真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
299 / 392
月夕に落ちる雨の名は

4 選択 1

しおりを挟む
 正直に話をするならば、菫はもう、関わりたくはなかった。

 菫は自分をごく平凡な人間だと思っている。特別な力があるとか、過去に因縁があるとか、そんな思考は中学二年生の頃にすら持ち合わせてはいなかった。霊が見えるという多少変わった特殊技能があるけれど、出会ってないだけでそんなにレアケースだとも思っていなかったし、そのほかに変わったところなど一つもない。
 人よりもお人好しだとは思うけれど、自己犠牲とかそんなレベルまではいかない。自分が大事だし、自分を犠牲にしても誰かを助けたいとかいうシチュエーションに出会ったこともない。

 だから、そんな夢を見たって、少しばかり長い映画を妙にリアルな視点で見ているという感想しかなかった。

 昨日までは。

 ロッカーから締め出された後、鈴に会いに行ったけれど、結局何も話すことはできなかった。
 ただ、高熱を出した自分を家まで送り届けてくれたお礼と、他愛のない雑談をして、昨夜は別れた。もちろん、今日が仕事だったからでもある。けれど、もっと、大きな理由は、少しよそよそしく感じられる鈴の仕草と、そんな鈴に黒羽と会っていたことを話せない自分が酷く居心地が悪かったからだ。

 黒羽にあったことは不可抗力だ。新三に引っ張られたからで、菫が会いたくて会ったわけではない。だから、隠さないほうがいいことは分かっている。分かってはいるのに、少し陰りのある鈴の表情を見たら、何も言えなくなった。
 やはり、記憶のない間に、鈴の気分を悪くさせるようなことを言ってしまっていたのだろうかと、不安になる。それが、黒羽に関することのような気がしてならない。

 だから、もう、黒羽のことに関わってはいけないと思っていた。黒羽のことは、鈴を悲しませてまでこだわることではない。
 そう思っていたのに、状況が変わってしまった。

 新三の話に嘘はないと、菫は思う。
 別に、新三が嘘を吐く意味がないとか、そんな嘘を吐いても得するわけではないとか、そんなことを言っているのではない。その嘘にどんな合理性や損得が関わっているかなんて、考える意味なんてないのだ。狐は化かす性質のものだ。そんなこと、鈴や黒羽に言われなくても分かっている。と、思う。
 それでも、新三の言葉には嘘はないと、菫は思う。

 そして、最近になって見るようになった夢は、それを裏付けている気がする。
 化け狐と、その狐への生贄にされた娘の夢。歴史には明るくないが、明らかに明治よりは古い時代だったと思う。
 図書館の資料で読んだ昔話とは全く違う。でも、昔話と同じ名前の狐が出てくる夢。紙に書かれた歴史なんて為政者の都合のいいように改竄されるのは珍しいことではないから、もしかしたら、菫が見ている夢のようなことが本当にあったとしてもおかしくはない。ただ、本当にそれが真実だとすると、もっと受け入れがたい事実を受け入れないといけなくなる。

 菫は、かつてあの場にいた誰かであったということ。
 もっと言えば、誰かの生まれ変わりではないかということだ。

 霊が見えるとか、そんなことよりもずっと、信じがたい。
 菫は魂が別の人間として生まれ変わることがあるかもしれないと、漠然と思ってはいた。宗教的な意味は殆どない。神様がどうとか言うつもりもない。ただ、世界はそんな理を持っているように思えただけだ。
 ただ、その理の中で前に生きた命のことを覚えているのは反則のような気がしていたのも事実だ。忘れることが生まれ変わる条件なのだと思っていた。

 前世がどうのとか、誰それの生まれ変わりだとか、そんなことは本当にイレギュラーなことで、平凡なモブの自分には関係のない世界のことだ。自分だって、誰かの生まれ変わりのだろう。きっと、その生まれ変わる前の自分だって、等しくモブだったに違いない。
 ドラマチックな人生なんて、自分には相応しくない。
 そんな根拠のない確信は、あの市立図書館地下書庫奥のあるはずのない扉が、あの由緒正しい社に繋がったときに崩れ去ったのだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...