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さよなら。

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セリーヌ様のお見舞いに一度だけ行った。

彼女はわたしを見て何度も「ごめんなさい」と謝った。

「セリーヌ様……生きていてくれてありがとう。わたしは今もこれからもずっと貴女のことが大好きです。ずっと友達だと思っています」

「……許してくれるの?どうして?」

「だって貴女は記憶をなくして辛い時に言ったわ。

『何があっても四人はあなたを裏切ることはありません。
それだけは絶対なんです』

これは嘘ではなかったでしょう?父親に脅されてもわたしの命を狙おうとはしなかった。なんとか守ろうとしてくれていたでしょう?」

「記憶が戻ったの?」
驚いた顔をしたセリーヌ様。

「ええ、少しは変わったかしら?」

小さく笑みを浮かべた。

「確かに……わたしの知っているカトリーヌ様とは違うわ。とても元気なカトリーヌ様でもなくて……お淑やかだけどいつも寂しそうにしていたカトリーヌ様でもない」


「うん、どちらもわたしだけど、もう自分を守るために無意識にしていたあんな行動は必要無くなったの。今のわたしが16歳のカトリーヌよ?少しは成長したかしら?」

「ええ、大人になったわ」

「ありがとう、わたしね、この国を出ようと思っているの。周りに迷惑をかけて守られるだけの存在ではなくて一人でも立って生きていきたいの。ま、お金は両親に出してもらうからまだまだ自立は出来ないのだけどね」

「どこへ行くの?」

「オリソン国へ行こうと思っているの。寮に入って向こうで学校へ通うつもりなの」

「卒業したら帰ってくる?」

「………わからないわ、でもわたしが出来ることを探したいの」

「イーサン殿下は?記憶が戻ったのならイーサン殿下への気持ちも戻ったのでしょう?二人は愛し合っていたじゃない」

「わたしは彼に傷つけられた。そして彼を傷つけた。今更だよね?もう婚約は解消されたの」

「素直になるだけだよ?どうして?」

「この国にいたらまた問題が起きるわ。……お祖母様のようにわたしはなるかもしれない。怖いの……わたしの所為でまた事件が起きるのは……」

ーーお姉様の言った言葉が忘れられない。
ーーお母様の言葉が忘れられない。
ーーもうわたしはこの国にいたくない。

「最後にセリーヌ様に会えて嬉しかった。さよならは言わないわ、またいつか会いましょう」


ーーーーー

それからリーゼ様とマッカーシー様にも挨拶をした。

「カトリーヌ様どうして?」
リーゼ様は自分だけ何もできなかったと悔やんでいた。わたしはリーゼ様を巻き込まなくて良かったと言ったら、さらに泣かれた。

「リーゼ様、また会いにきてもいいですか?」

「もちろんよ」

マッカーシー様は「バカだな」と言ったけどそれ以上は何も言わなかった。

「またね、セリーヌ様をよろしくね」と言って笑って別れた。


屋敷を出る時、両親は仕事でいなかった。
ううん、いない時を狙って屋敷を出た。

親不孝な娘だけど、私たちの間にはまともに親子関係はなかった。だから涙のお別れはいらなかった。

ただし……料理長とミア、マーヤ、ガイ達は大泣きしてくれた。

「またいつでも帰ってきてください」

「嬢ちゃん、いつでも好きなもの作れるようにしておくからな、待ってるよ」

「ミントのことは任せてください」

わたしが部屋にこもっている時いつもミントがそばに居てくれた。だから寂しくなかった。

わたしが拾ってきてみんなで内緒で育てたミント。今では使用人みんなのペットになっている。

「ミント、ごめんなさい。連れて行ってあげられなくて……また会いに帰ってくるから待っていてね」

わたしは馬車に乗り港へと向かった。

ジャン様が港まで一緒に向かってくれた。

馬車の中でオリソン国のことを色々教えてくれた。

オリソン国の陛下のこと、腐敗した国を立て直すために前国王を倒して新たな国を築いた話は本の世界の話のようで驚くことばかりだった。

今から留学する学校は貴族や平民の身分は関係ない。ただし実力が伴わなければすぐに退学になってしまう。
常に勉学に励まなければついていけないと教えてくれた。その代わりそこを卒業出来れば即文官として雇ってもらえて自分の能力を発揮出来るらしい。

それはとても魅力的でとても面白い。

「ジャン様、手紙を書きます。長期休暇の時は是非遊びに来てくださいね」

「うん、絶対会いにいくよ。本当は僕も通ってみたいと思っていたんだ。短期留学なら行かせてもらえるかもしれないな」

「ふふ、向こうでまた図書室で過ごせたら楽しいでしょうね」

「うん、カトリーヌ様との時間はとても有意義だった。また会おうね」

馬車の中から見えた海。

生まれて初めて海を見た。
思った以上に青くてどこまでも続く水面に驚いた。
湖なんて比べ物にならなかった。

本で読んだ想像した海と現実は全く違っていた。

もちろん船に乗るのも初めての経験だ。

馬車を降りると、大きな大きな船があった。

「………これに乗るのね」

湖に浮かぶ船とは比べ物にならない。

この船に4日ほど乗ってオリソン国へ着く。
荷物は事前に送っているので今持っているのはトランクひとつだけ。

「ジャン様、ありがとう。行ってきます!」

重たいトランクをひとつだけ持って船に乗り込んだ。

たくさんの見送りの人たちがいた。わたしを見送るのはジャン様一人。

わたしが生まれ育ったこの国にわたしを見送ってくれる人達はほとんどいない。
これがわたしが築き上げた結果なのだ。

ーーふっ、寂しいものだわ。

船の中から涙ながらに手を振る人たちを横目にわたしはジャン様に軽く手を振った。

ーーえっ?

たくさんの人混みの中に見知った顔をみつけた。

ーーまさか……そんな訳がないわよね。

だってお別れの挨拶もしていない。
ううん、あれ以来会っていないしわたしが記憶を取り戻したこともこの国を去ることも知らせていない。

ーーでも………思わずもう一度さっき見つけた人混みの方を向いてしまった。
目は必死で探していた。

……まさか……いるはずがない彼を……なのに間違いではない、と思ってしまう自分がいて……わたしの目は彼を探して回る。

ーーやっぱり間違いだったのね。

大きな溜息を吐いて探すのを諦めた。あんなにたくさんの人がいてもしいたとしても見つけることなんて出来ない。それに……いるはずなどない。


船がゆっくりと動き始めた。

ーーさよなら。

たぶん……もう帰ることはないだろう。

わたしはデッキからキャビンへと戻ることにした。

最後にチラッと見送りの人たちを見て……

「殿下……」

イーサン殿下がわたしを見ていた。
だって目があったのだもの。
思わずわたしも立ち止まり彼を見つめた。

動き出す船、遠すぎて「さよなら」も伝えられない。

わたしは笑顔で手を振った。

彼も手を振り返してくれた。


ーーーーー

船のチケットはジャン様が取ってくれた。

特等のデラックスルームなので思ったよりも広くて窓から海の景色が見える。
これなら一人でも寂しくなく過ごせそう。














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