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月夕に落ちる雨の名は
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空気は重かった。暑いから。ではない。鈴の表情がまるで、彫刻のように固まっているからだ。
鈴は元々表情が豊かな方ではない。バイトをしている時、図書館で本を選んでいるとき、大学の友人といるとき。菫が遠くから鈴を見かけるときは大抵、その整った顔にそれとわかるほどのどんな表情も浮かんでいることはない。
それに対して菫といるとき、鈴はいろいろな表情を見せてくれる。楽しそうな顔。焦ったような顔。困ったような顔。拗ねたような顔。それから、優しい笑顔。どの顔も、菫は好きだった。
けれど、今、鈴が菫に向けている顔が怖い。
「菫さん」
名を呼ばれて、思わず肩をすくめる。いつもは甘いと感じる低い声がやけに冷たい。
「……どして。ここに……?」
呟いた自分自身の声が酷く掠れているのが菫の耳に届いた。それがまるで他人事のように思える。喉が渇いて仕方ない。
「それを菫さんが聞くんですか?」
そう言いながらも、鈴は握っていた手を開いて見せた。そこにはあのとき菫が鈴にあげた鈴があった。
鈴は菫が怪異にあうとそれが鳴ると言っていた。以前、ここへ菫が来たときも、鳴ったらしい。あの日、ここで黒羽に会った。けれど、今日、菫は黒羽に会ってはいない。他に鈴が鳴りそうな何にも会ってはいないのだ。
「あの……鈴」
「あいつに会いに来たんですか?」
それまで何もなかった鈴の顔に表情がのる。それは、怒りというよりも嫌悪感に近い表情だったように菫は思う。
「……鈴」
その嫌悪感が自分に向けられているのだと思うと、声が詰まって言葉が上手く出てこなかった。怖い。きっと、ここで間違った返答をしたら、鈴は許してはくれない。終わってしまう。
「……あの」
何か言わなければいけないと思う。焦るほどに喉の奥がぎゅ。と、締め付けられるようで言葉にならない。鈴の見ていられなくて、菫は顔を伏せた。
沈黙が流れる。
遠くから、車が通りすぎる音がする。
セミの鳴き声。
さわさわ。と、ざわめき。
足元に松の枝の木漏れ日が作る影。西日の作り出す強烈なコントラスト。
背中を汗が伝う感触。肩にかけたトートバックを握る手にも汗が滲む。
さっきまでも、こんなに暑かっただろうか。
酷く、息苦しい。まるで、熱した水の中にいるようだ。
ぱくぱく。と、口を動かしても、酸素が肺まで届かない。
だから、言葉が出てこない。
色々な思いが、巡る。
その時間は、菫には永遠のように感じられた。
鈴は元々表情が豊かな方ではない。バイトをしている時、図書館で本を選んでいるとき、大学の友人といるとき。菫が遠くから鈴を見かけるときは大抵、その整った顔にそれとわかるほどのどんな表情も浮かんでいることはない。
それに対して菫といるとき、鈴はいろいろな表情を見せてくれる。楽しそうな顔。焦ったような顔。困ったような顔。拗ねたような顔。それから、優しい笑顔。どの顔も、菫は好きだった。
けれど、今、鈴が菫に向けている顔が怖い。
「菫さん」
名を呼ばれて、思わず肩をすくめる。いつもは甘いと感じる低い声がやけに冷たい。
「……どして。ここに……?」
呟いた自分自身の声が酷く掠れているのが菫の耳に届いた。それがまるで他人事のように思える。喉が渇いて仕方ない。
「それを菫さんが聞くんですか?」
そう言いながらも、鈴は握っていた手を開いて見せた。そこにはあのとき菫が鈴にあげた鈴があった。
鈴は菫が怪異にあうとそれが鳴ると言っていた。以前、ここへ菫が来たときも、鳴ったらしい。あの日、ここで黒羽に会った。けれど、今日、菫は黒羽に会ってはいない。他に鈴が鳴りそうな何にも会ってはいないのだ。
「あの……鈴」
「あいつに会いに来たんですか?」
それまで何もなかった鈴の顔に表情がのる。それは、怒りというよりも嫌悪感に近い表情だったように菫は思う。
「……鈴」
その嫌悪感が自分に向けられているのだと思うと、声が詰まって言葉が上手く出てこなかった。怖い。きっと、ここで間違った返答をしたら、鈴は許してはくれない。終わってしまう。
「……あの」
何か言わなければいけないと思う。焦るほどに喉の奥がぎゅ。と、締め付けられるようで言葉にならない。鈴の見ていられなくて、菫は顔を伏せた。
沈黙が流れる。
遠くから、車が通りすぎる音がする。
セミの鳴き声。
さわさわ。と、ざわめき。
足元に松の枝の木漏れ日が作る影。西日の作り出す強烈なコントラスト。
背中を汗が伝う感触。肩にかけたトートバックを握る手にも汗が滲む。
さっきまでも、こんなに暑かっただろうか。
酷く、息苦しい。まるで、熱した水の中にいるようだ。
ぱくぱく。と、口を動かしても、酸素が肺まで届かない。
だから、言葉が出てこない。
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その時間は、菫には永遠のように感じられた。
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