真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

今は昔 5 野の花 2

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 そんなときだった。

 女にとっては、異性から身を飾るものを貰うことなど、初めてだった。女友だちは少なくはなかったし、里の娘たちと誰それが町で可愛らしい根付を土産に買ってくれただの、結い紐を貰ったのと話をしたことはあった。けれど、女は自分が決して美しいほうだとは思っていなかったし、親もなかったから年頃になっても嫁の貰い手も決まってはいなかった。
 もちろん、簪なんて綺麗なものを貰える日が来るなんて思ってもいなかったし、その相手が密かな思いを寄せる相手だなんて想像もしていなかった。
 そばにいられれば良かったし、声をかけてもらえるだけで十分幸せだったのだ。
 だから、怖くなった。

 女は何も持っていない。
 差し出せるものなどもう、一つしか残ってはいなかった。

「のぶ様にはこれを。
 つまらない、野の花ですが。
 この菫を。あなたに。
 もらって、くださいますか?」

 何処にでも咲いている小さな花を手渡して、女は言った。
 何処にでも咲いている小さな青紫色の花は、彼女と同じ名だった。

「……随分と安く見られたものだな」

 己の手に小さな花を手渡して、その小さな手を重ねた女をじっと見つめて、黒い狐は呟く。言葉は冷たい。

「だが。まあ、バケモノには過ぎた花だ」

 けれど、裏腹に表情は優しい。その気になれば、どんなものでも手に入れられる力も、知恵も、長い命も持っているその狐が望んだのは、ほかでもない。目の前の、どこにでも咲いている小さな花だけだった。

「遠慮はせんぞ? 貰い受ける」

 そうして、その大きな腕が、菫を抱きしめる。

「……枯れるまででいいのです」

 女は。菫は小さく呟いた。人である身の自分が長くその狐といることができないことくらいは、分かっていた。それでも、望まれている限りは共に在りたいと誓う。

「阿呆だな。過ぎた花だと言っておろう。釣りは出せぬ故、このバケモノが朽ちるまでは、愛でてやろうから、覚悟しておけ?」

 そう言って、征伸は笑った。

 今は昔。
 嵐に花が散る前の出来事だった。
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