遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

20 敵地 5

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「なにをしにきたのかしら?」

 腕組みをして仁王立ちしているその表情は憎々しげというのがぴったりの表情だった。
 何故この女はこんなに偉そうなのだろう。
 スイは思う。
 いきなりコーヒーカップを投げつけておいて『なにしにきた』が最初の一言だということにスイは呆れてた。もし、あのカップが顔に当たっていたら失明した可能性だってあるし、状況から考えれば、訴えられてもおかしくはないのだと気づいていないどころか、さもスイの方が悪いような言い方をされて、いいかげんスイの方の我慢も限界に近かった。

「スイさんは、買い出しの手伝いをしてくださって……」

 スイの様子を察したのかは分からないが、代わりにリンが答えた。しかし、元を正せば彼女の『買い出し』ではなく、『謝罪』に付き合わされたのだから、彼女がフォローするのは当然だろう。スイにしてみれば、巻き込まれなくてもいい面倒事に巻き込まれたのだ、その上言い訳までさせられるいわれはない。
 ただ、いきなりコーヒーカップを投げつけられたのは意外だったが、レイに嫌われているのは意外でもなんでもない。最初からリンが泣いてもきっぱりと断ればよかったのだ。と、後悔はしていた。

「あなたには聞いてないわ!!」

 そんなスイやリンの事情も思惑も関係なく、レイがヒステリックに叫ぶ。本当に面倒くさい。スイは思う。今度こそはしばらく(トラウマになって)大人しくしていてくれるような説教をしてやろうかと、口を開きかけたときだった。

「いい加減にしろ。ほぼ熱湯のコーヒーカップ投げつけるのは、傷害罪にあたるって、わからないのか?」

 スイを守るようにレイとの間にたって、アキが言った。怒気をたっぷり含んだ低い声。整った顔は普段は作戦行動中でも見ないほど冷淡な表情だった。

「勝手にドアをあけたから……」

 アキの本気の怒りの表情に、レイが口籠る。

「お前、入っていいっつっただろ?」

 女性に対して、こんな表情をするアキを見るのは初めてだった。部屋を襲撃してきたどこぞのヤクザクラスにすら見せないような完全敵認定の相手に向ける顔だ。

「言っとくけどな。この人にこれ以上傷をつけるって言うなら、契約なんて関係ねえ。その瞬間からお前は俺の敵だ。全力で排除する」

 恐ろしく真剣で、冷徹な表情だった。ぞっとするほど綺麗で、怖い。こんな表情を向けられたら、逆らえなくなるとスイは思う。
 けれど、彼は、自分のために怒ってくれているのだ。
 そう思うと、その表情すら愛おしく思えた。

「……なによ……。知らないわよ! 私は悪くない!! そいつが私を怒らせるから悪いんじゃない!!」

 叫んで、レイは会議室に駆けこんでしまった。
 閉まったドアの向こうで、何かが割れたり、床にたたきつけられるような音が聞こえる。
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