23 / 26
23話
しおりを挟む
記憶を失ったわたしがやっと安定した生活になった頃、王都から今度は「お兄様」と「お父様」がやってきた。
「初めましてジェシカと申します」
「ジェシカ……」二人はわたしを見て言葉を失っていた。
記憶のないわたしにとってやはり二人は他人でしかない。
「お父様」はとても無愛想な人。でも変にわたしの顔色を窺わないし、淡々と接してくれる。
なぜか親近感が湧いて一緒にいても苦にならない人だった。
「お兄様」はわたしをとても可愛がってくれてわたしも懐いていたそうだ。その話はお母様やティム達が教えてくれた。
今のわたしに対しても慈愛に満ちた瞳でわたしを見ている。不思議に警戒することなくすぐに仲良くなれた。
「ジェシカ一緒にお茶でもしよう」
毎日のようにわたしに声をかけては幼い頃のわたしの話を聞かせてくれる。
毎日のようにお兄様に我儘を言って泣いていたこと。夜眠るのが怖くてお兄様と一緒に眠っていたこと。
わたしってすごくお兄様に迷惑をかけていたらしい。
ティムやセルジオ様と三人で仲良く遊んでいた頃の話も聞かせてもらった。わたしは結構お転婆で二人と一緒に駆け回って遊んでいたらしい。
特にセルジオ様とは仲が良く、わたしはセルジオ様が大好きでその頃は「セルジオ」と呼んでいたと聞いた。
あとわたしはみんなが口を閉ざす殿下とのことも教えてもらった。
殿下とわたしはとても仲が良かった。でも婚約してからのわたしは婚約を受け入れられなくてだんだんと笑顔がなくなり王子妃教育もなかなか上手くいかなくて殿下との関係も少しずつ距離が開いていったらしい。
殿下に恋人ができたと知った時、わたしはとても羨ましがっていたらしい。愛する人と一緒にいる二人をわたしは妬くことなく見守っていたのだと。
それを聞いてわたしは殿下に恋心がなかったのだと改めて知った。
殿下のわたしを見る目はなんだったのかわからないけどわたしが何も感じなかったのはやはり恋心すらなかったからなのだろう。
お兄様が一番驚いていたのはわたしとお父様の関係だった。
お父様とは上手くいっていなくてお互いあまり話すことがなかったらしい。でも今のわたしはお父様と話すのがとても楽だ。
「ジェシカ、ジルと散歩にでも行かないか?」
「はいお父様との散歩、ジルがとても喜ぶのですよ」
ジルとは最近拾ってきた野良の子犬だった。
雨の中ずぶ濡れで震えて道に蹲っていたのをわたしとお父様が拾ったのだ。
お父様が領地での仕事の帰り道に時間が合うからと学校に迎えにきてくれた。
そして突然馬車が停まったと思ったら御者が
「ったくこんな所にいたら轢いてしまうだろう、あっちへ行け」
と野良犬を追い払おうとしていた。
わたしが窓を開けて見ていると野良犬はまだ小さくてこのままだと死んでしまいそうだった。
雨に打たれて動けない子犬。
わたしは思わず馬車の扉を開けて「その犬をわたしに渡してください」
と御者に叫んでいた。
「汚いし濡れています。汚れてしまいますよ?」
「いいの、ここにタオルがあるわ。早く頂戴」
わたしは少し怒った声で御者に命令するとお父様が横で言った。
「渡してやりなさい」
「はい、かしこまりました」
仕方なさそうに子犬を渡してくれた。
震えて虚な目をした子犬の体をタオルで拭いてあげた。寒いのか震えていた。
「おうちに帰ったらあったかくしてあげるから今はわたしの体で少しでも温まってね」
わたしは汚れることなんて気にもせずに子犬を抱っこして少しでもと温めてあげた。
お父様は「帰ったら体を洗ってあげるといい、体が冷えているだろうから」と言ってくれた。
屋敷に帰ると汚い子犬を抱っこしているわたしを見て侍女達が少し嫌な顔をしていたけど、たらいにお湯を張ってもらい子犬の体を洗ってあげた。茶色の犬だと思っていたら真っ白い子犬だった。
人肌に温めたミルクにパンをちぎって柔らかくして食べさせるとお腹を空かせていた子犬は美味しそうに食べてくれた。
満足すると私の顔をペロペロと舐めた。そのあと近くにいたお父様のところへ駆け出して、お父様の足元にスリスリとして、お父様が抱き上げるとやはりペロペロと舐め回していた。
お父様は困った顔をしながらも子犬の好きにさせていた。
「貴方って動物がお好きだったのですね」
お母様は意外なお父様の姿を見て微笑ましくしていた。
それからのわたしとお父様は子犬をジルと名づけ、一緒に散歩に行くのが日課になっている。
お兄様はそんなわたしとお父様の姿を見て驚いていた。
「以前のジェシカは父上が苦手だったんだ。父上もジェシカにどう接していいのかわからずに不器用で愛情表現が下手で勘違いされていたんだ」
「わたしはお父様と仲が悪かったんですか?」
驚いているとお父様も苦笑いをした。
「わたしは君に対して母親を無理やり取り上げて悲しませてしまったから泣いているジェシカの顔をまともに見る事ができなかったんだ。気がついたらジェシカとの距離は開く一方でどうしたらいいかわからなくて…」
「そうだったんですね、わたしには記憶がないのでお父様は不器用だけどとても優しい人にみえますよ?」
「……ありがとう、そしてすまなかった」
「以前のジェシカが聞いたら喜んでいると思います」
わたしは以前のジェシカのことを知らないのでそう言ってあげるしかなかった。
お父様は一月ほど領地で過ごして王都へと帰っていった。
「ジルまた来るからな」と少し寂しそうにジルの頭を撫でて帰って行った。
お兄様はそんなお父様の後ろ姿を見送りながら
「父上があんなに寂しそうに帰る姿を初めて見たよ、ずっとこっちにいたかったんだろうな」と言っていた。お兄様はこちらの領地で半年ほど仕事をするらしくわたしとジルの散歩はお父様からお兄様へと変わった。
お兄様が忙しい時はいつの間にかセルジオ様が一緒に散歩に行ってくれる。
「セルジオ様?騎士団のお仕事は大丈夫ですか?」
と気になっていたことを尋ねると
「これも護衛騎士としての仕事だから気にしないで」と言ってくれた。
「初めましてジェシカと申します」
「ジェシカ……」二人はわたしを見て言葉を失っていた。
記憶のないわたしにとってやはり二人は他人でしかない。
「お父様」はとても無愛想な人。でも変にわたしの顔色を窺わないし、淡々と接してくれる。
なぜか親近感が湧いて一緒にいても苦にならない人だった。
「お兄様」はわたしをとても可愛がってくれてわたしも懐いていたそうだ。その話はお母様やティム達が教えてくれた。
今のわたしに対しても慈愛に満ちた瞳でわたしを見ている。不思議に警戒することなくすぐに仲良くなれた。
「ジェシカ一緒にお茶でもしよう」
毎日のようにわたしに声をかけては幼い頃のわたしの話を聞かせてくれる。
毎日のようにお兄様に我儘を言って泣いていたこと。夜眠るのが怖くてお兄様と一緒に眠っていたこと。
わたしってすごくお兄様に迷惑をかけていたらしい。
ティムやセルジオ様と三人で仲良く遊んでいた頃の話も聞かせてもらった。わたしは結構お転婆で二人と一緒に駆け回って遊んでいたらしい。
特にセルジオ様とは仲が良く、わたしはセルジオ様が大好きでその頃は「セルジオ」と呼んでいたと聞いた。
あとわたしはみんなが口を閉ざす殿下とのことも教えてもらった。
殿下とわたしはとても仲が良かった。でも婚約してからのわたしは婚約を受け入れられなくてだんだんと笑顔がなくなり王子妃教育もなかなか上手くいかなくて殿下との関係も少しずつ距離が開いていったらしい。
殿下に恋人ができたと知った時、わたしはとても羨ましがっていたらしい。愛する人と一緒にいる二人をわたしは妬くことなく見守っていたのだと。
それを聞いてわたしは殿下に恋心がなかったのだと改めて知った。
殿下のわたしを見る目はなんだったのかわからないけどわたしが何も感じなかったのはやはり恋心すらなかったからなのだろう。
お兄様が一番驚いていたのはわたしとお父様の関係だった。
お父様とは上手くいっていなくてお互いあまり話すことがなかったらしい。でも今のわたしはお父様と話すのがとても楽だ。
「ジェシカ、ジルと散歩にでも行かないか?」
「はいお父様との散歩、ジルがとても喜ぶのですよ」
ジルとは最近拾ってきた野良の子犬だった。
雨の中ずぶ濡れで震えて道に蹲っていたのをわたしとお父様が拾ったのだ。
お父様が領地での仕事の帰り道に時間が合うからと学校に迎えにきてくれた。
そして突然馬車が停まったと思ったら御者が
「ったくこんな所にいたら轢いてしまうだろう、あっちへ行け」
と野良犬を追い払おうとしていた。
わたしが窓を開けて見ていると野良犬はまだ小さくてこのままだと死んでしまいそうだった。
雨に打たれて動けない子犬。
わたしは思わず馬車の扉を開けて「その犬をわたしに渡してください」
と御者に叫んでいた。
「汚いし濡れています。汚れてしまいますよ?」
「いいの、ここにタオルがあるわ。早く頂戴」
わたしは少し怒った声で御者に命令するとお父様が横で言った。
「渡してやりなさい」
「はい、かしこまりました」
仕方なさそうに子犬を渡してくれた。
震えて虚な目をした子犬の体をタオルで拭いてあげた。寒いのか震えていた。
「おうちに帰ったらあったかくしてあげるから今はわたしの体で少しでも温まってね」
わたしは汚れることなんて気にもせずに子犬を抱っこして少しでもと温めてあげた。
お父様は「帰ったら体を洗ってあげるといい、体が冷えているだろうから」と言ってくれた。
屋敷に帰ると汚い子犬を抱っこしているわたしを見て侍女達が少し嫌な顔をしていたけど、たらいにお湯を張ってもらい子犬の体を洗ってあげた。茶色の犬だと思っていたら真っ白い子犬だった。
人肌に温めたミルクにパンをちぎって柔らかくして食べさせるとお腹を空かせていた子犬は美味しそうに食べてくれた。
満足すると私の顔をペロペロと舐めた。そのあと近くにいたお父様のところへ駆け出して、お父様の足元にスリスリとして、お父様が抱き上げるとやはりペロペロと舐め回していた。
お父様は困った顔をしながらも子犬の好きにさせていた。
「貴方って動物がお好きだったのですね」
お母様は意外なお父様の姿を見て微笑ましくしていた。
それからのわたしとお父様は子犬をジルと名づけ、一緒に散歩に行くのが日課になっている。
お兄様はそんなわたしとお父様の姿を見て驚いていた。
「以前のジェシカは父上が苦手だったんだ。父上もジェシカにどう接していいのかわからずに不器用で愛情表現が下手で勘違いされていたんだ」
「わたしはお父様と仲が悪かったんですか?」
驚いているとお父様も苦笑いをした。
「わたしは君に対して母親を無理やり取り上げて悲しませてしまったから泣いているジェシカの顔をまともに見る事ができなかったんだ。気がついたらジェシカとの距離は開く一方でどうしたらいいかわからなくて…」
「そうだったんですね、わたしには記憶がないのでお父様は不器用だけどとても優しい人にみえますよ?」
「……ありがとう、そしてすまなかった」
「以前のジェシカが聞いたら喜んでいると思います」
わたしは以前のジェシカのことを知らないのでそう言ってあげるしかなかった。
お父様は一月ほど領地で過ごして王都へと帰っていった。
「ジルまた来るからな」と少し寂しそうにジルの頭を撫でて帰って行った。
お兄様はそんなお父様の後ろ姿を見送りながら
「父上があんなに寂しそうに帰る姿を初めて見たよ、ずっとこっちにいたかったんだろうな」と言っていた。お兄様はこちらの領地で半年ほど仕事をするらしくわたしとジルの散歩はお父様からお兄様へと変わった。
お兄様が忙しい時はいつの間にかセルジオ様が一緒に散歩に行ってくれる。
「セルジオ様?騎士団のお仕事は大丈夫ですか?」
と気になっていたことを尋ねると
「これも護衛騎士としての仕事だから気にしないで」と言ってくれた。
20
お気に入りに追加
2,265
あなたにおすすめの小説
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる