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錨草と紫苑
6 終わりと続き 3
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「菫さん。俺のことあんなふうに思っていてくれたんですね」
だから、鈴は話題を変えた。いつか話さなければならなくなるとは分っていたけれど、今はもう少し先延ばしにしたかった。
「え? や。……ほぼ事実だろ?」
不意に変わった話題に、菫は戸惑っているようだった。その横顔がなんだか安堵しているように見えたのが、気の所為なのか、そうでないのか鈴にはわからなかった。
ただ、ほんのり赤く染まった横顔には、もう、不安の色は見えない。少し困ったような作り笑顔もない。
「鈴は、全部、綺麗だ」
僅かに躊躇ってから、菫の視線が鈴の方に向く。
綺麗。なんて、褒め言葉は、鈴にとってなんの意味もなかったはずなのに、その言葉が菫の口から溢れたのだと思うと、それだけでまるで違った言葉に感じる。
「菫さんは外見とかあんまり気にしないかと」
なんだか、気恥ずかしい。正直、褒め言葉を聞き流すのは得意だけれど、菫の言葉は受け流せそうにない。
だから、鈴の顔も菫と同じように赤くなっていた。
「別に外見は。どうでもいいっていうか……。外見がいいから鈴が好きなわけじゃなくて。鈴の……好きな人の姿だから全部よく見えるっていうか……や。ちょっと違うか。鈴の容姿は誰から見ても悪いとこ探す方が難しいし」
言葉を探しているように、菫は一旦話すのをやめた。それから、じっ。と、鈴の顔を見つめる。
「でも。別に。同じ男だし。外見が綺麗な人を選ぶなら、俺、女の子がいいよ」
衝撃的な発言に一瞬息が止まる。菫が所謂ノンケだということは知っているし、女性と交際経験があるのも知っている。
けれど、それを知ったのは付き合う前だったし、こんなふうに面と向かって言われるとは思わなかった。
「菫さん」
必死で冷静を装うけれど、声は震えていたかもしれない。
「でも。男とか女とかじゃなくて。綺麗とかイケメンだとかそんなの関係なくて、ただ、その。鈴が……好きなだけ」
菫に出会ってからの鈴の感情は、まるでジェットコースターだ。菫の言葉一つで天国と地獄を行き来しているようだと思う。そんな陳腐な言い回しなんて、昭和レトロな少女漫画の中だけの出来事だと思っていた。
けれど、現に今、菫の言葉だけで、確実に舞い上がっている自分がわかる。
「……うあ。ヤバ。俺、めちゃ恥ずかしいことゆってない? てか、世界遺産級イケメン捕まえて、関係ないとか何様?」
顔を真っ赤にして、菫はおどけて見せた。鈴だって、菫の容姿に惹かれたわけではないけれど、照れ隠しの笑顔はどこからどう見ても可愛く見える。
「世界遺産って……」
だか、苦笑してみせたけれど、内心では今すぐにでも抱きしめたかった。
「だってさ。そこら辺で国宝級とか言われてるアイドルより、鈴のほうがイケメンだろ? 緑風堂のバイトのイケメンくん非公式ツイッターあるの知らない? 煎茶の王子様とか言われてんのww」
菫が嬉しそうに笑う。
可愛いのだけれど、鈴は少しだけ、複雑な気持ちになった。自分は菫が誰かに好かれているというだけで、心配でならない。
それが、人であっても、そうでなくても。けれど、菫はまるで、それが嬉しいことのように話す。どんなに女子に騒がれても、他でもない鈴自身がほかの人を好きになるなんて考えられないから、信じていると言われてしまえば、それはそれで嬉しいだろう。それでも、少しくらいは気にしていほしいというのは、子供っぽい我儘なのだろうか。
「見るたびに、フォロワー増えてんの」
くるり。と、菫が背を向ける。笑いの余韻に肩を震わせながら。離れてしまった手が、もう、恋しい。
「もし、死んだらさ……」
鈴に背を向けて、一歩前を歩きながら、菫がぼそり。と、呟いた。
だから、鈴は話題を変えた。いつか話さなければならなくなるとは分っていたけれど、今はもう少し先延ばしにしたかった。
「え? や。……ほぼ事実だろ?」
不意に変わった話題に、菫は戸惑っているようだった。その横顔がなんだか安堵しているように見えたのが、気の所為なのか、そうでないのか鈴にはわからなかった。
ただ、ほんのり赤く染まった横顔には、もう、不安の色は見えない。少し困ったような作り笑顔もない。
「鈴は、全部、綺麗だ」
僅かに躊躇ってから、菫の視線が鈴の方に向く。
綺麗。なんて、褒め言葉は、鈴にとってなんの意味もなかったはずなのに、その言葉が菫の口から溢れたのだと思うと、それだけでまるで違った言葉に感じる。
「菫さんは外見とかあんまり気にしないかと」
なんだか、気恥ずかしい。正直、褒め言葉を聞き流すのは得意だけれど、菫の言葉は受け流せそうにない。
だから、鈴の顔も菫と同じように赤くなっていた。
「別に外見は。どうでもいいっていうか……。外見がいいから鈴が好きなわけじゃなくて。鈴の……好きな人の姿だから全部よく見えるっていうか……や。ちょっと違うか。鈴の容姿は誰から見ても悪いとこ探す方が難しいし」
言葉を探しているように、菫は一旦話すのをやめた。それから、じっ。と、鈴の顔を見つめる。
「でも。別に。同じ男だし。外見が綺麗な人を選ぶなら、俺、女の子がいいよ」
衝撃的な発言に一瞬息が止まる。菫が所謂ノンケだということは知っているし、女性と交際経験があるのも知っている。
けれど、それを知ったのは付き合う前だったし、こんなふうに面と向かって言われるとは思わなかった。
「菫さん」
必死で冷静を装うけれど、声は震えていたかもしれない。
「でも。男とか女とかじゃなくて。綺麗とかイケメンだとかそんなの関係なくて、ただ、その。鈴が……好きなだけ」
菫に出会ってからの鈴の感情は、まるでジェットコースターだ。菫の言葉一つで天国と地獄を行き来しているようだと思う。そんな陳腐な言い回しなんて、昭和レトロな少女漫画の中だけの出来事だと思っていた。
けれど、現に今、菫の言葉だけで、確実に舞い上がっている自分がわかる。
「……うあ。ヤバ。俺、めちゃ恥ずかしいことゆってない? てか、世界遺産級イケメン捕まえて、関係ないとか何様?」
顔を真っ赤にして、菫はおどけて見せた。鈴だって、菫の容姿に惹かれたわけではないけれど、照れ隠しの笑顔はどこからどう見ても可愛く見える。
「世界遺産って……」
だか、苦笑してみせたけれど、内心では今すぐにでも抱きしめたかった。
「だってさ。そこら辺で国宝級とか言われてるアイドルより、鈴のほうがイケメンだろ? 緑風堂のバイトのイケメンくん非公式ツイッターあるの知らない? 煎茶の王子様とか言われてんのww」
菫が嬉しそうに笑う。
可愛いのだけれど、鈴は少しだけ、複雑な気持ちになった。自分は菫が誰かに好かれているというだけで、心配でならない。
それが、人であっても、そうでなくても。けれど、菫はまるで、それが嬉しいことのように話す。どんなに女子に騒がれても、他でもない鈴自身がほかの人を好きになるなんて考えられないから、信じていると言われてしまえば、それはそれで嬉しいだろう。それでも、少しくらいは気にしていほしいというのは、子供っぽい我儘なのだろうか。
「見るたびに、フォロワー増えてんの」
くるり。と、菫が背を向ける。笑いの余韻に肩を震わせながら。離れてしまった手が、もう、恋しい。
「もし、死んだらさ……」
鈴に背を向けて、一歩前を歩きながら、菫がぼそり。と、呟いた。
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