真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

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 菫の唇はいつもよりも少し冷たかった。もしかしたら、涙で濡れていたからかもしれない。
 いつもよりも、ずっと長く、そうしていた。菫はいつもと同じように、全部。受け入れてくれた。

「菫さん」

 菫の唇を解放してから、もう一度、鈴はその名前を呼ぶ。閉じていた瞼が開いたけれど、それはあの淡く光る色ではなく、いつもの少しだけ色素の薄い栗色の瞳だった。

「……なにから。言ったらいいのか。その」

 言いたいことがたくさんありすぎて、言葉に詰まる。少し潤んだ瞳は何も言わず、少しも逸らされることなく鈴を見ているけれど、急かされているとは感じない。ただ、全部を全部。受け入れてくれるとその目が言っているようだった。

「俺も。菫さんが好きです。何にも変わってないです。や。昨日よりも。好きです」

 鈴の言葉に、菫の瞳がまた、潤む。泣き出してしまうかと思って、少し焦るけれど、菫は恥ずかしげに。けれど、嬉しそうに微笑んでくれた。

「LINE。ずっと既読すらつけなくてごめんなさい。頭。冷やしたくて」

 菫の身体を離して、ベッドの上で座らせて、ベッドの端に座って、鈴はその顔を正面から見た。

「頭に血が上って……その。あのままじゃ、菫さんのこと。誰からも見えないように閉じ込めたいとか。思ってました。……引きますよね。化け物なんかより、俺のが全然危ない」

 あの昏い嵐を思い出す。
 自分が別のものになってしまっていたように感じる。けれど、あれも紛れもなく自分自身なのだ。
 しかも、鈴はおそらく、自分ではその自分を止められない。
 あの鈴の音が、すぐに見えなくなってしまった菫からのメッセージがなかったら、どうなっていたか分からない。

「だから、近づかない方がいいと思ったんです」

 驚いたような菫の表情が居たたまれなくて、鈴は顔を伏せた。本当のこととはいえ、こんな告白が重くないわけがない。ただ、今は嘘はつけない。菫は全部話してくれた。だから、鈴も全部話さなければいけないと思う。

「これが、俺の本心です。俺だって。菫さんが望むような、俺にはなれない」

 俯いたまま吐き出すように言うと、菫の手がそ。っと、鈴の手に重なった。
 温かい。
 顔を上げると、菫は笑ってくれた。いつもの優しい笑顔だった。
 ほう。
 と、ため息が漏れる。喉の奥に詰まっていた何かが消えていくような気がした。

「約束のことは……菫さんは悪くないです。菫さんがそういう人だって、知っていて、あそこへ行かないでほしいって言いました。きっと、菫さんが悩むだろうってわかっていたくせに。あいつに会ってほしくなくて」

 ベッドの端に座って、ぎゅ。と、菫の両手を鈴は握り締める。自分を曝け出すのは怖かったけれど、菫にばかり辛いことを言わせて、自分だけが逃げることはもう、できなかった。

「俺は、菫さんとあいつの間に『縁』があることは分かってたんです。前世とかそういうのは、見えるわけじゃないけれど。葉さんと貴志狼さんみたいに繋がっているのが見えた」

 驚いた表情を浮かべながら、それでも、菫は何も言わなかった。口を挟まずにただ、鈴の言葉を聞いていた。

「『縁』が全てを決めるわけじゃないのはわかってます。それでも。怖かった」
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