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王城にて④

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「お前!わたしに向かってなんと言った!」

「失礼いたしました。心の声が思わず出てしまったようですがなにしろバーランド前公爵と同じで都合の悪いことは忘れてしまうので、どうかお許しいただければと思いまして」
 俺はニヤッと笑った。

「お前なんかさっさとダイアナと婚約破棄させてやる!ダイアナはわたしが幸せにしてやるんだから!」

「カステル、貴方は何を勘違いしているの?今まではなかなか貴方の罪を認めさせるだけの証拠はなかった。だからエレファのことも黙っていることしかできなかった。でもダイアナが思い出してくれたおかげで貴方の罪を罰することが出来るわ」

 王妃様は静かに話しかけた。
 ものすごい怒りが込み上がっているのだろう。平静を装っているのに扇子を持つ手は怒りでプルプルと震えていた。

「わたしはエレファの日記を読んだの。ずっと耐えてきたこと。女としてどれだけの屈辱だったか…好きでもない男に体を許さないといけなかったこと。夫のためなのに夫は自分と娘を顧みない。それも全てカステルの仕業だとわかっていたわ。わかっていても病床にいた自分では抗えない。だから愛するダニエルのために我慢した。ダイアナに手を出されないように耐えた。貴方は幼女趣味もあるみたいね?
 ダイアナにだけは手を出さないと約束していたのよね?なのに…お金のために孫を売って離縁させたら今度は自分のものにする?ふざけないで!」

 王妃様は怒りで震えていた。
 最初だけ発言されたがその後はあまり発言をしていなかった。グッと堪えていたのだろう。
 黙って聞いていることは耐え難かったのだろう。

 悔しさに涙を堪えているのがわかる。

「日記に書いてあった……いつかこの男を断罪するためにこの日記を残すと」

「ふん、たかが日記だろう?病床の中だ、実際とは違う虚言もあるのでは?」

「ブラン王国には『真実の血判』と言うものがあるの」

「なんだそれは?」

「エレファの日記には『血判』が使われていたの。以前エレファたち王族だけが使える力だと言っていたわ。真実だけを記すために自らの血をその紙に注いでから書くらしいの。だから日記は血で染まっているの……エレファの辛さや悔しさがたくさん込められていたわ…そしてダイアナへのたくさんの愛情も。ダイアナを実家へ預けたいけど病床の自分では動けなかったと書いていたわ。侍女長のサリーが手紙を握り潰していたようね?
 ダイアナをあの屋敷から連れ出すことはできなかった。わたしやアシュアに助けを求めることも出来なかった。全て侍女長が見張っていて邪魔をしていたから。
 カステル、貴方が命令したのよね?侍女長に」

「ふん、サリーは私の忠実な使用人なんだ。
 わたしの気持ちを尊重した。命令などしなくても勝手にやってくれた」

「貴方は侍女長やミリアのように自分に都合のいい人たちを常にダニエルやダイアナのそばに置いて見張らせていたのよね?他にも多数の使用人が貴方に雇われていたようね?」

「あそこの屋敷は元々わたしのものだ。使用人たちがわたしの言うことを聞いて何が悪い?なのにダニエルは何故かダイアナとだけは会わせないようにしたんだ」

「それはエレファの守りのおかげよ。エレファの力ではダイアナを貴方から遠ざけるのが精一杯だと書かれていたわ。エレファ達王族の不思議な力はもう衰退気味だと言っていたのにエレファは自分の命を賭してダイアナに守護をかけたと書いていたわ」

「ブラン王国には昔魔法があったと聞いているがまだ残っていたのか?」
 陛下が王妃様に尋ねた。

「もうほとんど残っていないと昔言ってたわ。でもエレファにはわずかだけど不思議な力があるのって笑いながら言ってた。そのわずかな力をダイアナのために使ったの」

 王妃様は昔を思い出しながら遠い目をしていた。

「エレファの奴、わたしをダイアナから遠ざけていたのか?ふざけやがって」

「ふざけているのは貴方でしょう?エレファの身も心もぐちゃぐちゃにして!絶対許さないわ!それにジャスティアのことも!この子はわたしの大事な娘なの!勝手に利用しようとしないでちょうだい!まぁ、寝込んでいたから何事もなかったからいいのだけどね?」

「何が寝込んでいただ!それこそ嘘ばかりじゃないか!」

「ここにいるみんなが知っているわ。ジャスティアは体調を崩していたのよね?宰相?」

「わたしはそう報告を受けております」

「わたしもそう聞いております」
 団長もそう答えた。

 王妃様は嘘は言っていない。
 二人に違法薬物の事件のことを聞かれた時に王妃様は「ジャスティアはその頃多分寝込んでいたはずよ?」と言ったのだ。
 そう多分……。

 だから二人は「多分そうなのでしょう」と答えた。

 前公爵の前では「多分」が抜けていたし、それ以上の追及はしなかったことを話さなかっただけだ。

「ふざけるな!お前達わたしを貶めたいのか?」
 バーランド前公爵は怒りで顔が真っ赤になっていた。








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