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Internally Flawless
26 安堵 3
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◇秋生◇
車に乗り込んできた二人が、ドアを閉めると、騒ぎが大きくなる前にアキは車を発進させた。公安の突入作戦は犯人グループに知られないように、静かに迅速に行われたので、犯人を連行するための警察車両が到着して初めて人が集まってくる。
このマンションの15階以上は全て人身売買の温床となっていて、売られた男女とその顧客。それを管理する犯行グループの人間が利用していた。賃貸の名義が殆ど顧客のものだったのは、おそらく裏切りを防ぐための保険だったのだと思われる。全てが発覚した今となっては、それがなによりの証拠になってくれていた。
マンションへの突入はすべて同時に行われた。殆どの部屋には被害者しかおらず、いたとしても完全に動揺していて、制圧するのは容易かった。もちろん、アキはそこにいたわけではない。彼が、いや、彼らがいたのはマンションから1㎞以上離れた別のマンションの屋上だ。
そのくらいの距離なら、たとえある程度の風が吹いていたとしても問題はない。アキを育てた男の本業はプロの殺し屋だ。その男に叩き込まれた狙撃の腕は今ではおそらくその男以上だと自負している。
だから、問題はそこではなかった。
スコープを覗く先、その男がスイに触れるたび、何度引き金を引きそうになったか分からない。インカムから聞こえてくる男の言葉も最悪だ。いかにもスイが嫌がりそうな言葉をピンポイントでついてくる。そんな男がスイの傍にいるのが、心の底から嫌だった。
「おかえり。肩大丈夫?」
運転をしながら、ちら。と、アキは後部座席のスイの顔を見る。
「ただいま。大丈夫だよ」
いつも通りの可愛らしい笑顔にほっと安心する。今日は随分と嫌な思いをしたはずだ。そのどれも少しでも何かが間違っていたら、ここにいられなかったかもしれないほどの出来事だった。
「……ごめん。心配させて」
別に本気で怒っているわけではない。ただ、心配しているのを分かってほしかったのと、スイと離れていた間、傍にいて散々スイに嫌な思いをさせていたあの男への嫉妬だったのだと思う。
「いいよ。ただ、も、こういう仕事は受けないからな。スイさんを一人にさせると……変な虫がすぐに湧いてくるから」
「え? そっちなの?」
アキの言葉に、スイは少し驚いたような表情をする。
もちろん、自分から危険に飛び込もうとするスイを心配していなかったわけではない。別に彼は聖人と言うわけではないけれど、特にこういう類の事件の場合、スイは被害者を自分自身に重ねて放ってはおけなくなってしまう。助けてほしいと。願い続けて、それでも誰も助けてはくれなかったその頃のことを思い出すのだろうと思う。
「無茶するのはいいよ。も、諦めた。これからは仕事ほっぽってでも助けに行くから覚悟しといて。でも、ああいうのは許さない」
この『許さない』はもちろん、スイに向けた言葉ではない。
山崎健二と大井一久。自分がまたはユキが傍にいたらぼこぼこでは済まなかったと思う。正直、オーダー通り殺さないで作戦行動を終わらせた自分をほめてほしいと思うほどだ。
大体、方向性は違っても、完全に性質の同じ二人に一日で二度襲われるなんて、普通ではあり得ない。あの大井に襲われた後にこの作戦を承認した警察のやり方にもかなりの憤りを感じている。それに関してはスイが強くおしたのだろうけれど、ナオもセイジもいるのにやらせたことが信じられない。
「……ごめん」
少し強い口調になったアキに、しゅんと小さくなって、スイが言った。ルームミラー越しに見ると、上目遣いでちらちらとこっちを見ている。
「だから、いいって。俺が怒ってるのはスイさんにじゃないし」
その言葉で意味を理解したのか、スイは隣にいたユキの手をぎゅっと握った。
車に乗り込んできた二人が、ドアを閉めると、騒ぎが大きくなる前にアキは車を発進させた。公安の突入作戦は犯人グループに知られないように、静かに迅速に行われたので、犯人を連行するための警察車両が到着して初めて人が集まってくる。
このマンションの15階以上は全て人身売買の温床となっていて、売られた男女とその顧客。それを管理する犯行グループの人間が利用していた。賃貸の名義が殆ど顧客のものだったのは、おそらく裏切りを防ぐための保険だったのだと思われる。全てが発覚した今となっては、それがなによりの証拠になってくれていた。
マンションへの突入はすべて同時に行われた。殆どの部屋には被害者しかおらず、いたとしても完全に動揺していて、制圧するのは容易かった。もちろん、アキはそこにいたわけではない。彼が、いや、彼らがいたのはマンションから1㎞以上離れた別のマンションの屋上だ。
そのくらいの距離なら、たとえある程度の風が吹いていたとしても問題はない。アキを育てた男の本業はプロの殺し屋だ。その男に叩き込まれた狙撃の腕は今ではおそらくその男以上だと自負している。
だから、問題はそこではなかった。
スコープを覗く先、その男がスイに触れるたび、何度引き金を引きそうになったか分からない。インカムから聞こえてくる男の言葉も最悪だ。いかにもスイが嫌がりそうな言葉をピンポイントでついてくる。そんな男がスイの傍にいるのが、心の底から嫌だった。
「おかえり。肩大丈夫?」
運転をしながら、ちら。と、アキは後部座席のスイの顔を見る。
「ただいま。大丈夫だよ」
いつも通りの可愛らしい笑顔にほっと安心する。今日は随分と嫌な思いをしたはずだ。そのどれも少しでも何かが間違っていたら、ここにいられなかったかもしれないほどの出来事だった。
「……ごめん。心配させて」
別に本気で怒っているわけではない。ただ、心配しているのを分かってほしかったのと、スイと離れていた間、傍にいて散々スイに嫌な思いをさせていたあの男への嫉妬だったのだと思う。
「いいよ。ただ、も、こういう仕事は受けないからな。スイさんを一人にさせると……変な虫がすぐに湧いてくるから」
「え? そっちなの?」
アキの言葉に、スイは少し驚いたような表情をする。
もちろん、自分から危険に飛び込もうとするスイを心配していなかったわけではない。別に彼は聖人と言うわけではないけれど、特にこういう類の事件の場合、スイは被害者を自分自身に重ねて放ってはおけなくなってしまう。助けてほしいと。願い続けて、それでも誰も助けてはくれなかったその頃のことを思い出すのだろうと思う。
「無茶するのはいいよ。も、諦めた。これからは仕事ほっぽってでも助けに行くから覚悟しといて。でも、ああいうのは許さない」
この『許さない』はもちろん、スイに向けた言葉ではない。
山崎健二と大井一久。自分がまたはユキが傍にいたらぼこぼこでは済まなかったと思う。正直、オーダー通り殺さないで作戦行動を終わらせた自分をほめてほしいと思うほどだ。
大体、方向性は違っても、完全に性質の同じ二人に一日で二度襲われるなんて、普通ではあり得ない。あの大井に襲われた後にこの作戦を承認した警察のやり方にもかなりの憤りを感じている。それに関してはスイが強くおしたのだろうけれど、ナオもセイジもいるのにやらせたことが信じられない。
「……ごめん」
少し強い口調になったアキに、しゅんと小さくなって、スイが言った。ルームミラー越しに見ると、上目遣いでちらちらとこっちを見ている。
「だから、いいって。俺が怒ってるのはスイさんにじゃないし」
その言葉で意味を理解したのか、スイは隣にいたユキの手をぎゅっと握った。
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