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告。新入生諸君
10 先輩って呼ぶ決まり 1
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入れ違いに階段を降りていく霖を見送って、燈と茉優は準備室に入った。準備室は電算教室ほど広くはない。20畳ほどの広さの部屋で入口を入って正面の壁にいくつものモニターが並んでいる。ビルや工場の警備室のようで壁に並んだモニターには演習室の映像がいろいろな角度で映し出されていた。
壁に埋め込まれている映像モニターの前には長机が置かれていて、数台のデスクトップパソコンが並んでいる。その隙間に自分のノートパソコンを置いて、隣のデスクトップに接続し、そこに向かうような格好で宙が座っている。その隣には和彦が座り、雫は二人が座っている背後、部屋の中心部に置かれた数台の机のうちの一つに座っている。机の周りを囲んでいる椅子ではなく、机に。だ。鼎は宙の後ろに立って宙が操作するパソコンを覗き込んでいた。雷は壁際に腕を組んで、その全員をじっと観察しているようだった。
「おつかれちゃん」
片手をあげて、雫が言った。
「ん」
短く答えてから、燈は雫の手のひらを自分のそれで叩く。ぱん。と、軽快な音をさせて燈が通り過ぎると、今度は鼎が手を伸ばしてくる。その手を叩くと今度は宙が頭の上でひらひら。と、手を振るから、また、そこに手を合わせる。
「30点。ってところだな」
最後に和彦が頂戴するように上に向けた手を叩くと、そんな言葉が返ってきた。
もちろん、今日の演習の得点だ。
30点。
かなり甘く見てくれていると思う。
きっと、小華なら-120点だ。と言われることだろう。
「腕は大丈夫か?」
続けて和彦は切れ長の瞳でじっと燈を見つめてきた。観察するような、それでいて心配げな表情。和彦は電算部ではかなり常識的な人物だ。ほかの戦闘系『文化部』の連中がこっそりと電算部最後の良心と呼んでいるのを燈も知っている。けれど、殲滅対象を『クモ』に設定したのは和彦だ。騙されてはいけない。もちろん、それも、燈はしっかりと理解していた。
「問題ないっす」
左手を握ったり開いたりして見せて、燈は答えた。燈の答えに和彦が頷く。
「燈なら。大丈夫だと思った」
和彦が言った『大丈夫』の意味を燈は正しく理解しているつもりだ。
それは、仮想空間での演習とはいえ『腕を失くしたこと』で燈の精神が汚染されているのを心配しているわけではない。どちらかというなら『どうして『クモ』を殲滅対象にしたのか』という質問(もちろん、燈はそんなことを口に出して尋ねたわけではないのだが)に対する答えとしての『燈なら。大丈夫だと思った』から、という答えなのだ。
そういわれてしまったら納得するしかない。
いや、もともと、それについて和彦を責めるつもりなど燈にはない。相手を選べないのが実戦だと知っているからだ。
「小林さんは? 演習酔いしていない?」
燈の様子を確認すると、和彦は茉優に視線を移した。上からモニターしていたのだから、彼女が負傷するようなことが起こらなかったのは分かっているだろう。けれど、幻術による演習に慣れないうちは身体に不調をきたすものも少なくはない。幻術から現実に戻った時の違和感は通称『演習酔い』と呼ばれて、女神川学園特戦学部春の風物詩だった。
「はい。大丈夫です」
にっこり。と、微笑んで彼女は答える。
「燈さんが守ってくれたから」
頬を染めてもじもじ。と、はにかんだ表情。その表情に一瞬だけ驚いた顔をしてから、和彦は『触らぬ神になんとやら』とばかりに余所行きの笑顔を浮かべた。
「そう。よかった。演習のデータは部長と精査して今後の育成方針を決めるから。でも。小林さんは回復役一択かな」
その意見にはおそらく誰も反論はないだろう。燈にも異論はない。だから、そのことについてはどうでもいいのだが、どうでもいいと笑えないことがある。
「へえ。燈ちゃんかっこいい♡ 守ってあげたんだ」
によによ。と、含みのある笑いを貼り付けて、雫が言った。
これが笑えないことその一。
「腕と引き換えに守るなんて、男の中の男だな。さすが、電算部次期エース」
燈の肩をばしばし。と、叩いて、同じく楽しくて仕方ないという顔で鼎が続く。美人の前に出るとアワアワしてしまうことをいつも燈にからかわれているから、ここぞとばかりにいじり倒す気満々だという顔だ。
そして、これがその二だ。
「燈ちゃん、優しいから、モテモテだもんね~」
もちろん、燈は茉優を恋愛対象としてみてはいない。捨て犬を見捨てられないのと同じレベルで放っておけないだけだ。けれど、そんなことを説明しても、いや、説明しなくても知っているくせにいじってくるから笑えない。
「大丈夫。部内恋愛は禁止じゃねーし。モチベーション下がんなきゃ、李先輩も許してくれるって」
いくらスレイヤー候補生とはいえ、彼らも高校生だ。恋愛に興味がないことはない。とはいえ、現在電算部に交際中のお相手がいる者は一人もいない。だから、この手の話には飢えているのだ。こんなウザ絡みされるくらいなら、本当に恋人ができたなら、絶対に教えない。と、燈は心に誓った。
「うっさい。HP0になれ」
なおも肩を叩いてくる鼎のうざい腕を振り払う。
壁に埋め込まれている映像モニターの前には長机が置かれていて、数台のデスクトップパソコンが並んでいる。その隙間に自分のノートパソコンを置いて、隣のデスクトップに接続し、そこに向かうような格好で宙が座っている。その隣には和彦が座り、雫は二人が座っている背後、部屋の中心部に置かれた数台の机のうちの一つに座っている。机の周りを囲んでいる椅子ではなく、机に。だ。鼎は宙の後ろに立って宙が操作するパソコンを覗き込んでいた。雷は壁際に腕を組んで、その全員をじっと観察しているようだった。
「おつかれちゃん」
片手をあげて、雫が言った。
「ん」
短く答えてから、燈は雫の手のひらを自分のそれで叩く。ぱん。と、軽快な音をさせて燈が通り過ぎると、今度は鼎が手を伸ばしてくる。その手を叩くと今度は宙が頭の上でひらひら。と、手を振るから、また、そこに手を合わせる。
「30点。ってところだな」
最後に和彦が頂戴するように上に向けた手を叩くと、そんな言葉が返ってきた。
もちろん、今日の演習の得点だ。
30点。
かなり甘く見てくれていると思う。
きっと、小華なら-120点だ。と言われることだろう。
「腕は大丈夫か?」
続けて和彦は切れ長の瞳でじっと燈を見つめてきた。観察するような、それでいて心配げな表情。和彦は電算部ではかなり常識的な人物だ。ほかの戦闘系『文化部』の連中がこっそりと電算部最後の良心と呼んでいるのを燈も知っている。けれど、殲滅対象を『クモ』に設定したのは和彦だ。騙されてはいけない。もちろん、それも、燈はしっかりと理解していた。
「問題ないっす」
左手を握ったり開いたりして見せて、燈は答えた。燈の答えに和彦が頷く。
「燈なら。大丈夫だと思った」
和彦が言った『大丈夫』の意味を燈は正しく理解しているつもりだ。
それは、仮想空間での演習とはいえ『腕を失くしたこと』で燈の精神が汚染されているのを心配しているわけではない。どちらかというなら『どうして『クモ』を殲滅対象にしたのか』という質問(もちろん、燈はそんなことを口に出して尋ねたわけではないのだが)に対する答えとしての『燈なら。大丈夫だと思った』から、という答えなのだ。
そういわれてしまったら納得するしかない。
いや、もともと、それについて和彦を責めるつもりなど燈にはない。相手を選べないのが実戦だと知っているからだ。
「小林さんは? 演習酔いしていない?」
燈の様子を確認すると、和彦は茉優に視線を移した。上からモニターしていたのだから、彼女が負傷するようなことが起こらなかったのは分かっているだろう。けれど、幻術による演習に慣れないうちは身体に不調をきたすものも少なくはない。幻術から現実に戻った時の違和感は通称『演習酔い』と呼ばれて、女神川学園特戦学部春の風物詩だった。
「はい。大丈夫です」
にっこり。と、微笑んで彼女は答える。
「燈さんが守ってくれたから」
頬を染めてもじもじ。と、はにかんだ表情。その表情に一瞬だけ驚いた顔をしてから、和彦は『触らぬ神になんとやら』とばかりに余所行きの笑顔を浮かべた。
「そう。よかった。演習のデータは部長と精査して今後の育成方針を決めるから。でも。小林さんは回復役一択かな」
その意見にはおそらく誰も反論はないだろう。燈にも異論はない。だから、そのことについてはどうでもいいのだが、どうでもいいと笑えないことがある。
「へえ。燈ちゃんかっこいい♡ 守ってあげたんだ」
によによ。と、含みのある笑いを貼り付けて、雫が言った。
これが笑えないことその一。
「腕と引き換えに守るなんて、男の中の男だな。さすが、電算部次期エース」
燈の肩をばしばし。と、叩いて、同じく楽しくて仕方ないという顔で鼎が続く。美人の前に出るとアワアワしてしまうことをいつも燈にからかわれているから、ここぞとばかりにいじり倒す気満々だという顔だ。
そして、これがその二だ。
「燈ちゃん、優しいから、モテモテだもんね~」
もちろん、燈は茉優を恋愛対象としてみてはいない。捨て犬を見捨てられないのと同じレベルで放っておけないだけだ。けれど、そんなことを説明しても、いや、説明しなくても知っているくせにいじってくるから笑えない。
「大丈夫。部内恋愛は禁止じゃねーし。モチベーション下がんなきゃ、李先輩も許してくれるって」
いくらスレイヤー候補生とはいえ、彼らも高校生だ。恋愛に興味がないことはない。とはいえ、現在電算部に交際中のお相手がいる者は一人もいない。だから、この手の話には飢えているのだ。こんなウザ絡みされるくらいなら、本当に恋人ができたなら、絶対に教えない。と、燈は心に誓った。
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