遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
144 / 378
FiLwT

後日談 ただただイチャコラしたいだけの話 1

しおりを挟む
 とある昼下がり。リビングの壁を見つめて、アキは悩んでいた。
 いろいろ、もろもろあってスイに気持ちが伝わって、今は付き合い始めの一番幸せな時。何の因果か弟と恋人をシェアすることになったけれど、それなりにうまくやっている。と、アキは思っている。

「どうした?」

 壁を見つめるアキの背後から、男性にしては少し高めの声。スイの声だ。振り返ると、この世界で一番可愛い人がいる。
 正直な話、アキは自分はそこそこ、いや結構。かなり、すごく独占欲が強い方だと思う。付き合いたてのこんな可愛い人を半分は弟にとられるとかあり得ないと思っていた。
 でも、意外なことにあまり腹が立つことはなかった。なおかつ、ユキに膝枕をして頭を優しく撫でているスイを見て、何故かほっこりとした気分になるというよくわからない感情にアキも困惑していた。
 ただ、一つだけ気に食わないことがある。

「ん。これ。穴開いたままだろ? ちゃんと直してもらおうかと思って」

 それは、菱川の襲撃のときについてしまった銃弾の跡だった。小さいし、インテリアの一部だと開き直って、ほったらかしにしていた。しかし、警察が発行する特殊業務代行者免許なる長ったらしい名前のライセンスを取得して、仕事の幅を広げようと思い立って、資料を取り寄せたところ、固定の事務所が必要になると明記されていた。そうなると、別の部屋を借りるのも無駄な出費になるし、ここを事務所にしなければいけない。さらにそうなったら、インテリア。では済まされなくなるのは間違いなかった。
 穴を塞ぐだけならいいのだが、へたくそが撃ったために、結構広範囲で直さなければならないのだ。
 また、無駄な出費が増える。と、ため息が出た。

 それはもう仕方ないことだし、諦めている。穴をあけたヤツには腹が立つが、そいつはもう鬼籍に入っているから、代償は払わせたと言える。
 だから、気に食わないことはそれではない。

「……あのさ」

 壁の穴をスイが指でなぞる。細い指が綺麗だと思う。

「ここ。直すなら、壁抜いて、扉付けようか?」

 アキを振り返ってスイが言った。
 いいことを思いついた!とでも言うようなドヤ顔である。まあ、それも可愛いから別にかまわないのだが。
 問題は、そのスイの無防備さなのだ。

「ほら、これちょうどドア付けたらなくなるくらいの大きさだろ? この向こう、俺のとこのリビングだし。ここ通れたら、近道だよな」

 少し考えてから、アキはため息をつく。
 そんなことはもちろん、アキだって先に考えた。スイの部屋はアキとユキの部屋と完全に左右対称になっていて、二人の部屋のリビングの壁の向こうはスイの部屋のリビングだ。そこからいったん外に出ずにスイの部屋へ行けたらいいなんて、付き合いたての恋人が考えないと本当に思っているんだろうか。
 スイは無防備で本当に怖い。自分を煽っているのだろうかと、本気で思う。
 けれど、彼は完全に無自覚なのだ。多分。
 志狼のことでも分かっているのだが、スイは自分に向けられる、なんというか、男の欲望?に無自覚すぎる。スイがいつも劣等感に苛まれているのはしっているけれど、それにしても自分を知らなすぎる。

「スイさん。言ってる意味、分かってる?」

 きょとんとして、スイは考え込んだ。

 くそ。可愛い顔しやがって。

 アキは思う。
 相変わらず、本当にこういうことには疎い。とても、頭のいい人なのに自分のことにはとことん疎い。
 いつも、髪を纏めているから、綺麗なうなじ見せ放題。人付き合いが苦手だからって何かって言うと笑って誤魔化すもんだから、可愛い笑顔見せ放題。狙われていることに気付かないから、男に声かけられ放題。腕に自信があるもんだから、無防備な姿晒し放題。
 その細い首も腰も肩も腕も指先も、柔らかそうな髪も唇も、翠の瞳も、高めの声も、どれだけ飢えた獣を煽っているかなんて気づきもしないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...