真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

今は昔 1-3

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 里のものは身寄りのない女に優しかった。増税を繰り返す今の領主が跡を継ぐまでは、裕福でないまでも親を亡くして一人ぼっちの少女に少しずつの優しさを分けてくれたし、その小さな優しさがいくつも集まって彼女を生かしてくれたのだ。
 だから、生贄を選べと城主に命令されたとき、女は誰に言われるでもなく、自ら志願した。他の誰にも、自分を犠牲にした心の負い目を負わせたくなかったし、面と向かって自分を名指しされるのも怖かった。優しかった里に優しいままでいてほしかった。

「私が返されたら、違うものが選ばれるでしょう。そんなことになっては、困るんです」

 もちろん、誰かがほかに選ばれるのも見たくなかったのも理由の一つだ。そんな彼女の決意に里のものたちは深く感謝して、戻って来てもいいのだと言ってくれた。しかし。いや、だからこそ、彼女は戻るわけにはいかなかった。
 だから、『いらん』と言われても、毎晩この道を通っていた。

「どうか、私をお納めください」

 大狐の前に膝を負って、頭をたれ、女はすでに何度も言ってきた言葉を、もう一度繰り返す。

「いらん。間に合っておる」

 また、その手がひらひら。と、振られる。長い爪が松葉の間を抜けた月明かりにきらり。と、光った。

「では、その爪で私を引き裂いてくださいませ」

 女はその腕に縋って言った。触れた腕は人のそれと同じで温かい。

「私が帰らなければ、あなた様がイケニエを受け取ったことになるでしょう。どうせ、私のようなものが一人で生きてはいけません。それなら、せめて、誰かの役に立って死にたい」

 ぎゅ。と、掴んだ腕に力を籠める。

「黒羽狐様」

 そうして、長いこと頭を下げてから、顔を上げると、眉の間に皺を寄せて、狐は女を見ていた。怒っているというわけではない。迷惑というわけでもなさそうだ。ただ、酷く困っている。と、いう表情。

「くそ。……これだから、人間は……」

 頭の後ろを掻いて、吐き捨てるように男が言う。

「……お前。名は?」

 諦めたように大きくため息をついて、男が訊ねる。

「はい。私は……」
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