268 / 392
栞
1 濃厚接触者 4
しおりを挟む
「それはよかった。いやあ。でも、気を付けたまえよ? 池井君が今朝からなんだか顔色が芳しくないからね」
ちらり。と、菫の顔を見て、小柏が言う。その顔にはさっきの意地の悪い笑顔がまた、堪えきれずにはみ出してしまっていた。
「[[rb:濃厚 > ・・]]接触者だろう?」
彼女の頭には角が。そして、背中には蝙蝠の羽根が見える。くく。と、声を押し殺して笑う姿はまさにアレだ。
「す……鈴。教授に呼びだされてるんだろ? 早く行ったほうがいいよ?」
居たたまれなくなって、菫は助け舟を出した。渡りに船とそれにのって、鈴はまた、曖昧な返事を残して図書館を後にする。
帰り際、ちらり。と、視線を菫に寄越す。何か、言いたそうだと思うけれど、小柏の前では聞けなかった。
「おやおや。申し訳なかった。かな?」
くすくす。と、笑いながら、小柏は言う。
「……イジメないでください。来てくれなくなっちゃいますよ」
横目で睨みながら菫は答えた。
「心外だね。別にイジメているつもりは毛頭ない。事実を的確に述べただけだよ? 北島君は池井君のいる日しか来ないから。まるで、シフトを知ってるみたいに。ね」
どうやら、小柏は鈴から菫にターゲットを変更したらしい。
「……小柏さんが苦手なんじゃないですか? そうやって絡むから」
いつもの菫なら、『小柏さんの気のせいです』とかいって、誤魔化そうとして誤魔化しきれなくなっていたか、『そんなの教えているわけないじゃないですか!』とか、慌てふためいていたかどっちかだろう。けれど、今日はつい、そんなふうに言ってしまった。人が良くて、臆病で、八方美人と自覚がある菫にしては珍しい。少しきつめの返答。言ってから、しまった。と、思う。
「お? 池井君にしては辛辣だね」
少し驚いた顔をしたけれど、小柏は全く意に介していないようだった。
「うん……イライラするくらいに体調が悪いなら、帰りなさい」
そして、まるで、保護者のような口調になって言うのだ。それこそ、思春期を迎えた三男に『うるせえ。ばばあ』と言われた母親くらいの余裕だ。
「朝から、具合悪かったんでしょ? 石川さんお休みしてるから、人手が足りないって心配なんだろうけど……」
その顔は、やはり何でもお見通しだよ。と、いう顔だった。
確かに、朝から身体が重い。ここ数日、体調が悪いという自覚はあった。ただ、職場で例のウイルスによる感染症で欠員が出ていたし、慢性的に人手不足なのは分かっているから、口に出してはいない。態度に出したつもりもない。それでも、隠しきれないほどの酷い顔をしていたのか、単に小柏が目ざといだけなのかはわからない。
「利用者さんにはお年寄りも多いんだから、感染症はいただけない」
しっし。と、手を振って彼女は続ける。
「大体。君一人いなくなったところで、これだけ暇なんだからなんにも変わらないよ」
少しばかりきつい言い方なのだが、それが彼女の優しさなのだと、菫は知っていた。
「……はい」
だから、菫はそのかなり天邪鬼な優しさに従うことにした。
ちらり。と、菫の顔を見て、小柏が言う。その顔にはさっきの意地の悪い笑顔がまた、堪えきれずにはみ出してしまっていた。
「[[rb:濃厚 > ・・]]接触者だろう?」
彼女の頭には角が。そして、背中には蝙蝠の羽根が見える。くく。と、声を押し殺して笑う姿はまさにアレだ。
「す……鈴。教授に呼びだされてるんだろ? 早く行ったほうがいいよ?」
居たたまれなくなって、菫は助け舟を出した。渡りに船とそれにのって、鈴はまた、曖昧な返事を残して図書館を後にする。
帰り際、ちらり。と、視線を菫に寄越す。何か、言いたそうだと思うけれど、小柏の前では聞けなかった。
「おやおや。申し訳なかった。かな?」
くすくす。と、笑いながら、小柏は言う。
「……イジメないでください。来てくれなくなっちゃいますよ」
横目で睨みながら菫は答えた。
「心外だね。別にイジメているつもりは毛頭ない。事実を的確に述べただけだよ? 北島君は池井君のいる日しか来ないから。まるで、シフトを知ってるみたいに。ね」
どうやら、小柏は鈴から菫にターゲットを変更したらしい。
「……小柏さんが苦手なんじゃないですか? そうやって絡むから」
いつもの菫なら、『小柏さんの気のせいです』とかいって、誤魔化そうとして誤魔化しきれなくなっていたか、『そんなの教えているわけないじゃないですか!』とか、慌てふためいていたかどっちかだろう。けれど、今日はつい、そんなふうに言ってしまった。人が良くて、臆病で、八方美人と自覚がある菫にしては珍しい。少しきつめの返答。言ってから、しまった。と、思う。
「お? 池井君にしては辛辣だね」
少し驚いた顔をしたけれど、小柏は全く意に介していないようだった。
「うん……イライラするくらいに体調が悪いなら、帰りなさい」
そして、まるで、保護者のような口調になって言うのだ。それこそ、思春期を迎えた三男に『うるせえ。ばばあ』と言われた母親くらいの余裕だ。
「朝から、具合悪かったんでしょ? 石川さんお休みしてるから、人手が足りないって心配なんだろうけど……」
その顔は、やはり何でもお見通しだよ。と、いう顔だった。
確かに、朝から身体が重い。ここ数日、体調が悪いという自覚はあった。ただ、職場で例のウイルスによる感染症で欠員が出ていたし、慢性的に人手不足なのは分かっているから、口に出してはいない。態度に出したつもりもない。それでも、隠しきれないほどの酷い顔をしていたのか、単に小柏が目ざといだけなのかはわからない。
「利用者さんにはお年寄りも多いんだから、感染症はいただけない」
しっし。と、手を振って彼女は続ける。
「大体。君一人いなくなったところで、これだけ暇なんだからなんにも変わらないよ」
少しばかりきつい言い方なのだが、それが彼女の優しさなのだと、菫は知っていた。
「……はい」
だから、菫はそのかなり天邪鬼な優しさに従うことにした。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる