真鍮とアイオライト 1

司書Y

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錨草と紫苑

2 昔話とサッカーチーム 4

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 事務室を出た菫はさっきの子供たちがどうしているか気になって、児童書コーナーに向かった。パーテーションの影からちらり。と、覗くと、二つある丸テーブルの一つにあの小学生のうち4人が座って熱心に何かを読んだり、ノートに何かを書き写したりしていた。時折顔をあげて、何かを話し合っているようだ。
 ただ、しばらく見ていても、ひとりは帰ってこなかった。確か『ケータ』と呼ばれていたサッカー少年(偏見)だ。ぐるり。と、児童書コーナーを見回しても、見える範囲にその姿はない。棚の影に隠れているのだろうかと思って、少し移動すると、すぐにその姿を見つけることができた。

 S市立図書館が接する外壁の殆どはガラス張りになっているから、大通りに面した窓際は座って本を読んだりするくつろぎのスペースになっている。丸テーブルがある中央の吹き抜けエリアからは書棚の影になった窓際の席。そこに外の方を向いて座る少年の姿があった。
 特に本を持っていたり、読んでいる様子はない。ただ、外をぼんやりと見ながら、所在なさそうに足をぶらぶらと動かしていた。

「どうしたの? 具合悪い?」

 こういうところが、お節介なのだと菫は自覚している。本を探して迷っている人ならともかく、ただ休憩している人にわざわざ声をかける必要はない。別に混雑していて座る席を空けてほしいわけでもないし、彼が何か問題行動を起こしそうにも見えない。

「ほかの子は向こうにいたけど、休憩中?」

 ただ、なんだか、その背中がすごく寂しそうに見えて、見えたときにはもう、声をかけていた。

「……さっきのおにいさん?」

 菫の声に振り返った少年は、少し驚いたような表情をしてから、つまらなそうに答える。

「戻らなくていいのかな?」

 ああ。やっぱり、お節介だったかな。
 と、いう思いが頭をかすめた。
 そういえば、さっき名前を教えたとき、彼も面白くない顔をしていたのだ。

「……別に。俺いなくても、誰も困らないし」

 ぷい。と、顔を背け、少年・ケータは少し、拗ねたような口調になった。その表情になんとなく状況が分かってくる。

「どうして? グループ学習だろ? みんなで協力したほうが……」

「俺バカだし」

 市の教育関係機関所属の図書館員としては、正論。を、言いかけた菫を遮るようにケータは言う。言いながらも、菫も分かっていた。苦手なことは誰だってある。きっと、じっとして何かを知ったり覚えたりするより、身体を動かすことで何かを知ったり覚えたりするのが彼のやり方なんだろう。
 そして、他人と比べて上手くできない自分が、恥ずかしいし情けない。でも、それを認めなくないし、そんな自分を仲間に見られるのは嫌だ。小学校高学年くらいになれば、そういう壁に当たるときがあるのは当然だ。
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