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Internally Flawless
21 醜悪 3
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◇翡翠◇
正直シャワーは低温にしていたのにもかかわらず、かなり滲みて泣きたくなった。シャワールームの鏡に映すと、右の首元から、肩甲骨や、二の腕のあたりにかけて真っ赤になっている。水膨れにこそなってはいないけれど、しばらくは後を引きそうだと思う。
手当をしてもらえと言われたのだが、多分無理だ。病院なんて近づくのもごめんだし、身体には幾つも昨夜アキが残した跡が残っている。恥ずかしくて、とても他人に見せることなんてできない。
「ひ〇ぴた買ってかえろ……」
考えたことが思わず口に出てしまった。
こめかみの傷のほうはたいしたことはなかった。血も止まっているし、手当をするほどのものでもない程度だ。
着ていた服は完全にアウトでハイネックのインナーは首筋が破れているし、その上に着ていた緑のニットもくっきりとコーヒーの染みができていた。辛うじてジーンズは被害を免れているが、今はびしょびしょで穿くのは無理だ。
まったく。あのお姫様に係わると、ろくなことがない……。
スイは思う。
そもそも、一番初めにアキと喧嘩をしたのも、レイに対する嫉妬からだった。勝手に嫉妬したのはスイ自身だから、人のせいにするのはどうかとは思う。
でも、あの尊大で横柄な態度も、理屈のよく分からない頭お花畑な理論も、何も考えずにコーヒーカップを投げつけるような凶暴で幼稚な思考回路も、人の困っている顔を見て心底嬉しそうにしているサイコパス気質も、あの美しい容姿さえも何もかも気に入らない。
彼女はスイがアキと浅からぬ間柄だと気付いているのではないかと、スイは思っていた。あんな時間の電話を取られたのだ。ディスプレイには名前が表示されていただろうし、声も聞かれている。そして、女の勘と言うやつは侮れない。
だからこそのあの怒りなのだ。
彼女がアキのことを本気で好きでいるかはわからない。けれど、あの手の女は相手が好きかどうかより、自分に振り返らない男がいるのが気に食わないのだろう。
「……アキ君」
でも、そこまで考えて、スイは思わず微笑んだ。
自分をかばって、怒ってくれたアキの顔を思い出して、幸せな気持ちになる。ずっと、彼女に対して感じていた劣等感のようなものが、アキが愛してくれているという一点だけで、優越感に変わっているのが分かる。
あの美しい女性より、アキは自分を選んでくれたのだ。それだけで、自分がとても大切なものになれた気がして、心に温かな感情が湧いてきた。。
「……俺。がんばるから……」
リンのいさかいに巻き込まれたのは面倒だったけれど、もう一つよかったこともあった。アキの顔が見られたことだ。たとえ、一言でも、アキとの約束通り自分のしようとしていることを伝えることができてよかった。
スイは思う。
大切な人に嘘をつかずに済んだことに、心が軽くなった。
自分自身の手を見て、アキが握ってくれた手のぬくもりを思い出す。それだけで、怖いことにも負けない強い自分になれた気がした。
「よし」
呟いて、スイはシャワーを止め、タオルを取った。
そこで、ふと。手を止める。シャワーの音が消えて、静かになったシャワールーム。水滴の落ちる音がやけに大きく聞こえる。
遠くからはフロアにかかっているショーで使われる音楽が聞こえている。人が殆ど来ないエリアだからなのか、更衣室は静かだった。
静かだ。
静かなのだ。
しかし、いや、だからこそ、感じる。肌が泡立つような気配。ごく近い場所に人の息遣いを感じる。
息を殺して、スイはタオルと一緒に置いていたスマートフォンに手をかけた。次の瞬間。突然鍵を閉めたはずのドアが開いた。
「っ!」
正直シャワーは低温にしていたのにもかかわらず、かなり滲みて泣きたくなった。シャワールームの鏡に映すと、右の首元から、肩甲骨や、二の腕のあたりにかけて真っ赤になっている。水膨れにこそなってはいないけれど、しばらくは後を引きそうだと思う。
手当をしてもらえと言われたのだが、多分無理だ。病院なんて近づくのもごめんだし、身体には幾つも昨夜アキが残した跡が残っている。恥ずかしくて、とても他人に見せることなんてできない。
「ひ〇ぴた買ってかえろ……」
考えたことが思わず口に出てしまった。
こめかみの傷のほうはたいしたことはなかった。血も止まっているし、手当をするほどのものでもない程度だ。
着ていた服は完全にアウトでハイネックのインナーは首筋が破れているし、その上に着ていた緑のニットもくっきりとコーヒーの染みができていた。辛うじてジーンズは被害を免れているが、今はびしょびしょで穿くのは無理だ。
まったく。あのお姫様に係わると、ろくなことがない……。
スイは思う。
そもそも、一番初めにアキと喧嘩をしたのも、レイに対する嫉妬からだった。勝手に嫉妬したのはスイ自身だから、人のせいにするのはどうかとは思う。
でも、あの尊大で横柄な態度も、理屈のよく分からない頭お花畑な理論も、何も考えずにコーヒーカップを投げつけるような凶暴で幼稚な思考回路も、人の困っている顔を見て心底嬉しそうにしているサイコパス気質も、あの美しい容姿さえも何もかも気に入らない。
彼女はスイがアキと浅からぬ間柄だと気付いているのではないかと、スイは思っていた。あんな時間の電話を取られたのだ。ディスプレイには名前が表示されていただろうし、声も聞かれている。そして、女の勘と言うやつは侮れない。
だからこそのあの怒りなのだ。
彼女がアキのことを本気で好きでいるかはわからない。けれど、あの手の女は相手が好きかどうかより、自分に振り返らない男がいるのが気に食わないのだろう。
「……アキ君」
でも、そこまで考えて、スイは思わず微笑んだ。
自分をかばって、怒ってくれたアキの顔を思い出して、幸せな気持ちになる。ずっと、彼女に対して感じていた劣等感のようなものが、アキが愛してくれているという一点だけで、優越感に変わっているのが分かる。
あの美しい女性より、アキは自分を選んでくれたのだ。それだけで、自分がとても大切なものになれた気がして、心に温かな感情が湧いてきた。。
「……俺。がんばるから……」
リンのいさかいに巻き込まれたのは面倒だったけれど、もう一つよかったこともあった。アキの顔が見られたことだ。たとえ、一言でも、アキとの約束通り自分のしようとしていることを伝えることができてよかった。
スイは思う。
大切な人に嘘をつかずに済んだことに、心が軽くなった。
自分自身の手を見て、アキが握ってくれた手のぬくもりを思い出す。それだけで、怖いことにも負けない強い自分になれた気がした。
「よし」
呟いて、スイはシャワーを止め、タオルを取った。
そこで、ふと。手を止める。シャワーの音が消えて、静かになったシャワールーム。水滴の落ちる音がやけに大きく聞こえる。
遠くからはフロアにかかっているショーで使われる音楽が聞こえている。人が殆ど来ないエリアだからなのか、更衣室は静かだった。
静かだ。
静かなのだ。
しかし、いや、だからこそ、感じる。肌が泡立つような気配。ごく近い場所に人の息遣いを感じる。
息を殺して、スイはタオルと一緒に置いていたスマートフォンに手をかけた。次の瞬間。突然鍵を閉めたはずのドアが開いた。
「っ!」
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