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錨草と紫苑
3 イジワルおねえさんと鈴 2
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吐いたため息を飲み込みながら、鈴はまたカウンターの中の菫を見た。時間は5時少し前。貸し出した本を渡した後、ご年配の婦人に話しかけられて、笑顔で応対している。常連らしい婦人はやけになれなれしく、菫の肩を叩いたりしている。その上……。
「菫ちゃん。今日はありがとうねえ」
さっきから見ていたのだが、夫人は菫に何か古い小説本を探させているようだった。難題だったのか、菫はパソコンと書架と事務所を何度も行ったり来たりしていた。そして、30分以上の時間をかけて、ようやくお目当ての本を探し当てたようだった。一人の利用者にこんなにも労力と時間をかけられるのは公共図書館ならではだ。頭が下がるのと同時に、思う。
距離。近すぎ。
昨夜ようやく初めて菫を名前で呼ぶことができた。それなのに、常連とはいえ顔見知り程度の人物が菫を名前で呼んでいるのがどうにも納得できない。と、いうよりも、面白くない。
相手は年配のご婦人だ。もちろん、菫にとってはご贔屓にしてくれる優しくてちょっと手のかかるおばあちゃんのお客さん。という認識しかないのはわかっている。そもそも、確実に守備範囲外だろう。それでも、面白くないものは、面白くない。
「当館の№1をご指名かな?」
不意に後ろから声をかけられて、はっとして鈴は振り返った。
「やあ。北島君こんにちは」
そこには、菫の同僚の司書の小柏が立っていた。
「あ……こんにちわ」
鈴は正直彼女が苦手だ。嫌いなのではない。
「それとも、こそこそと、こんなところに隠れてストーキング中かい?」
揶揄うような口調。鈴の気持ちとか全部見透かされているようで、居心地が悪い。だから、苦手なのだ。
「人聞きの悪いこと言わないでください」
それでも、目を離したらとんでもない悪戯をされそうで危ない気がして、鈴は彼女と話すときは目を逸らすことはしないようにしていた。
「うちの人気№1は相変わらずモテモテだねえ」
柱の影の鈴のさらに影から覗き込むようにカウンターを見て、小柏はいった。彼女の視線の先で菫は今度は数人組の小学生と話をしていた。
「調べ物は済んだかな?」
ICチップを読み込むアンテナの上に絵本を置きながら、菫はグループの中の女の子に声をかける。
「はい。いろいろ教えてもらってありがとうございます!」
活発そうな少女がぺこり。と、頭を下げると、残りの子供も一緒になって頭を下げた。その様子に菫が目を細める。やはり、優しい笑顔だった。
「よかった。また、何か分からないことがあったら、きてください」
習うように菫もぺこり。と頭を下げる。それから、返却の日付を告げて、少女に絵本を手渡した。
「ありがとうございます」
菫が本を手渡すと、また、頭を下げてから、口々にお礼を言って、小学生は去っていった。その背中を見送る菫がほ。と、したような表情になる。しかし、小学生の中の一人。地元サッカーチームのユニホームを着た少年が、仲間の目を盗むようにして、戻ってきた。
「あの……っ」
仲間が先に行ったことを確認するように、ちらり。と、そちらの方を見てから、少年は切り出した。
「ありがと。俺も、『レギュラー』? になれるように頑張る。だから。その……」
その後に繋ぐ言葉を探すように、少し躊躇って視線を彷徨わせてから、少年は思い立ったように菫の顔を見る。
「また、ブラックフォクシーズの本借りに来てもいい?」
一生懸命に選んだ言葉に、菫が笑う。喜んでいるのだと、誰の目にもわかる温かな笑顔だった。
「もちろん。いつでもおいで? 他にも楽しい本はいっぱいあるからね」
「ケータ何してんだよ!!」
菫の返答には少年を呼ぶ仲間の超えた重なった。声に促されて少年は菫に手を振りながら走り出した。
「またね。菫さん」
最後に少年が菫に向けた言葉に、また、もや。っと、何かが胸に湧き上がる。
「菫ちゃん。今日はありがとうねえ」
さっきから見ていたのだが、夫人は菫に何か古い小説本を探させているようだった。難題だったのか、菫はパソコンと書架と事務所を何度も行ったり来たりしていた。そして、30分以上の時間をかけて、ようやくお目当ての本を探し当てたようだった。一人の利用者にこんなにも労力と時間をかけられるのは公共図書館ならではだ。頭が下がるのと同時に、思う。
距離。近すぎ。
昨夜ようやく初めて菫を名前で呼ぶことができた。それなのに、常連とはいえ顔見知り程度の人物が菫を名前で呼んでいるのがどうにも納得できない。と、いうよりも、面白くない。
相手は年配のご婦人だ。もちろん、菫にとってはご贔屓にしてくれる優しくてちょっと手のかかるおばあちゃんのお客さん。という認識しかないのはわかっている。そもそも、確実に守備範囲外だろう。それでも、面白くないものは、面白くない。
「当館の№1をご指名かな?」
不意に後ろから声をかけられて、はっとして鈴は振り返った。
「やあ。北島君こんにちは」
そこには、菫の同僚の司書の小柏が立っていた。
「あ……こんにちわ」
鈴は正直彼女が苦手だ。嫌いなのではない。
「それとも、こそこそと、こんなところに隠れてストーキング中かい?」
揶揄うような口調。鈴の気持ちとか全部見透かされているようで、居心地が悪い。だから、苦手なのだ。
「人聞きの悪いこと言わないでください」
それでも、目を離したらとんでもない悪戯をされそうで危ない気がして、鈴は彼女と話すときは目を逸らすことはしないようにしていた。
「うちの人気№1は相変わらずモテモテだねえ」
柱の影の鈴のさらに影から覗き込むようにカウンターを見て、小柏はいった。彼女の視線の先で菫は今度は数人組の小学生と話をしていた。
「調べ物は済んだかな?」
ICチップを読み込むアンテナの上に絵本を置きながら、菫はグループの中の女の子に声をかける。
「はい。いろいろ教えてもらってありがとうございます!」
活発そうな少女がぺこり。と、頭を下げると、残りの子供も一緒になって頭を下げた。その様子に菫が目を細める。やはり、優しい笑顔だった。
「よかった。また、何か分からないことがあったら、きてください」
習うように菫もぺこり。と頭を下げる。それから、返却の日付を告げて、少女に絵本を手渡した。
「ありがとうございます」
菫が本を手渡すと、また、頭を下げてから、口々にお礼を言って、小学生は去っていった。その背中を見送る菫がほ。と、したような表情になる。しかし、小学生の中の一人。地元サッカーチームのユニホームを着た少年が、仲間の目を盗むようにして、戻ってきた。
「あの……っ」
仲間が先に行ったことを確認するように、ちらり。と、そちらの方を見てから、少年は切り出した。
「ありがと。俺も、『レギュラー』? になれるように頑張る。だから。その……」
その後に繋ぐ言葉を探すように、少し躊躇って視線を彷徨わせてから、少年は思い立ったように菫の顔を見る。
「また、ブラックフォクシーズの本借りに来てもいい?」
一生懸命に選んだ言葉に、菫が笑う。喜んでいるのだと、誰の目にもわかる温かな笑顔だった。
「もちろん。いつでもおいで? 他にも楽しい本はいっぱいあるからね」
「ケータ何してんだよ!!」
菫の返答には少年を呼ぶ仲間の超えた重なった。声に促されて少年は菫に手を振りながら走り出した。
「またね。菫さん」
最後に少年が菫に向けた言葉に、また、もや。っと、何かが胸に湧き上がる。
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