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もう一つの世界では……⑤
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次の日の朝、宿からまたギルドへと顔を出した。まだ返事はもらえないかもしれない。
紹介状がもらえないならひたすら聞き込みをして探してまわるしかない。のんびりとはしていられない。
ギルドに着くと中に人がいそうだったので何度かドアをノックした。
ドアに耳を充てると中で人が動く音がした。
何度もドアを叩いた。
「うるせえなぁ」
怒鳴りながらドアを開けたのはやはりギルド長だった。
「朝早くからすみません。たぶんもう返事は決まっていると思ったので、来ました」
「………エイリヒ様があんたと会ってみると仰ったよ。ただし、会うのはエイリヒ様であんたが会いたがっている女性と会えるかはわからない」
「………理由を聞いても答えてはもらえないのはわかってます。とにかくブロアに会えるかもしれないのならよろしくお願いします」
俺はギルド長に紹介状をもらいエイリ商会の建物へと足を運んだ。
そこは商会とは思えない大きな建物だった。
煉瓦造りの三階建て、隣には大きな倉庫がいくつもあり広い敷地には馬車が何十台もとめられていた。
アリーゼ国にある商会とは全く違う大規模な商会に思わず尻込みしそうになった。
建物の中に入るとたくさんの人が働いていた。
受け付けを見つけ、紹介状を渡してしばらく邪魔にならないように窓際に立ち、呼ばれるのを待っていた。
バルン国は海に面している。アリーゼ国との間には大きな山があり、遠い国であまり交流のない国だった。
最近になって山中に両国を行き来できる道が作られた。ただしバルン国が作ったもので通行許可がなければ通れない。
その道を整備したのも、そのお金を投資したのもこのエイリヒ商会だと宿の主人が教えてくれた。そんな大富豪でもあるエイリヒ殿がブロアを屋敷に客人として泊めているらしい。
怪我をしていまだに体調が悪いと聞いている。これだけの商会の主人ならブロアの過ごす環境もきちんと整えてくれているだろう。
「セフィル様、こちらにどうぞ」
受け付けの女性が奥の部屋に案内してくれた。
「失礼致します」
部屋の中に入るとまだ若い30代の男性が机で仕事をしていた。俺が入ってくると手を止めてこちらを見た。
その顔はにこやかに笑っているのだが、眼光だけは鋭く思わずたじろぎそうになった。
元王族だと聞いてはいたが、彼の前にいるだけで手に汗が滲んできている。かなりの緊張感に部屋の空気が張り詰めていた。
「君がブロア様の元婚約者のセフィル殿だね?」
「今も婚約者です」
「失礼、まだ婚約者だったのか」
「わたしはブロアと話をしたいと思ってここまで来ました。彼女の体調が悪いと耳にしております。どのくらい悪いのでしょうか?寝込んでいるのでしょうか?会うことが無理なら彼女が体調が落ち着くまで待つつもりです」
「ブロア様はたぶん君には会いたくないと思いますよ?」
「………わたしの幼馴染のことで彼女に誤解と辛い思いをさせたことは聞いています。それに……父親である宰相のことも聞きました。ブロアが屋敷で辛い日々を送っていたなんて知りませんでした。いつも笑顔でいたから、どんな時でも彼女は笑っていました」
「あなたの前では笑顔でいたんですね。それは笑顔でいたかったのでしょう。でも逆に言えばあなたの前では弱いところを見せることができなかったのかもしれませんね」
俺は反論できなかった。
ブロアは優しい。いつも俺のことを考えてくれていた。愛されているとは思っていなかった。それでも俺に対して嫌ってはいない、どちらかと言えば好意的だったと思う。
だけどお互い本音で話したことはなかった。政略的なものだと思っていた。一方的な片思いだと思っていた。それでもいい、いつか好意が愛情へと変わっていく時が来る。それを待てばいいと思っていた。
「確かに、わたしに彼女は心の内を見せてくれていなかったのかもしれません……あの笑顔は今考えてみたらとても寂しそうでした……」
それでも彼女のそばにいられるだけで俺は嬉しかった。上手く話すことができなくていつも緊張していた。
リリアンナとは幼馴染で慣れから気軽に話していた。その姿を見られて誤解されたと聞いている。
ブロアを傷つけたのは俺だ。でも……
「わたしは、それでもブロアに会って誤解を解きたい。愛していると告げたい。もしそれでもダメなら……ブロアがどうしても嫌だと言うなら……諦めます……忘れることはできませんが」
俺はエイリヒ殿と話をした。
どうしても会いたいと訴えた。
「わたしがあなたとブロア様の再会をとめる権利はありません。でもわたしが許可をするわけにもいかない。ブロア様に聞いてみます。あなたと会ってもいいか、もし、会いたいと言うのならあなたが今泊まられている宿に返事を寄越します」
「……わかりました。待ちます」
「ただ、今あまり体調が良くありません。はっきり言って人と会うだけの体力があるのかわたしでは判断しかねます。しばらく返事ができないかもしれませんがそれでもお待ちになりますか?」
「待ちます……それよりもブロアは大丈夫なのですか?怪我だけなのですか?何か病気になっているのでは?」
「体調が悪いくらいですから大丈夫ではありません。彼女の病気のことはわたしの口から他人に伝えるべきことではないと思っています」
「ブロアをよろしくお願い致します」
今の俺は何もできない。そばにもいてあげられない、顔を見ることすらできない。
どんな状態なのかもよくわからない。不安だけが増えていく。それでも待つしかない。
紹介状がもらえないならひたすら聞き込みをして探してまわるしかない。のんびりとはしていられない。
ギルドに着くと中に人がいそうだったので何度かドアをノックした。
ドアに耳を充てると中で人が動く音がした。
何度もドアを叩いた。
「うるせえなぁ」
怒鳴りながらドアを開けたのはやはりギルド長だった。
「朝早くからすみません。たぶんもう返事は決まっていると思ったので、来ました」
「………エイリヒ様があんたと会ってみると仰ったよ。ただし、会うのはエイリヒ様であんたが会いたがっている女性と会えるかはわからない」
「………理由を聞いても答えてはもらえないのはわかってます。とにかくブロアに会えるかもしれないのならよろしくお願いします」
俺はギルド長に紹介状をもらいエイリ商会の建物へと足を運んだ。
そこは商会とは思えない大きな建物だった。
煉瓦造りの三階建て、隣には大きな倉庫がいくつもあり広い敷地には馬車が何十台もとめられていた。
アリーゼ国にある商会とは全く違う大規模な商会に思わず尻込みしそうになった。
建物の中に入るとたくさんの人が働いていた。
受け付けを見つけ、紹介状を渡してしばらく邪魔にならないように窓際に立ち、呼ばれるのを待っていた。
バルン国は海に面している。アリーゼ国との間には大きな山があり、遠い国であまり交流のない国だった。
最近になって山中に両国を行き来できる道が作られた。ただしバルン国が作ったもので通行許可がなければ通れない。
その道を整備したのも、そのお金を投資したのもこのエイリヒ商会だと宿の主人が教えてくれた。そんな大富豪でもあるエイリヒ殿がブロアを屋敷に客人として泊めているらしい。
怪我をしていまだに体調が悪いと聞いている。これだけの商会の主人ならブロアの過ごす環境もきちんと整えてくれているだろう。
「セフィル様、こちらにどうぞ」
受け付けの女性が奥の部屋に案内してくれた。
「失礼致します」
部屋の中に入るとまだ若い30代の男性が机で仕事をしていた。俺が入ってくると手を止めてこちらを見た。
その顔はにこやかに笑っているのだが、眼光だけは鋭く思わずたじろぎそうになった。
元王族だと聞いてはいたが、彼の前にいるだけで手に汗が滲んできている。かなりの緊張感に部屋の空気が張り詰めていた。
「君がブロア様の元婚約者のセフィル殿だね?」
「今も婚約者です」
「失礼、まだ婚約者だったのか」
「わたしはブロアと話をしたいと思ってここまで来ました。彼女の体調が悪いと耳にしております。どのくらい悪いのでしょうか?寝込んでいるのでしょうか?会うことが無理なら彼女が体調が落ち着くまで待つつもりです」
「ブロア様はたぶん君には会いたくないと思いますよ?」
「………わたしの幼馴染のことで彼女に誤解と辛い思いをさせたことは聞いています。それに……父親である宰相のことも聞きました。ブロアが屋敷で辛い日々を送っていたなんて知りませんでした。いつも笑顔でいたから、どんな時でも彼女は笑っていました」
「あなたの前では笑顔でいたんですね。それは笑顔でいたかったのでしょう。でも逆に言えばあなたの前では弱いところを見せることができなかったのかもしれませんね」
俺は反論できなかった。
ブロアは優しい。いつも俺のことを考えてくれていた。愛されているとは思っていなかった。それでも俺に対して嫌ってはいない、どちらかと言えば好意的だったと思う。
だけどお互い本音で話したことはなかった。政略的なものだと思っていた。一方的な片思いだと思っていた。それでもいい、いつか好意が愛情へと変わっていく時が来る。それを待てばいいと思っていた。
「確かに、わたしに彼女は心の内を見せてくれていなかったのかもしれません……あの笑顔は今考えてみたらとても寂しそうでした……」
それでも彼女のそばにいられるだけで俺は嬉しかった。上手く話すことができなくていつも緊張していた。
リリアンナとは幼馴染で慣れから気軽に話していた。その姿を見られて誤解されたと聞いている。
ブロアを傷つけたのは俺だ。でも……
「わたしは、それでもブロアに会って誤解を解きたい。愛していると告げたい。もしそれでもダメなら……ブロアがどうしても嫌だと言うなら……諦めます……忘れることはできませんが」
俺はエイリヒ殿と話をした。
どうしても会いたいと訴えた。
「わたしがあなたとブロア様の再会をとめる権利はありません。でもわたしが許可をするわけにもいかない。ブロア様に聞いてみます。あなたと会ってもいいか、もし、会いたいと言うのならあなたが今泊まられている宿に返事を寄越します」
「……わかりました。待ちます」
「ただ、今あまり体調が良くありません。はっきり言って人と会うだけの体力があるのかわたしでは判断しかねます。しばらく返事ができないかもしれませんがそれでもお待ちになりますか?」
「待ちます……それよりもブロアは大丈夫なのですか?怪我だけなのですか?何か病気になっているのでは?」
「体調が悪いくらいですから大丈夫ではありません。彼女の病気のことはわたしの口から他人に伝えるべきことではないと思っています」
「ブロアをよろしくお願い致します」
今の俺は何もできない。そばにもいてあげられない、顔を見ることすらできない。
どんな状態なのかもよくわからない。不安だけが増えていく。それでも待つしかない。
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