真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

今は昔 1-1

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 太陽とは違う、白く清かな月が散り敷いた松葉の上に、影を落とすよく晴れた月の宵だった。松の木の間を縫うように細い道が続いている。
 その道を女が一人歩いていた。一点の穢れもない白い着物に白い帯。艶のある長い髪を背中で簡単に纏めている。口元には赤い紅が引かれて、それだけが世界の色のようだ。
 何の音もない。風もない。雲も見えない。静かな林にただ、深く積もった松葉を踏む音がする。

 その林は人の世界ではなかった。かと言って、魑魅魍魎の住まう場所と言うわけでもない。人の世と、そうでないものが息づく場所の境。それが、この林だと、里のものは皆知っていた。
 そこには一匹の大狐が住んでいる。弱い数百年を経ていると言われている化け狐だ。
 化けて化かす性質に違わず、その大狐は人を化かす。

 それでも、里のものは誰一人としてそれを恐れることはなかった。

 狐が化かすのはいつでも、弱い里のものではなく、力を持って里のものを従わせようとしたり、人を騙して金儲けをしようとするものばかりだったからだ。あるときは、多くの税を課して里のものを苦しめた殿様。あるときは、力を持って金品を奪おうとするならず者。そして、あるときは、狡賢い商人。
 大っぴらに言うことはできずとも、皆、狐が好きだった。
 狐が悪人を懲らしめるたびに、里人たちは彼を密かに称賛し、林の中の狐の通り道にお礼の品を置いた。

 まだ、人と人ならざる者の距離が近かった時分。
 恐れることはなくとも、彼らの領域を犯すようなことを、里人は敢えてしたりはしない。ただ、狐が、その眷属が、その林に住むことを許されているものたちが、静かに暮らすことができるようにすることも、表立って称賛できない英雄への里人からのお礼の一つだったのだ。

 そんな静かな林の小道を一人の女が歩いている。女とてこの林のことはよく知っている。他の里のものと気持ちは同じだ。できることなら、この林に立ち入りたくはない。それでも、女がそこにいるのには訳があった。
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