遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
191 / 378
BT.H

#7

しおりを挟む
 他の言い方を探したけれど、見つからなくて、何と言っていいか分からなくなった時、かちゃ。と音がして、セイジの前にコーヒーカップが置かれた。

「どうぞ」

 あの翠の髪の青年だ。アキの仕事の関係者だとわかったからなのか、表情がさっきよりもっと、柔らかくなっている。セイジの前に続いて、アキの前にもカップを置いて、さらに黒色の大きめのカップも置いてから、自分の分のカップを置いて、その人は当たり前のようにアキの隣に座った。

「ありがと。スイさん」

 アキもそれを当たり前の顔で受け入れている。お礼を言う笑顔はまた、あの優しげな笑顔だ。

「セイジには、紹介しとく。この人はスイさん。今一緒に仕事してる。もう、何か月くらいになるっけ? まあ、別にそれはいいか。情報系担当してもらってる」

 セイジの知っている限り、アキとユキはずっと二人だった。いや、ユキが帰ってくるまではアキは一人だったのだが。
 よっぽど、気に入ったのか。と、思う。
 気に入ったのが、技術力なのか、人間性なのか、それとも他のものなのかは分からないけれど、アキほど警戒心が強い男が無警戒にパーソナルスペースに招き入れるくらいには気に入ったのだろう。

「スイさん。こいつは、セイジ。面倒ごとばかり持ってくるめんどくさいヤツ。見ての通り非モテ万年平刑事。あと、ポンコツ。それから、ヘタレ」

 カップに口を付けてから、余計な形容をたっぷりつけてアキが面白くなさそうに言った。面白くなさそうな理由がなんなのかは分からない。
 ここに来てから、分からないことだらけだ。分かることと行ったら、アキが口を付けたカップには、明らかにカフェオレ? いや、コーヒー牛乳? が注がれているってことくらいだ。糖尿病で泣く羽目になるよ? と、忠告したくなるくらいの甘党のアキが砂糖を入れていないところを見ると、多分、いちいち言葉にしなくても、アキの好みをちゃんと分かってくれている人なんだろう。

「よろしく」

 にっこりと笑うその人は、少し頭を下げてから、自分の分の、おそらくブラックのコーヒーに口を付けた。

「はあ……あのぉ」

 言いかけたところで、ばたん。と、音を立てて、ドアが開いた。

「あー。セージさん、久しぶり!」

 入ってきたのはユキだった。こっちは、いつもと変わらない騒がしい登場にほっとする。

「ユキ君。ドアは静かに」

 ただ、ため息交じりに、スイと紹介されたその人が言うと、ユキの表情が変わった。

「ごめん」

 しゅんとして、静かにドアを閉めて、ユキは黒いカップが置かれている場所に座る。もともとわんこっぽいのだが、そんな風にしていると、まるで捨て犬だ。

「スイさん。怒ってる?」

 ちら。と、スイの顔色をうかがってから、ちび。と、ユキがカップに口を付ける。

「別に怒ってなんていないよ」

 苦笑するスイの言葉に、ユキの顔がぱっと明るくなった。

 なんだ? これ??

 セイジは思う。

 この兄弟はこんな感じだったか?
 なんだか、懐きすぎてはいないだろうか?
 あれ? おかしいのは自分なんだろうか?
 混乱してきた。

「で? セージさん何しに来たの?」

 ユキに言われて、セイジははっとした。自分は別に彼らを観察するために来たわけではない。仕事しに来たのだ。
 イマイチ掴めない現状を理解するのはひとまず、後回しにすることにする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...