【これはファンタジーで正解ですか?】燈編

司書Y

文字の大きさ
上 下
41 / 123
告。新入生諸君

6 刃の資質 2

しおりを挟む
「……あー。ちょお。まって」

 そんな茉優の様子を見ているのが耐えられなくなって、燈は結局ダメだと分かっていながら声をかけてしまった。

「……とにかく、座って」

 本当なら、ここでこのまま放っておいた方がいいと燈は思う。それでも、燈は茉優の座っていた席を指さして言った。
 燈の言葉に茉優はそこにいる全員の顔を見まわす。雫は笑顔を崩さない。宙は苦笑い。鼎は天井を見上げてため息を吐く。少し離れたところで、翡翠は微笑んで頷く。それから、トレイに乗せたシフォンケーキを彼女の前に置いた。

「食べていって?」

 翡翠のその言葉に従って、茉優が着席する。続けて、ほかの4人の前にもケーキを置く。翡翠の給仕が終わるのを待って、燈は一息息を吐いた。

「俺は、あの人のこと知らないし。君のことをどう思っているのかも知らない。どの程度の思いなのかも分からない。けど。何もしないでいたら、最悪の事態になることだってありえる」

 相手のことを知りもしないで、相手が一方的に悪いとか、諦めてくれないかもしれないとか、想像で判断するわけにはいかないことを、燈は知っている。反対に相手のことを知りもしないで、楽観視もできない。スレイヤーを目指す以上、いつだって最悪の状況を想定して行動するのは当然だ。

「ってのは、分かってるよな?」

 茉優の方に視線を向けて、燈は言った。
 一瞬燈を見てから、茉優は俯く。

「はい」

 それから、消え入りそうな声で答えた。

「後で恨まれるよりもそっちの方が怖い目に合うかもしれないけど、それでもいいのか?」

 びくり。と、茉優の肩が震える。怯えているのだろうか。多分そうだろう。わかっていて、きつい言葉を選んだ。それが現実だと彼女は知っておいた方がいいと思ったからだ。
 けれど、それでも、彼女は項垂れたまま、小さく頷いた。

「その上で。担任には言いたくない。って、言うんだな?」

 重ねた燈の言葉に、彼女は頷く。
 怯えて逃げ出してくれればいいと、思った。怖い思いをしてまでスレイヤーになりたいと思っているようには見えなかったからだ。しかし、それは、燈の勝手な思い込みだったのかもしれない。彼女は彼女なりの理由があって、スレイヤーを目指しているのだろう。

「……はあ」

 彼女の返答に燈は大きくため息をついた。その先の言葉を言おうかどうか迷う。
 放っておいた方がいい。と、燈の中の誰かが言った。
 どんな理由があってここにいるのだとしても、どの道、彼女がスレイヤーになるのは無理だろう。彼女がしてきた程度の覚悟で異形に立ち向かえはしない。
 けれど、放ってはおけないと、もう一人の自分が言う。そうして放置したことで、最悪の事態が起こらないと保証はない。

「わかったよ。じゃ、とりあえず、電算部に入りな?」

「燈」

 燈の言葉に、茉優は顔を上げ、鼎が声を上げた。
 燈は茉優の方に視線を向け、鼎の方に片手を挙げる。黙っていろ。と、言う仕草だ。何か言いたそうな顔をして、それでも、鼎は何も言わなかった。

「うちの部員に手を出せる奴なんてなかなかいないよ。李先輩怖いし。部員である以上、ちょっかい出されたら黙ってないから」

 宙が強くいられる理由は、電算部の部員だからだ。鼎が口を挟んだのは、宙が守られることを期待して電算部にいると誤解されたくないからだろう。もちろん、電算部の誰一人として、宙がそんなふうに思っているとは思っていない。実際に燈たちの方が宙に助けられる場面は多い。ただ、宙が強くなれるのはいつだってどんな場面だって味方だと信じられる仲間を守りたいからだし、そんな宙だから、仲間は自分よりも宙を優先して守る。
 まだ、入学間もない彼女にそんな仲間がいるはずがない。それに、どうせやめるならと放っておいたら、取り返しのつかないことになるかもしれない。
 放っておくのは簡単なようでいて、燈には簡単な選択ではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

もういいや

ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが…… まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん! しかも男子校かよ……… ーーーーーーーー 亀更新です☆期待しないでください☆

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

処理中です...