真鍮とアイオライト 1

司書Y

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1 濃厚接触者 4

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「それはよかった。いやあ。でも、気を付けたまえよ? 池井君が今朝からなんだか顔色が芳しくないからね」

 ちらり。と、菫の顔を見て、小柏が言う。その顔にはさっきの意地の悪い笑顔がまた、堪えきれずにはみ出してしまっていた。

「[[rb:濃厚 > ・・]]接触者だろう?」
 
 彼女の頭には角が。そして、背中には蝙蝠の羽根が見える。くく。と、声を押し殺して笑う姿はまさにアレだ。

「す……鈴。教授に呼びだされてるんだろ? 早く行ったほうがいいよ?」

 居たたまれなくなって、菫は助け舟を出した。渡りに船とそれにのって、鈴はまた、曖昧な返事を残して図書館を後にする。
 帰り際、ちらり。と、視線を菫に寄越す。何か、言いたそうだと思うけれど、小柏の前では聞けなかった。

「おやおや。申し訳なかった。かな?」

 くすくす。と、笑いながら、小柏は言う。

「……イジメないでください。来てくれなくなっちゃいますよ」

 横目で睨みながら菫は答えた。

「心外だね。別にイジメているつもりは毛頭ない。事実を的確に述べただけだよ? 北島君は池井君のいる日しか来ないから。まるで、シフトを知ってるみたいに。ね」

 どうやら、小柏は鈴から菫にターゲットを変更したらしい。

「……小柏さんが苦手なんじゃないですか? そうやって絡むから」

 いつもの菫なら、『小柏さんの気のせいです』とかいって、誤魔化そうとして誤魔化しきれなくなっていたか、『そんなの教えているわけないじゃないですか!』とか、慌てふためいていたかどっちかだろう。けれど、今日はつい、そんなふうに言ってしまった。人が良くて、臆病で、八方美人と自覚がある菫にしては珍しい。少しきつめの返答。言ってから、しまった。と、思う。

「お? 池井君にしては辛辣だね」

 少し驚いた顔をしたけれど、小柏は全く意に介していないようだった。

「うん……イライラするくらいに体調が悪いなら、帰りなさい」

 そして、まるで、保護者のような口調になって言うのだ。それこそ、思春期を迎えた三男に『うるせえ。ばばあ』と言われた母親くらいの余裕だ。

「朝から、具合悪かったんでしょ? 石川さんお休みしてるから、人手が足りないって心配なんだろうけど……」

 その顔は、やはり何でもお見通しだよ。と、いう顔だった。
 確かに、朝から身体が重い。ここ数日、体調が悪いという自覚はあった。ただ、職場で例のウイルスによる感染症で欠員が出ていたし、慢性的に人手不足なのは分かっているから、口に出してはいない。態度に出したつもりもない。それでも、隠しきれないほどの酷い顔をしていたのか、単に小柏が目ざといだけなのかはわからない。

「利用者さんにはお年寄りも多いんだから、感染症はいただけない」

 しっし。と、手を振って彼女は続ける。

「大体。君一人いなくなったところで、これだけ暇なんだからなんにも変わらないよ」

 少しばかりきつい言い方なのだが、それが彼女の優しさなのだと、菫は知っていた。

「……はい」

 だから、菫はそのかなり天邪鬼な優しさに従うことにした。
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