って元殿下が裏口から破落戸をたくさん引き連れて中に入ってきたんです。それに気がついて今度は破落戸を止めに入っていたら元殿下はさっさとお嬢のところへ行ってしまうんで焦りました」
「サイロ、お前が止めなければブロアが危険な目に遭うことはなかった」
お父様はジロッとサイロを睨んだ。
「いやいや、それは違うでしょう?お嬢を射殺すんじゃないかという目でやってきて、『ブロアに会わせろ』なんて言われて『はいそうですか』とは言えませんよ。またお嬢を叩くつもりなんですか?」
「お前のその生意気なところがいつも気に食わないんだ。ブロアを叩く時は多少手を抜いてる」
「俺はもう使用人ではないんで、なんと言われても平気です。お嬢を守るのが俺の仕事ですから」
「ふんっ、これくらいの破落戸に手こずって何を言ってるんだ」
「公爵様だって自分が助けたわけじゃないじゃないですか!後から追いかけてきた騎士達がいたからなんとかなっただけでしょう?このままだったらあんたもやられてましたよね?」
「サイロ、やめて……」
ーーサイロは知らないのよね。お父様は王城で頭を使う仕事しかしていないから。
「お前如きには負けない」
お父様はサイロの腕を捻り上げた。そしてそのままサイロの体を軽く持ち上げて床へと叩きつけた。
「……い、いてっ」
「だから言ったのに」
サイロが驚いてお父様を見ていた。セフィルもその様子に驚きを隠せなかった。
「お父様……こう見えて剣も体術もかなり優秀だったの………若い頃は団長すら勝てなかったのよ」
「お嬢、そんな話一度もしなかっただろう?」
「だって……誰も聞かないしお父様も騎士団に口出ししなかったし……屋敷にあまり居なかったもの。それにそのことを話すのは公爵家では禁止されていたの」
「はあ?なんで禁止なんだ?」
呆れた顔をしたサイロ。
「わたしが弱いと思われていた方が、いろんな敵がわたしを殺しに来る時に油断が生まれるからな。捕まえるのが楽なんだ」
お父様はこういう人だ。
冷たくて合理的。わたくしを助けたのもまだセフィルとのことを諦めていないからだと感じた。
「お嬢、俺は下に行って片付けでも手伝ってきます」
サイロがそう言って部屋を出て行こうとした。
「待って!サイロもここにいて」
「セフィル様と公爵様としっかり話し合ってください。流石にお嬢に手は出さないでしょうから、ねっ?公爵様」
「お前もここにいなさい」
サイロは足を止めた。
振り返ってわたくし達三人を見た。
「サイロ、君にもここにいて欲しい」
セフィルもそう言って頷いた。
わたくしにとってこの場はとても居心地が悪かった。サイロがいてくれれば、なんとか話ができる。
誰も口を開こうとしない。
サイロは一人頭を掻いて窓の方を見ていた。
ーーふふっ、サイロらしいわ。態とこんな態度をとって……自分は関係ないからさっさと話せと言ってるのね。
「……宰相……いえ…お父様……先程は助けていただいてありがとうございました」
「………あ、あぁ」
わたくしの言葉に少し動揺していた。
久しぶりの『お父様』という言葉に驚いていた。
「わたくし……お母様と同じ病気のようです……ですのでセフィルとの婚約は解消して欲しいのです」
「ブロア………」
セフィルが話すのを止めさせようとした。
わたくしは首を横に振った。
「あとどれくらい持つのか?」
「さぁ、もう長くはないと思います……」
「主治医は薬をずっと探していたはずだが?」
お父様がお母様が亡くなってから先生にそう命令したと聞いていた。お母様の死が堪えたのだろう。わたくしが同じ病気をするかもなんて思ってもいなかったはずだわ。
ーー全てお母様のためなのよね。この人は。
「……ええ、先生がずっとお薬を作ってくださっていました。必死でわたくしを治そうと治療薬を作ってくださっています。わたくしの命が尽きるか……薬ができあがるか……運…ですわ」
「そうか……ならばセフィルとの婚姻は難しいか?」
「そうですね、もうセフィルを自由にしてあげてください。そしてわたくしは死んだと思ってお捨てくださればと思っております」
ーーセフィルを縛りたくない。
(もうあんな思いは嫌だわ。眠っている間、何度もセフィルに語りかけた。もうわたくしのことは忘れて欲しいと)
ーーえっ?なんでわたくしこんなこと思ったの?
「駒にも使えない娘など要らぬ。もうお前はわたしの娘でも公爵令嬢でもない」
お父様は冷たく吐き捨ててそう言うと部屋を出て行った。
その間一度もわたくしと目を合わせることはなかった。
「はあーーー」
わたくしはもう話す気力も残っていない。
「セフィル、そう言うことだからごめんなさい。婚約解消の手続きはお父様が全て終わらせてくれると思うの。貴方には幸せになって欲しいの」
ーー冷たく突き放すのが一番いいの。
(ごめんなさい、セフィル……わたくしはサイロのもとへいきたかったの。サイロが亡くなってもう生きたいと思っていなかったの)
ーーわたくしなのにわたくしではないもう一人の記憶が蘇ってくる。
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セフィルはそんなわたくしのそばに居てくれた………
頭の中にもう一つの記憶が蘇ってくる。
呆然としていると……
「ブロア……俺の気持ちは?俺は君が好きだ、最後までそばに居させて欲しい」
ーーそう……セフィルはわたくしのために三年もの月日を犠牲にしたのよね。
わたくしは……わたくしの気持ちは………
「リリアンナ様と貴方の幸せを願った時にわたくしは貴方を忘れることにしたの……貴方への愛も気持ちも全て置いてきたの……ごめんなさい……貴方はまだまだこれからたくさんの出会いも将来もあるの。わたくしなんかに構っていないで時間を大切に生きて欲しい」
何故かまた頭の中でぼんやりと浮かぶ。毎日眠り続けるわたくしに話しかけるセフィルの姿……
「セフィル……貴方にはとても悪いことをしたわ。お願い、今度こそ幸せになって。そしてわたくしのせいで騎士の仕事を辞めないで……貴方の夢を叶えて欲しいの」
「ブロア……君のそばに居て君を守ることが俺の夢だった。その夢はもう叶わないのだろうか?諦めなければいけないのか?」
「ごめんなさい………こんな時に気がつくなんて……わたくしは……サイロが……好き……なの」
そう、思い出したの。
サイロが亡くなった時のあの辛い想い。胸が張り裂けそうになったの、ううん、もうわたくしも死んでもいいと思った。
絶対に失くしたないの。いつもそばに居てくれたサイロ。セフィルのことを好きだったのは嘘じゃない。
だけど、セフィルへの愛は捨てられたのに……サイロは捨てられなかった。
会いにきてくれて、追いかけて来てくれて嬉しかったのはサイロなの。
死ぬ時までそばに居て欲しい。
サイロがたとえわたくしのことを妹としか思っていなくても……
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