【完結】さよならのかわりに

たろ

文字の大きさ
上 下
38 / 93

38話  宰相閣下 ③

しおりを挟む
 妻が亡くなる前、少しずつ体調が悪くなっていくことにわたしも気がついていた。

 その度にわたしの心は家族から離れていく。

 愛していた。愛していたからこそ妻を避けるようになった。


『あなたの愛する人と幸せになってください』

 妻がなくなる前に哀しそうに微笑んで言った。

 わたしには妻の他に女がいた。

 妻を愛していた。だからこそ彼女が弱っていくのに寄り添うことができなかった。彼女の弱っていく姿を見たくなかった。本来なら寄り添い大切に見守るべきなのに。

 妻を抱く代わりに他の女を抱いた。か細い妻を抱くことはもうできない。わたしは妻から逃げた。
 その女が侍女のサマンサだった。

 サマンサとは後腐れない関係。そこに愛はない。互いの欲を発散させるだけ。

 ジェリーヌはそんなわたしたちの関係に気がついていても何も責めることはなかった。

 わたしがサマンサを愛していると思っていたのだ。

 だが否定することもなかった。いや、浮気した時点でもう言い訳なんてできない。

 ジェリーヌを愛していたからこそ抱けなくて、愛しているからこそ弱っていく姿を見れなかった。

 彼女がもうすぐ死んでいくことを認めたくなくて。


 それを知ったのはたまたまだった。

 ジェリーヌの義父が我が国にやってきて互いの国の物産品の輸出入について話をしていた時だった。

 話が終わり二人でお茶を飲んでいる時だった。

『ジェリーヌが病気を発病しなくてよかった』

『病気?』

『我が家の家系には遺伝により体がだんだん衰弱して亡くなってしまう珍しい病があるんだ。その病は女性が罹りやすく10代後半から20代前半で発病して次第に弱って亡くなる。だがジェリーヌはもう30歳を過ぎた。ホッとしているよ』

『本人はその病のことは知っているんですか?』

『君と結婚する時に伝えた。本人もひどく驚いていたよ。この話は我が家に生まれた女性のみに伝える話だが最近は誰も発病していないんだ。だけど一応伝えているんだよ』

『ハアア、それなら安心ですね。その病は治療薬はあるんですか?』
 わたしは一応聞いてみた。

『珍しい病気でね。遺伝だと言うのはわかってはいるんだが治す薬はない。ただ痛みを和らげたりだるさを取るための薬ならあるらしい。……次は娘のブロアが罹らないか心配だよ』

『一応わたしが信頼している主治医にこの話は伝えておきましょう』

 その時は深刻には考えてはいなかった。

 まさかジェリーヌが30歳を過ぎてから発病するとは思っていなかった。

 隠していてもジェリーヌの様子がおかしいのはわかった。サマンサがわたしに報告をしてきていたからだ。

『ジェリーヌ様の体に青い痣ができているんです』
 彼女とベッドで過ごしていた時にそう告げられた。

 サマンサはわたしを愛していたわけではない。彼女はわたしからもらうお金が目的だった。

 もともと体が丈夫ではない妻。彼女の代わりに後腐れなく抱ける女としてサマンサを選んだ。サマンサはジェリーヌを慕っていた。そんなサマンサだからこそ馬鹿なことをして公にせず、妻の代わりとしてちょうどよかった。

 主治医にはなんとかジェリーヌの病を治してほしいと頼んだ。治療薬も国中を探してもらった。もちろん外国にも手を回して探したが見つからなかった。

 ジェリーヌは結局助からなかった。

 妻を愛していたのに、わたしはジェリーヌと向き合うことができなかった。

 その後サマンサとの関係を絶った。



 ブロアの侍女として過ごしていたサマンサはブロアに対して虐待まがいのことをしていた。

 まだ屋敷で働き始めたばかりのサイロがわたしにそう伝えてきた。

 わたしはジェリーヌによく似たブロアに対しても正面から向き合うことを拒否していた。まだ幼い娘だが、わたしがしたことを責めている気がするからだ。

『浮気をしていた』
『病気の妻を顧みない』

 なのに……ブロアがもしジェリーヌと同じ病に罹ってしまったら……

 ブロアに対して興味や関心を捨て冷たく当たることで罪悪感から目を逸らし、考えないようにしていた。
 でも主治医にはブロアを定期的に体調を診てもらうように命令した。もしもの時のために薬も探してもらうことはやめなかった。

 自分でもよくわからない。何故ブロアのことを気にするのか。
 ジェリーヌやブロアから目を逸らし、自分の欲のままに生きてきた。

 今更、ブロアが怪我をしようと屋敷から出て行こうとどうでもいい、考えるのも煩わしいだけだ。


『たかが家令の所業なんて自分で回避出来ないブロアが愚かなんだ』



 なのにこの苛立ちはなんだ。ブロアがわたしの思い通りにならないからなのか?

 まさか今頃になってブロアに情でも出てきたのか?

 わたしはジェリーヌが亡くなった時、そっくりのブロアも捨てたつもりなのに。

 ブロアが辛そうにしているかもしれないと思うと言葉とは裏腹に胸が痛いのは何故なんだ。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

愛人を切れないのなら離婚してくださいと言ったら子供のように駄々をこねられて困っています

永江寧々
恋愛
結婚生活ニ十周年を迎える今年、アステリア王国の王であるトリスタンが妻であるユーフェミアから告げられたのは『離婚してください」という衝撃の告白。 愛を囁くのを忘れた日もない。セックスレスになった事もない。それなのに何故だと焦るトリスタンが聞かされたのは『愛人が四人もいるから』ということ。 愛している夫に四人も愛人がいる事が嫌で、愛人を減らしてほしいと何度も頼んできたユーフェミアだが、 減るどころか増えたことで離婚を決めた。 幼子のように離婚はしたくない、嫌だと駄々をこねる夫とそれでも離婚を考える妻。 愛しているが、愛しているからこそ、このままではいられない。 夫からの愛は絶えず感じているのにお願いを聞いてくれないのは何故なのかわからないユーフェミアはどうすればいいのかわからず困っていた。 だが、夫には夫の事情があって…… 夫に問題ありなのでご注意ください。 誤字脱字報告ありがとうございます! 9月24日、本日が最終話のアップとなりました。 4ヶ月、お付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございました! ※番外編は番外編とも言えないものではありますが、小話程度にお読みいただければと思います。 誤字脱字報告ありがとうございます! 確認しているつもりなのですが、もし発見されましたらお手数ですが教えていただけると助かります。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完結】これからはあなたに何も望みません

春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。 でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。 結婚して三年が過ぎ。 このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。 リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。 ※完結まで作成済み。11/22完結。 ※完結後におまけが数話あります。 ※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

愛する人が姉を妊娠させました

杉本凪咲
恋愛
婚約破棄してほしい、そう告げたのは私の最愛の人。 彼は私の姉を妊娠させたようで……

処理中です...