367 / 392
月夕に落ちる雨の名は
幕間 三食昼寝溺愛付き 後編 5
しおりを挟む
「このまま、閉じ込めたい」
冗談かと思った。けれど、鈴の顔は真剣だった。
その手が髪を梳く。そのまま、頰を撫で、首筋を滑る。そして、二の腕を掠めて、ぎゅ。と、手首を握った。
熱い。
「菫さんが、俺以外のこと考えてるのが嫌だし、ほかのヤツが菫さんのことほしいって思ってるのも嫌です。誰のことも見ていてほしくないし、誰の目にも触れさせたくない」
菫の目を鈴は真っ直ぐに見つめる。痛いくらいに掴まれた手が、これが夢ではないのだと伝えていた。
「怖い……ですか?」
鈴の問いに、菫はごくり。と、喉を上下させる。
それから、ゆっくりと、はっきりと、首を横に振った。
「いいよ。鈴ならいい」
捨てたくないものはたくさんある。
兄。祖母。仕事。友達。それに縁。
けれど、わかっている。
それを全部合わせても、鈴の方を選ぶ自分がいること。
「だから、甘やかさないで」
菫の答えに、やはり鈴は困ったような顔になる。そして、やはり隠せない歓喜。
「ごめんなさい。こんなことを言って。無理やり言わせたのに、菫さんの言葉。喜んでる」
手を離す代わりにぎゅ。と、強く抱きしめられる。痛いほどの抱擁が堪らなく、心地良い。
「違うよ。鈴」
だから、菫は言った。
「鈴にそんなことまで言ってもらって。喜んでるのは俺の方だ」
菫は鈴の目を見返す。
その言葉は本心だ。
本当に閉じ込められたら、もしかしたら、息苦しくなる日が来るかもしれない。いや、きっと来るだろう。ただ、想像する。束縛したい。されたいと願う今の自分たちを否定したら、いつか鈴の、自分のどこかが壊れる。そうなったら、もう、直すことは不可能だ。
「菫さん……」
菫だって分かっている。閉じ込めたい。なんて、ただの比喩だ。
普通に考えたら、ただ、変な隠し事をせずに全部話して、鈴だけを好きだと伝え続ければ済むという話なのだ。今回のことだって、巻き込まれたときにすぐに鈴に助けを求めていれば、鈴を不安にさせることなんてなかった。
ただそれだけのことなのだ。
「鈴になら。閉じ込められたって……いいよ」
だから、そんなことを本気で考えているなんて、重いのは菫の方だ。
それでも、言ってあげたかった。
「鈴になら何をされても」
あの日『そんなものいない』と、無責任に言ったように。
ただ、それは言葉にすると酷くありふれていて、陳腐に感じた。心を込めたつもりだけれど、まるで、三文芝居のようだ。
「俺は、鈴が好きだから」
鈴が望んでいるように、言ってあげたい。自分が思っているように伝えたい。言っている言葉に嘘はないけれど、上手い言葉が見つからない。もどかしい。
こんな言葉では鈴の不安は。怯えは消えないのに。
と、心の中で呟いた、自分自身の言葉にはっとする。
冗談かと思った。けれど、鈴の顔は真剣だった。
その手が髪を梳く。そのまま、頰を撫で、首筋を滑る。そして、二の腕を掠めて、ぎゅ。と、手首を握った。
熱い。
「菫さんが、俺以外のこと考えてるのが嫌だし、ほかのヤツが菫さんのことほしいって思ってるのも嫌です。誰のことも見ていてほしくないし、誰の目にも触れさせたくない」
菫の目を鈴は真っ直ぐに見つめる。痛いくらいに掴まれた手が、これが夢ではないのだと伝えていた。
「怖い……ですか?」
鈴の問いに、菫はごくり。と、喉を上下させる。
それから、ゆっくりと、はっきりと、首を横に振った。
「いいよ。鈴ならいい」
捨てたくないものはたくさんある。
兄。祖母。仕事。友達。それに縁。
けれど、わかっている。
それを全部合わせても、鈴の方を選ぶ自分がいること。
「だから、甘やかさないで」
菫の答えに、やはり鈴は困ったような顔になる。そして、やはり隠せない歓喜。
「ごめんなさい。こんなことを言って。無理やり言わせたのに、菫さんの言葉。喜んでる」
手を離す代わりにぎゅ。と、強く抱きしめられる。痛いほどの抱擁が堪らなく、心地良い。
「違うよ。鈴」
だから、菫は言った。
「鈴にそんなことまで言ってもらって。喜んでるのは俺の方だ」
菫は鈴の目を見返す。
その言葉は本心だ。
本当に閉じ込められたら、もしかしたら、息苦しくなる日が来るかもしれない。いや、きっと来るだろう。ただ、想像する。束縛したい。されたいと願う今の自分たちを否定したら、いつか鈴の、自分のどこかが壊れる。そうなったら、もう、直すことは不可能だ。
「菫さん……」
菫だって分かっている。閉じ込めたい。なんて、ただの比喩だ。
普通に考えたら、ただ、変な隠し事をせずに全部話して、鈴だけを好きだと伝え続ければ済むという話なのだ。今回のことだって、巻き込まれたときにすぐに鈴に助けを求めていれば、鈴を不安にさせることなんてなかった。
ただそれだけのことなのだ。
「鈴になら。閉じ込められたって……いいよ」
だから、そんなことを本気で考えているなんて、重いのは菫の方だ。
それでも、言ってあげたかった。
「鈴になら何をされても」
あの日『そんなものいない』と、無責任に言ったように。
ただ、それは言葉にすると酷くありふれていて、陳腐に感じた。心を込めたつもりだけれど、まるで、三文芝居のようだ。
「俺は、鈴が好きだから」
鈴が望んでいるように、言ってあげたい。自分が思っているように伝えたい。言っている言葉に嘘はないけれど、上手い言葉が見つからない。もどかしい。
こんな言葉では鈴の不安は。怯えは消えないのに。
と、心の中で呟いた、自分自身の言葉にはっとする。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる