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アイリスの過去

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「アイリス様は実家で何かお辛いことがあったのですか?」

その言葉にわたしは首を横に振った。

「何もなかったわ、そう、何もないの」

わたしは一人娘だった。

お父様はお忙しい方なのであまり屋敷に居なかった。

でもお母様は薬師をしていて、お庭の手入れをする時も薬を調合する時も一緒に過ごした。

学園が終わると急いで帰ってお母様のお手伝いをしていた。

お母様はいつも

「アイリス、お友達と遊んで帰らなくてもいいの?」

「たまには放課後、お友達と街に行ってカフェにでも行って遊んできたらいいのに」

と言ってくれたけど、わたしはお母様と薬師の仕事をするのが大好きだった。

「お母様、お友達とは学園でお話ししているので大丈夫です」
本当にそうだった。
仲の良い友人ももちろんいたし、今も連絡を取り合っている友人もいる。

だけど、それ以上にお母様と薬を作る時間が一番好きだった。

わたしの薬はまだ売るほどではないので、使用人達にプレゼントしていた。
手が荒れている人には、ハンドクリームを作り、腰の悪い男性には塗り薬を作った。

風邪を引いたと聞けば、風邪薬。
熱が出たと聞けば、解熱剤。
お腹が痛いと聞けば、腹痛止めの薬。
目が疲れてボヤけると聞けば、目薬。


わたしが作る薬をみんな喜んでくれた。

でもお母様が馬車の事故で死にかけているのに、わたしの薬では治す事は出来なかった。

頭を強く打っていたため、薬では治らなかった。

お母様の手を握り、ずっと祈っていたが、神様は無情であんなに沢山の人を助けたお母様を、神様は助けてくださらなかった。

悲しみの中、暮らしていたらお父様が
「新しい家族だ」
と言ってお義母様と異母弟と妹を連れてきた。

異母弟はわたしより2つ下、異母妹はわたしより1つ下。
お義母様は、わたしを見てビクッとして青い顔をした。

そして、「よろしくお願いします」と、小刻みに震えながら挨拶をした。

そう、三人ともわたしを見て怖がっていた。

何故?

それからはわたしは空気になった。

使用人達の態度はもちろん変わることはなかった。

だけどお父様は、わたしを避けるようになった。

四人の中にわたしが入れてもらえることはなかった。

食事も一人別の部屋、学園に通う時も一人別の馬車に乗って通った。

どうしてわたしは空気として扱われないといけないのかわからなかった。

お父様は新しい家族とは笑い合い楽しそうにしていた。

でも、わたしの姿を見ると、笑顔は消えて目を逸らすの。

他の家族もみんなそう。

だからわたしも出来るだけ四人と出会わないように屋敷の中で過ごした。

使用人達は、相変わらずみんな優しくてわたしに気を遣ってくれた。

美味しい食事、優しい笑顔。
お母様といた時と同じだった。

そして16歳になったある日、お父様がわたしの部屋へ来て
「お前の結婚が決まった」
と言われて学園を辞めさせられて、すぐに結婚してこの屋敷に住むことになった。

お父様はその一言だけ。

わたしに会うこともなく結婚式は使用人が教会へ連れて行ってくれた。

誰もいない二人だけの式。

旦那様に会ったのは結婚式の日だけだった。

偶にここに来られてもわたしのことを見ようとしない。

わたしこそ聞きたい。

「みんなどうしてわたしを避けるのでしょう?」

リイナは、悲しそうに申し訳なさそうにわたしを見た。

「アイリス様、旦那様はお忙しいのです、もうしばらく待ってあげてください」

「大丈夫よ、可愛いセルマ君が息子になってくれたし、リイナとミナとアナがそばに居てくれるから寂しくないの」

「アイリス様、セルマ様は旦那様の子どもではないと思います」

「どうして?だったら母親が子どもを置いて行く訳ないわ。赤の他人に預けるなんてことする訳ないわ」

「アイリス様は旦那様に隠し子がいたことにショックはなかったのですか?」

「ショック?だって旦那様と話したこともほとんどないし、ましてやお会いすることもないのに、何故ショックを受けるの?」

わたしはお飾りの妻としてここでは生きているつもりだ。

迷惑をかけないように、我儘を言わないように。

お母様が亡くなってから、そうやって生きてきた。

リイナは、わたしを悲しそうに見ていた。

わたしがおかしいの?

だってそう思わないとこの一年間、感情を捨てないと生きていられなかった。












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