真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
287 / 392
月夕に落ちる雨の名は

2 またかよ 1

しおりを挟む
 市民センター男子更衣室の(女子の方も同じかもしれないけれど)ロッカーの幅は狭い。隣のロッカーを使用している市正規職員さんをして『こんなほっそいロッカー売ってるんだ……』と、言わしめた代物で、恐らく幅は30㎝ないくらいだ。高さは180㎝くらいはある。だから、無理をすれば、菫のような細い人物なら中に入れないこともないだろう。
 ただし、それは、中に何も入っていなければ。という、前提がつく。
 もちろん、菫のロッカーの中には着替えも入っているし、下履きも入っているし、通勤用バッグもランチボックスも。その他もろもろ私物が入っている。網棚もあるし、フックや鏡もあって、実際に大人が入るのは無理だ。

 けれど、開いた扉の中に菫は引き込まれた。
 無理矢理に。だ。
 ぐい。と、手首を強く掴まれて、ロッカーの入り口や扉にあちこちぶつけながら引っ張り込まれて、地面に投げ出される。

 ああ。この感じ、知ってるわ。

 と、倒れ込みながら思うと、案の定、松葉が散り敷いている地面は柔らかく迎えてくれた。

「……てえ」

 だから、痛い。と、表現したのはただの嫌味だ。恐らく、ここへ無理矢理連れてきた人物(?)に恨み言を言いたいだけだった。

「またかよ」

 顔を上げる。
 そこにいたのは、ほぼ、想像した通りの相手だった。

「……えっと。新三だっけ?」

 『ほぼ』と、表現したのは、こっちではなく、もふさ。の方で現れると思っていたからだ。
 浅葱の袴に白の着物。よく見る若い神職の格好をした少年の姿。菫が猫にされたあの夜に見たままの姿だった。正直、もふさ。のほうだったら、もう一人の冴夜という女の子との見分けはつかなかっただろうと思う。

「今日は何の用? 俺、忙しいんだけど」

 毎回毎回、鈴との待ち合わせの日を狙ったようにやってくる狐に、最早恒例行事と諦めに似た気持ちになってしまう。何と言って頼んでも、きっと、こうやって引っ張るのをこいつらはやめてはくれないだろう。だったら、さっさということを聞いてやって、解放させるしかない。

「時間がない」

 けれど、以前あったときと、新三の表情は違っていた。以前あったときは思春期特有のどこか生意気そうな雰囲気だったのに、表情が暗い。切羽詰まっているようで、思わず心配してしまいそうになって、相手は狐なのだと気を引き締める。

「頼む。黒様を助けてくれ」

 菫の前で直角になるくらいに頭を下げて、新三は言った。そのまま頭を上げようともしない。

「え? ちょ。黒様って……」

「頼む」

 菫の戸惑いの声にも顔をあげることもせずに新三は頭を下げていた。

「……黒様って……のぶ……のこと?」

 その名を読んだ途端に、弾かれたように新三が顔を上げた。酷く驚いた様子で菫の顔を見ている。

「……そう呼んでるのか? あの人が。許したのか?」

 誰に向けたのか分からないような呆けた問い。聞いている相手は菫ではないように思えた。

「え? あ。うん。黒羽って、呼ぶなって言うし。ええっと。本名。呼んだらまずいかな。って思って」

 聞かれているのが自分とは思えなかったけれど、答えると、新三はしばらくまた驚いた顔で何かを考えていたようだったけれど、決意したように顔をあげて、真っ直ぐな目で菫を見た。恥じらいとか、悪意とか、いたずら心とか、そんなものは何も感じられない真っすぐな瞳。その色は、ぼう。と、赤が滲みだすような色だった。

「お願いします。黒様を黒羽様も助けてください。きっと、あなたしかできない」

 姿勢を正して、新三はもう一度言った。

「このままじゃ、来年……や。冬だって迎えられない。あの人が消えてしまう」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

処理中です...