遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
306 / 378
Internally Flawless

幕間 ある朝の出来事 2

しおりを挟む
 ドアを開けたまま立ち尽くして彼を見つめていると、ふ。と、スイが顔を上げた。

「ユキ君」

 ものすごく、優しくて、嬉しそうな笑顔を浮かべて、スイが名前を呼んでくれた。ヘッドホンを外して首にかけて、シンクで手を洗ってから、キッチンを出て、ユキの元まで歩いてきたスイは、そのままユキの背中に腕を回して抱きついてきた。

「おはよう」

 背中に腕を回したまま、その綺麗な翡翠の色の瞳が見上げてくる。

「どして?」

 ユキは問う。今日は、彼は仕事のはずだ。しかも、昨夜も一昨日も兄といてきっと、疲れきっているはずだ。

「ユキ君に会いたくなったから」

 そんな風に言うスイが心の底から愛おしくなって、ユキは彼を抱きしめた。

「スイさん……」

 スイが作る朝食のにおいと、彼自身の甘いにおい。肺にたっぷり吸い込むと、堪らないほど幸せな気持ちになった。

「昨夜仕事遅かったんだろ? ごめん。はやくから起しちゃって。でも……どうしても、顔みたくて」

 ユキの胸に顔を埋めたまま、スイが言う。

「いいよ。スイさんの顔見られるなら、徹夜しても全然いい!」

 少しだけスイを離して顔を見つめる。あまりまじまじと見つめられて、スイが少し頬を染める。それが、また、堪らなく可愛らしく見えて、ユキはその頬にキスをした。

「スイさん。好き。愛してる」

 その瞳を見詰めたまま囁けば、一層頬が赤くなって、それから、キスを強請るように瞼が閉じた。
 だから、その柔らかな唇にキスをした。一度ではなくて、何度も。

「ん」

 短く吐息を漏らして、スイの唇を離す。

「……ユキ君。俺も。大好きだよ。愛してる」

 離れた唇が、今度はスイの方から重ねられた。ちゅ。と、小さなリップ音をさせて、顔が離れると、少し照れたように笑うスイ。

 すごく綺麗だ。
 ユキは思う。
 兄に愛されて、スイはどんどん綺麗になってしまう。
 最初に会った時にはそんな風には思わなかった。寂しそうな顔ばかりが目立って、優しくしたいとは思ったけれど、可愛いとか綺麗なんて思いもよらなかった。
 彼が、綺麗なことにも、とても可愛らしいということにも、気付いたのは多分兄の方が先で、兄に愛されることで、彼はもっと綺麗になっていく。一番近くにいるのに、それをユキは見ていることしかできない。
 歯がゆい。と、思う。

「ユキ君?」

 黙り込んでしまったユキに、スイが心配げな声を上げる。

「スイさん。先に謝っとく。ごめん!」

 スイを身体から引き離して、その肩に両手を置いて、その顔を見つめてユキは言った。

「俺! 兄貴に嫉妬してる。スイさんと喧嘩して泣かせたくせに、その間俺が必死でスイさんのこと支えてたのに、仲直りしたと思ったらスイさんのこと好き放題して。ルールも破って……。俺だって! スイさんのこと抱きたい! スイさんのこと一晩中一人占めしたい!!」

 一息でそこまで言って、ユキは息をついた。

「俺も……スイさんと一緒にいたいし、触りたいし、キスしたいし、セックスしたい……。兄貴ばっかりずるい。スイさんは兄貴だけのもんじゃないのに……スイさんは俺のもんでもあるのに……」

 最後は消え入るような声になってしまった。スイが酷く驚いた顔で見つめている。
 それから、その細い指が頬にそっと触れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...