あなたとの離縁を目指します

たろ

文字の大きさ
上 下
140 / 156
幼馴染が大切ならわたしとは離縁しましょう。

魔女はやっぱり意地悪だ。

しおりを挟む
「ミズナはあんたのことを思い出そうとすると体調を崩す。だから無理やり思い出させようとはしないことだね」

「なんでそんな意地悪をするんだ?」

「意地悪?あんたの命はもう残りわずかだった。その命を助けるためにあたしが使った魔法がどれくらいのものかわかるかい?もしあんたが王族ならこの国一つもらってもいいくらいの仕事だった」

「俺……そんなに悪かったんだ……」

「ああ、それを無理やり治したんだ。その対価をミズナの記憶からあんたを消すだけなんて、あたしゃとっても優しい方だと思うよ」

 何も言い返せなかった。命を助けてもらった。魔女さんにだって理由はある。

 ずっと体が弱くて本ばかり読んでいた。だから知ってる。

 魔法はなんでも思うとおりに願いが叶うわけではない。
 簡単な魔法なら大したことではないけど人一人の命を助けるために魔女さんはかなりの魔力を使った、それを補うためにミズナの大切なもの、記憶を差し出したんだと思った。

「だけど、それでも、ミズナから俺が消えてしまったら、俺はもう生きていても意味がない」

「はっ、クソガキのくせに、ませてるね。お互いそんなに大切なのかい?」

「ミズナが大人になったら俺の嫁にするって約束したんだ」

「でもそれは一生叶えられないね」

 唇をギュッと噛み締めた。

 口の中が血の味がする。

 どんなに現実を突きつけられても認めたくない。ミズナの中にもう俺はいない。思い出してももらえない。

 悔しくて悲しくて涙が溢れた。
 その涙を拭くこともせずただ泣いた。

 バカヤロー!俺が助かってもミズナに会えないんじゃ意味ないじゃん!

 だけど、それでも、ミズナに会いたいよ。

 もう近くに魔女さんがいたことなんて忘れて座り込んで膝を抱えて泣いた。



 さ、寒い………

 どれくらいここにいたんだろう。


 少し空が赤くなり始めた。陽が落ちてきて暗くなり始めた。このままここにいたら暗くなって家に帰れなくなる。

 焦って立った。

 だけどまた座った。

 なんだかもうどうでもいいや。

 俺はそのままじっと座っていた。



「おい、クソガキ!もうすぐ森は真っ暗になるぞ。ここには魔獣もいるしお前を襲う熊もいる。いいのか?」

「………う…る…さい」

「ミズナが必死で助けた命を簡単に捨てるのか?」

「だってミズナにもう会えないんだ」

「ああ、もう!ミズナ、ミズナって。お前には他に大切な親や友達もいるだろう?」

「いるよ。だけど、ミズナは特別なんだ」

 ーー俺の初恋で憧れで、可愛くて、優しくて、とにかく……大好きなんだ。

「…………お前も大切なものを差し出す勇気はあるか?」

「大切なもの?」

「………ふははははっ、いい事を思いついた。あんたの時間をわたしがもらう」








 俺の時間?

 それが魔女との契約。

 意味がわからなかった。

 だってその時は魔女は笑いながら突然俺を家に魔法で移動させたから。

 心配していたばあちゃんに叱られた。




 数ヶ月後、すっかり元気になった俺は再び王都へと帰った。

 だって、ミズナと俺の関係はまた元に戻ると魔女が言ったから。



 まさか魔女がアデリーナになって俺の幼馴染になってしまうなんて思わなかった。

 そう、アデリーナは、俺のことを大好きな幼馴染としていつの間にかみんなの記憶の中に入り込んでいた。

 ずっと当たり前のように。


 もちろん俺はミズナの記憶は消えなかった。だって俺の大切な時間をアデリーナに捧げただけだから。

 何があっても優先するのはアデリーナ。
 どんなに嫌でもアデリーナの言うことを優先させた。

 一緒に買い物にも行くし、カフェにもついて行った。学校ではアデリーナだけではなく女の子に囲まれても楽しそうにして過ごした。それがアデリーナの命令だったから。

 それは20歳になるまでの約束。

 それでも俺はどうしてもミズナとの結婚だけは譲れなかった。俺が無理やり結婚を申し込まなければミズナが他の男と結婚してしまう。
 それだけはどうしても嫌だった。なんのためにアデリーナと我慢して過ごしてきたのか、聞きたくもない命令を必死で笑顔を作ってずっと耐えてきた。

 だから、俺は家族にだけは魔女との契約を伝えた。
 考えてみたら家族はミズナが幼馴染だったことを忘れているだけ。ミズナが俺を忘れた、あの強い魔法ではない。
 周囲の混乱を起こさせないための辻褄合わせのための簡単な魔法のはず。

 もちろん最初は家族にも信じてもらえなかったけど、親達にミズナの両親と仲がよかったことを何度も伝え、思い出話もたくさんして、親達の記憶は常に曖昧で違和感があったらしく、理由に納得してくれた。

 そしてなんとかミズナとの結婚にこぎつけた。

 もちろん政略で俺のことを思い出させることはしない。

 お互い白い結婚でそこに愛情なんてない。

 ミズナは俺のことを嫌っていて、アデリーナを愛しているのに、よくもわたしと結婚したわね?的な態度を取られている。

 アデリーナはそんな俺とミズナの関係をとても面白がっていた。

 家に来ては俺との仲をミズナに当てつけのように見せて、ミズナの様子を窺って楽しんでいた。

 俺にとってはどんどんミズナに嫌われるだけ。

 そしてミズナの両親は、実は全てを知っていた。だから結婚も承諾してくれた。

 ミズナが魔女により俺の記憶を消されたことも。周囲がミズナではなくアデリーナが俺の幼馴染に変わってしまったこと。

 うちの両親がミズナの両親のことを忘れてしまったこと。

 全て理解して俺たちから遠ざかっていたらしい。

 それは全てミズナのためであり、俺のためでもあった。

 あと少し。あと少ししたら、ミズナの記憶が元に戻る……はず。

 あの魔女が、気が変わらなければ。

 アデリーナは俺のことをオモチャのように楽しんでいる。それを簡単に手放してくれるのか……

 そしてミズナに記憶が戻っても、俺とアデリーナがずっといつも一緒にいた日々の記憶は残っているはず。そんな俺を夫として受け入れてくれるのだろうか。



しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑)

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

処理中です...