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「あんたは4人目になる予定だった。あの女の前に2人。証拠隠滅のために自殺させられた。結局、実験はある程度の成功をおさめたってわけ。
けど、面白くない奴もいる。それが四犀会だ」
残り少なくなったコーヒーに口を付けながら、アキが言う。
もう、すっかり動揺の色は見えなくなっている。さすがはプロと言ったところだろうか。
「金出した研究を奪われて、取り返そうと躍起になってる。あんたが襲われた理由はそれだ。
もともとは、被験者であるあんたも生きたまま奪取したいところだったんだろうけど。あの程度の連中じゃな。あいつらは戦技研の動きを張っていたらしい。だから、あんたに行き着いた。
別にエージェントが裏切ったわけじゃない。フラッシュの中に発信機が入っていることには気付いていたかもしれないけど、それを言わないことは、ある意味、契約違反にはならないだろ?」
当たり前だ。
プロである以上、それは注意してしかるべきことなのだと、スイは思う。
「それから、これも想像だけど、エージェントはこの暗号解読が人体実験だって事は知らないと思う。こんな世界だ。依頼内容を偽っていたことが知られたら、この先の信用問題になるからな」
それは、そのとおりだと思う。法に守られない世界で生きているからこそ、自分たちで決めた不文律を遵守することを求められる。それができなければ淘汰されていくだけだ。
「人体実験をしたい戦技研と、研究内容を奪還したい四犀会……か。じゃあ、あんたは?」
彼の行動は、そのどちらの益にもならない。
「“おれたち”の目的はそのフラッシュメモリの回収、および被験者の保護だ。
クライアントの詳細は勘弁してくれる?」
彼の使っている“保護”という(御大層な)言葉からは、彼のクライアントが公的機関であるというニュアンスが多分に読み取れる。
先に述べたとおり、LSTは軍属だ。現在、その最高責任者は内閣総理大臣。下部組織の戦技研の邪魔をする必要はない。邪魔なら閉鎖させればいいだけだ。だから、自衛軍や、内閣調査室は除外していい。
その他にこんな案件に出張って来る公的機関といえば。
「公安……か」
その一言は、アキにというより、確認のためだった。
「コメントは控えておく」
なんだか楽しげに答えるアキにスイは自分の呟きが正しかったのだと理解した。
なんで、こんなに楽しそうなんだろう。
スイは思う。
これが駆け引きだと思っているのは自分だけなんだろうか。彼から情報を聞き出しているつもりで、自分は彼の手の中で転がさせられているだけなんだろうか。
「あんたのクライアントは何故そこまで知ってる? 大体そこまで知ってるなら、研究内容も手に入れられるんじゃないのか?」
この会話を、続けてもいいんだろうか。
会話の内容とは別のことを考える。
なんだろう。
さっきから、違和感がする。
「痛いところつくよな……。実はさっきの話の大学生、結局は研究が進まなくて、戦技研の連中に始末されそうになったところを逃げ出して、俺のクライアントに保護されたんだよ。
研究内容を持ちだしている暇はなかったし、資料のない状態でもう一度それを作り出せるほどの才能もなかった。発見は本当に偶然だったんだ」
一応の筋は通っているが、それだけで信じるわけにはいかない。
ただ、先ほどのナイフの件と考え併せると、全てが真実ではなくても、大筋では嘘をついていないように思う。まあ、言ってしまえば、今この瞬間に彼が自分を拘束して連れ去ろうとするなら、それに抗う術が自分にはない。
「逃げた大学生の情報から、俺たちも、ある程度の“人体実験”の概要はわかってた。俺たちがあんたを張ってたのは、大学生の情報からだ。
ああ、でも、あんたのセカンドハウスを把握していたのはな。情報にあったわけじゃないよ。単純にうちのがうまくやったってこと」
アキの表情に、スイは気付いた。
彼は絶対的に自分とは違う。
こんな時に余裕でいられるのも、動揺した精神をすぐに立て直せるのも、多分、独りではないからだ。信頼できる誰かがいるからだ。
だから、彼は強いんだ。
スイは思う。
だから、自分は弱いんだ。
「最後に、もう一つ聞いていいか?」
だから、聞いてみたくなった。
どうぞ。とジェスチャーでハルが答える。
「microSDを俺が受け取ったのに気付いたのに、すぐに回収しなかったのはどうしてだ?
保護とか言ってるけど、結局は、俺はただの使い捨ての実験体だったわけ?」
microSDを開けば終わる。
それが分かっていて、一晩放置したのだ。
結局スイは気付いて開かなかったが、それはあくまで偶然であって、自分はいつあの黒い女と同じになってもおかしくはなかった。
「いや。回収したけど?」
にっこりと笑って、アキが答える。
悔しいくらいに綺麗な笑顔だった。
「は? 現にここに……」
言った瞬間、スイの背後から目の前に向かって手が伸びてきた
けど、面白くない奴もいる。それが四犀会だ」
残り少なくなったコーヒーに口を付けながら、アキが言う。
もう、すっかり動揺の色は見えなくなっている。さすがはプロと言ったところだろうか。
「金出した研究を奪われて、取り返そうと躍起になってる。あんたが襲われた理由はそれだ。
もともとは、被験者であるあんたも生きたまま奪取したいところだったんだろうけど。あの程度の連中じゃな。あいつらは戦技研の動きを張っていたらしい。だから、あんたに行き着いた。
別にエージェントが裏切ったわけじゃない。フラッシュの中に発信機が入っていることには気付いていたかもしれないけど、それを言わないことは、ある意味、契約違反にはならないだろ?」
当たり前だ。
プロである以上、それは注意してしかるべきことなのだと、スイは思う。
「それから、これも想像だけど、エージェントはこの暗号解読が人体実験だって事は知らないと思う。こんな世界だ。依頼内容を偽っていたことが知られたら、この先の信用問題になるからな」
それは、そのとおりだと思う。法に守られない世界で生きているからこそ、自分たちで決めた不文律を遵守することを求められる。それができなければ淘汰されていくだけだ。
「人体実験をしたい戦技研と、研究内容を奪還したい四犀会……か。じゃあ、あんたは?」
彼の行動は、そのどちらの益にもならない。
「“おれたち”の目的はそのフラッシュメモリの回収、および被験者の保護だ。
クライアントの詳細は勘弁してくれる?」
彼の使っている“保護”という(御大層な)言葉からは、彼のクライアントが公的機関であるというニュアンスが多分に読み取れる。
先に述べたとおり、LSTは軍属だ。現在、その最高責任者は内閣総理大臣。下部組織の戦技研の邪魔をする必要はない。邪魔なら閉鎖させればいいだけだ。だから、自衛軍や、内閣調査室は除外していい。
その他にこんな案件に出張って来る公的機関といえば。
「公安……か」
その一言は、アキにというより、確認のためだった。
「コメントは控えておく」
なんだか楽しげに答えるアキにスイは自分の呟きが正しかったのだと理解した。
なんで、こんなに楽しそうなんだろう。
スイは思う。
これが駆け引きだと思っているのは自分だけなんだろうか。彼から情報を聞き出しているつもりで、自分は彼の手の中で転がさせられているだけなんだろうか。
「あんたのクライアントは何故そこまで知ってる? 大体そこまで知ってるなら、研究内容も手に入れられるんじゃないのか?」
この会話を、続けてもいいんだろうか。
会話の内容とは別のことを考える。
なんだろう。
さっきから、違和感がする。
「痛いところつくよな……。実はさっきの話の大学生、結局は研究が進まなくて、戦技研の連中に始末されそうになったところを逃げ出して、俺のクライアントに保護されたんだよ。
研究内容を持ちだしている暇はなかったし、資料のない状態でもう一度それを作り出せるほどの才能もなかった。発見は本当に偶然だったんだ」
一応の筋は通っているが、それだけで信じるわけにはいかない。
ただ、先ほどのナイフの件と考え併せると、全てが真実ではなくても、大筋では嘘をついていないように思う。まあ、言ってしまえば、今この瞬間に彼が自分を拘束して連れ去ろうとするなら、それに抗う術が自分にはない。
「逃げた大学生の情報から、俺たちも、ある程度の“人体実験”の概要はわかってた。俺たちがあんたを張ってたのは、大学生の情報からだ。
ああ、でも、あんたのセカンドハウスを把握していたのはな。情報にあったわけじゃないよ。単純にうちのがうまくやったってこと」
アキの表情に、スイは気付いた。
彼は絶対的に自分とは違う。
こんな時に余裕でいられるのも、動揺した精神をすぐに立て直せるのも、多分、独りではないからだ。信頼できる誰かがいるからだ。
だから、彼は強いんだ。
スイは思う。
だから、自分は弱いんだ。
「最後に、もう一つ聞いていいか?」
だから、聞いてみたくなった。
どうぞ。とジェスチャーでハルが答える。
「microSDを俺が受け取ったのに気付いたのに、すぐに回収しなかったのはどうしてだ?
保護とか言ってるけど、結局は、俺はただの使い捨ての実験体だったわけ?」
microSDを開けば終わる。
それが分かっていて、一晩放置したのだ。
結局スイは気付いて開かなかったが、それはあくまで偶然であって、自分はいつあの黒い女と同じになってもおかしくはなかった。
「いや。回収したけど?」
にっこりと笑って、アキが答える。
悔しいくらいに綺麗な笑顔だった。
「は? 現にここに……」
言った瞬間、スイの背後から目の前に向かって手が伸びてきた
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