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FiLwT
別れが確定事項なら 2
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「成都のシムが連絡くれた。ヤバそうだって」
そう言って、アキは自分の上着を脱いでスイの肩にかける。スイの衣服は返り血でひどく汚れていて、そのまま外に出るのは目立ちすぎると思ったのだろう。いや、それ以上に胸元が裂けて露出しているような格好でスイを歩かせるわけにはいかない。そんな姿をほかの誰にも見せたくはない。
「……シム……さん。ああ……そか」
分かっているのか。分かっていないのかよくわからない表情でスイは呟いた。いつものスイではない。何も考えていないようなその表情は幼い子供のようで、それなのに、その頬には未だ渇いていない血の跡が残っているのがアンバランスで危うく、だからこそユキを目が逸らせないほど魅了した。
「帰ろう? スイさん」
でも、それを知っているのは自分たちだけでいい。ユキは思う。だから、自分の服の袖でスイの頬を拭う。血化粧した悪魔のような姿も、無表情で涙を零す聖女のような姿も知っているのは、兄と自分だけでいい。
少し擽ったそうにユキの手のされるがままに頬を拭われてから、何かを言おうとスイは口を開く。ぱくぱくと、言葉を忘れているように口を動かすけれど、それは声にはならなかった。
「なに? スイさ……」
ユキがスイの言葉を聞こうとするのを邪魔したのは、にわかに聞こえてきた複数の怒声だった。男たちが逃げて行った店舗側の入り口方向から聞こえてくる。
「……あ。出よう。多分。警察だ」
その声にスイの様子がまた変わる。ようやく頭が回転し始めたらしい。
安堵と同時に少しだけ残念に思う。子供のようなスイの表情がとても魅力的だったからだ。
そんなことを考えてから、こんな状況で何考えているんだとユキは自嘲した。
「来る前に……少しだけ。準備しておいた……から」
ユキの腕を離れ、スイは階段の方へ向かおうとして、ふら。と、少し覚束ない足取りになる。致命傷はないようだけれど、恐らく蓄積されたダメージが残っているのだ。殴られてできたであろう傷は外見で分かるだけでも複数あるし、おそらく刃物でつけられたであろう傷も確認できる。自分自身の痛みには驚くほど強いスイだから動くことができているが、ほかの人なら座り込んでしまってもおかしくはない。
手を貸そうとユキが手を伸ばすと、まるでそれを意図的に避けるようにスイは、一歩先へ行ってしまった。足元がおぼつかないことには変わりない。けれど、それよりもずっと気にかかるのは自分自身を守るみたいにアキが肩にかけた上着の前をぎゅ。と、掻き合わせて、いつもよりずっと小さく見える肩を小刻みに震わせていること。それなのに、いや、だからこそ。だ。本当は抱きしめて守りたいと、願望を叶えることができなかった。
「行こう。ユキ」
その背に向かって伸ばした手を、どうすることもできずに握り締めていることに気づいたのはアキだった。きっと、同じ気持ちなのだろう。
「……うん」
ユキの背を軽く叩くそのアキの手に促されるままにユキは歩き出した。
そう言って、アキは自分の上着を脱いでスイの肩にかける。スイの衣服は返り血でひどく汚れていて、そのまま外に出るのは目立ちすぎると思ったのだろう。いや、それ以上に胸元が裂けて露出しているような格好でスイを歩かせるわけにはいかない。そんな姿をほかの誰にも見せたくはない。
「……シム……さん。ああ……そか」
分かっているのか。分かっていないのかよくわからない表情でスイは呟いた。いつものスイではない。何も考えていないようなその表情は幼い子供のようで、それなのに、その頬には未だ渇いていない血の跡が残っているのがアンバランスで危うく、だからこそユキを目が逸らせないほど魅了した。
「帰ろう? スイさん」
でも、それを知っているのは自分たちだけでいい。ユキは思う。だから、自分の服の袖でスイの頬を拭う。血化粧した悪魔のような姿も、無表情で涙を零す聖女のような姿も知っているのは、兄と自分だけでいい。
少し擽ったそうにユキの手のされるがままに頬を拭われてから、何かを言おうとスイは口を開く。ぱくぱくと、言葉を忘れているように口を動かすけれど、それは声にはならなかった。
「なに? スイさ……」
ユキがスイの言葉を聞こうとするのを邪魔したのは、にわかに聞こえてきた複数の怒声だった。男たちが逃げて行った店舗側の入り口方向から聞こえてくる。
「……あ。出よう。多分。警察だ」
その声にスイの様子がまた変わる。ようやく頭が回転し始めたらしい。
安堵と同時に少しだけ残念に思う。子供のようなスイの表情がとても魅力的だったからだ。
そんなことを考えてから、こんな状況で何考えているんだとユキは自嘲した。
「来る前に……少しだけ。準備しておいた……から」
ユキの腕を離れ、スイは階段の方へ向かおうとして、ふら。と、少し覚束ない足取りになる。致命傷はないようだけれど、恐らく蓄積されたダメージが残っているのだ。殴られてできたであろう傷は外見で分かるだけでも複数あるし、おそらく刃物でつけられたであろう傷も確認できる。自分自身の痛みには驚くほど強いスイだから動くことができているが、ほかの人なら座り込んでしまってもおかしくはない。
手を貸そうとユキが手を伸ばすと、まるでそれを意図的に避けるようにスイは、一歩先へ行ってしまった。足元がおぼつかないことには変わりない。けれど、それよりもずっと気にかかるのは自分自身を守るみたいにアキが肩にかけた上着の前をぎゅ。と、掻き合わせて、いつもよりずっと小さく見える肩を小刻みに震わせていること。それなのに、いや、だからこそ。だ。本当は抱きしめて守りたいと、願望を叶えることができなかった。
「行こう。ユキ」
その背に向かって伸ばした手を、どうすることもできずに握り締めていることに気づいたのはアキだった。きっと、同じ気持ちなのだろう。
「……うん」
ユキの背を軽く叩くそのアキの手に促されるままにユキは歩き出した。
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