真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
195 / 392
君が綺麗と言う満月の夜のあれこれ

6 月が綺麗だし

しおりを挟む
 最初は戸惑っていたようだけれど、鈴はちゃんと、菫に気付いてくれた。気付いてくれたことも、その理由も菫は本当に嬉しかった。あのキツネたちには腹が立ったし、もう二度と会いたくはないけれど、そんなことどうでもよくなるくらいに嬉しかった。

「あの。池井さん」

 家の玄関ドアにカギをさしてから、鈴が振り返る。

「これ。池井さんのですよね」

 少女の方が鈴の手に残していったもの。それを鈴は菫に差し出した。それは、ビニール製の袋に入った片手に乗るほどの小箱だった。

「や。……その。それは、鈴君に渡そうと思って」

 答えると、鈴は不思議そうな顔をした。どうやら、意味には気付いていないらしい。

「あのさ。職権乱用で申し訳ないんだけど……利用カードの登録の時。誕生日見ちゃったから。プレゼント」

 別にわざわざ調べたわけではないと言い訳はしておく。ただ、最初から鈴のことは気になっていたから、覚えていただけだ。
 一か月前から悩みまくってプレゼントを用意して、今日も明日も休みはとれなかったから、明後日ちゃんとお祝いしようと計画していた。全部、鈴を喜ばせたかったからだ。

「誕生日。おめでとう。本当は休みにしてお祝いしたかったんだけど。今頃になってごめん。その上変なのに絡まれて遅くなるし。今日中に渡せてよかった」

 一度袋を受け取ってから、菫は中の箱を取り出して、もう一度鈴に渡した。

「俺のために選んでくれたんですか?」

「うん。気に入るかは……わかんないけど」

 鈴の言葉に菫が頷くと、驚いたような顔でそれを受け取ってから、鈴はすごく嬉しそうに笑った。

「池井さんが俺のために選んでくれたものが気に入らないわけないです。嬉しいです。ホントに」

 そう言って、箱をじっと見てから、鈴は菫を抱きしめる。それから、耳元にありがとう。と、囁く。吐息が産毛にかかって、くすぐったい。身を竦めると、抱きしめる腕の力が強くなった。

「……あの。さ」

 心臓が跳ねる。どきどき。と、音が聞こえるほどだ。鈴にも聞こえてしまっているのではないかと思う。
 菫には、もう一つ。鈴にあげたいものがあった。

「明日。休みではないんだけど。遅番なんだ」

 ぎゅ。と、鈴の服の裾を握る。
 こんなことを言ってひかれないだろうか。
 意味が分かってくれるだろうか。
 焦ってみっともないと思われないだろうか。
 でも、言いたいし、伝えたい。
 頭の中は満員電車のようだった。いろいろな思いがぎゅうぎゅうに詰め込まれて、パンクしそうだ。

「……か……えらなくても。いい……かな?」

 鈴の顔が見られない。
 でも、今日だと決めていたから、なけなしの勇気を振り絞る。

「帰さないでいいんですか?」

 ぎゅう。と、息ができないほどに抱きしめられた。頷くと、ため息のような鈴の吐息が聞こえる。

「聞きましたからね? も。撤回できないですよ?」

 ぐい。と、鈴の両手が頬を包み込んで顔を上げられる。その綺麗な瞳がまっすぐに見つめていた。だから、鈴の目を見たままもう一度頷く。

「うん。いい。月……綺麗だしね」

 鈴の肩越しに見える月は本当に綺麗だった。だから、今夜がいいと、もう一度思う。

「うあ。マジか。も。死んでもいい」

 そう言って、鈴がもう一度強く強く抱きしめてくれた。
 そうして、抱きしめられたまま、開いたドアの中に入る。その先は過たず鈴の家の中へと続いていた。

 ぱたり。と、ドアが閉まる。
 月明かりだけがそれを照らしていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...