【完結】さよならのかわりに

たろ

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40話。  優しい女の子。

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 旅もあと半分。

「あと少しだ」

 先生がそう言ってわたしの頭を優しく撫でた。

 たったそれだけのことなのに……嬉しくて涙が出た。

「先生、わたくし泣いてるわけではないのよ。ちょっとあくびをしただけですわ」

 わたくしの強がりをいつもの笑顔で「わかったわかった」と言うだけでまともに聞いてはくれない。

「もう!先生なんか嫌い!」

「本当はわたしが大好きなくせに」
 先生がニコニコと笑顔で言い返してくる。

 馬車の中で他愛もない会話を楽しんで過ごす。
 ーーこんな時間が続けばいいのに。

 
 今夜の宿はいつにも増して雑然とした感じの宿だった。旅の途中の人が多い。

 少し荒くれ者が多いのか宿の中に入るとお酒に酔った人達とすれ違った。

 こんな時は馬車に何をされるかわからないので御者とヨゼフは交代で馬車を守る当番をしてくれる。

 部屋の中でしばらく体を休ませてから、宿の女将さんに頼んで夜食を作ってもらった。

 それを二人に持って行こうと馬車の方へと歩いていると、酔っ払いに絡まれた。

「おい、姉ちゃん一人かい?」
「えらい別嬪さんじゃねぇか。ちょっと一緒に酒飲まないか?」
「おっ、いいねぇ、俺たちの泊まってる部屋にこいよ。みんなで優しくしてやるから」
「ガハハっ、おうよ、優しい俺たちが丁寧に時間をかけて優しくしてやるよ」
「三人でゆっくりと丁寧にか、いいねぇ」

 ーーこの人達は何を言い出しているのかしら?わたくしがこんな男達と何をすると言うの?

 腹が立って言い返そうかと思ったけど、こんな弱った体で言い返せば何をされるかわからない。

「……わたくし…あそこに居る御者達に用事がありますので失礼させていただきますわ」

「ああん?わたくし、だと?この姉ちゃん一体誰なんだ?」

 酒臭い男達がわたくしに近づいてきた。

「何カッコつけてんだ。こんな宿に泊まるんだからまさか貴族じゃないだろう」

「もしかして落ちぶれた名だけの貴族とか?ははっ、俺たちが金を少し貸してやろうか」

「そんな痩せこけてまともに飯も食ってないんだろう?」

 ヨゼフ達がわたくしに気がついてくれたら……と思いながら離れた馬車の方を見ていた。

 酔っ払いの対処なんてしたことがない。どうしたらいいのかわからないわ。

 どうしたものかと固まってしまい困っていた。

 男の1人がわたくしの腕を掴んだ。

「ほら、部屋に行くぞ」

「やめてください」
 わたくしが声を出して抵抗するも男の人の力はとても強い。

 ーー誰か、助けて!

「ジャン、ビル、バード、何しているの?やめなさい」

 女の子の声が聞こえた。思わず振り向くとそこに立っていたのは両腰に手をやり怒っている10歳くらいの少女だった。

「お嬢、なんでこんな暗いところに出てきたんだ?何かあったらどうする?」
「そうだそうだ、危ないだろう?」
「ほら、すぐに部屋に戻りな」


「危ないのはあんた達でしょう?そこにいる女性、困ってるじゃない!」

「いや、俺たちはちょっと一緒に飲もうと誘っただけで……大人なんだから、まぁ、それなりに朝まで楽しもうと……」

「酔っ払いはさっさと部屋に入って寝なさい!後で父様に全部報告しておくからね!」

「うわっ、それだけは勘弁してくれよ」
「部屋に戻るから、なっ?」

 しつこく絡んできたのに、この少女が来た途端、慌てて逃げ去った。

「申し訳ありませんでした。うちの者達なんです。今日は仕事が上手くいって上機嫌で夕方からお酒を飲んでいたんです。まさか女性の方に絡んでいるなんて……それも無理やり引き込もうとしてましたよね?あいつら許せない!父様に全て話してやる!」

 女の子は最初わたくしに謝っていたのに、だんだんテンションが上がってきて、最後は男の人たちのことをプンプンと怒っていた。

 その様子が可愛らしくて「何もなかったから気にしないでね」と言うと

「ダメです!あいつらは明日重たい荷物を一日中持たせてこき使ってやります」


 女の子の話をよく聞くと、父親が商会を営んでいてついて回っているとのこと。さっきの男の人達を含め十人ほどで今この国を回って商品の仕入れをしているらしい。今日は以前から目をつけていた工芸品の取引が決まり、みんなで酒盛りをしていたらしい。

 わたくしはヨゼフ達に差し入れを渡すと女の子と共に宿へと戻った。

 女の子は商売人の娘らしく、よく喋りよく笑う。好感が持てる可愛らしい女の子だった。

 女の子はいろんなところを旅して回るらしい。お母様を早くに亡くされお父様について回る生活を続けているそうだ。

 わたくしと同じ境遇なのに……父親と仲良くしている。もうそれだけで……この女の子のことがすごいと思う。さらにあんな怖い男の人たちのこともいとも簡単に叱りつけて助けてくれた。

 テーブルに座り、女将さんに頼んでお茶をいただき二人で話し込んでいると、そこに女の子の父親が現れた。

「ミリナ、こんなところにいたのか。心配したぞ」

 父親はお酒に酔っているようには見えなかった。目が合うとお互い頭を下げて挨拶をした。

「父様にお話があります!」
 ミリナちゃんが先ほどのことを話した。

 内容は少し大袈裟になっている気はしたものの二人の会話に入れず困っていると、

「すみません。うちの者が部屋に連れ込もうとしたなんて!それは犯罪です!あいつら絶対許しません」

 ぺこぺこと頭を下げて申し訳なさそうにしていた。
 ただ……「ミリナ、今回は良いことをしたからよかったものの、もし知らない男の人達だったらどうするんだ?10歳の小娘では何も出来ないだろう?そう言う時はまず大人に助けを求めなさい」

「………はあい」口を尖らせて少し不満があるようでムスッとしていた。

 見ていて羨ましい親子関係。わたくしにはこんな会話すらなかった。

 お父様と仲良くしたいとは今更思うことはない。だけど幸せそうにしているこの親子羨ましいと感じてしまう。

 わたくしは人との関係が気薄だったのかもしれない。

 自分の思いを人に伝えるのが苦手だった。怒ったり泣いたりするよりもあまり人に近づかないで仲良くしなくてすむように、いつも後ろから人を見ていた。

 それがわたくしにとって一番楽だったから。




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