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シリアスまではほど遠い
帰り道 1
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映画館からの帰り道。たまたま通りかかった小さな公園。
ふと、足を止めると、そんな思い出がよみがえってきて、菫は覆わず足を止めた。
「……あれ? ここ」
両親が離婚する前、このあたりに住んでいたことは覚えている。けれど、そんなことがあったことは忘れていた。結構印象的な出来事なのに忘れていたのはどうしてだろうと、思う。小学生だったからだろうか。それとも、その後色々なことがありすぎたからだろうか。
「どうしました?」
足を止めた菫に、隣を歩いていた鈴が問いかける。少し心配そうにのぞき込む瞳。気にかけてくれるのが嬉しい。
「うん。俺さ。昔、近くに住んでたんだ」
現在、菫が住んでいるのは、父方の祖父母の家だ。祖父は亡くなっている。離婚を機に仕事が忙しくて子供の面倒を見られない父親に代わって、菫と椿の面倒を見てくれる祖母の家に引っ越したのだ。学区は違うけれど同じ市内で、大人なら通勤範囲内だけれど、当時の自分にとっては全く違う世界に投げ出されたような気持ちになったのを覚えている。
「少し座って、話しない?」
今日の時刻は既に22時。現在の菫の自宅と比べればいくらか住宅が多いとはいえ、田舎の町の夜の公園。しかも、平日の22時なんて、誰も通りはしない。だから、鈴の手にそっと触れて、促すと、鈴は嬉しそうにその手を握り返してくれた。
入り口にあった自販機で温かなコーヒーを買って、ベンチに並んで座る。
あのブランコは向かい側にあった。
「昔さ。ここで、可愛い女の子にあったんだ」
かしっ。っと、コーヒーのプルトップをあげて、口をつける。甘いカフェオレの味が口に広がった。
「女の子?」
鈴が少し驚いたような声で言う。
「あ……や。小4のときだよ? 別に、大人になってから少女に声かけたとかいうわけじゃないからね?」
そんな言い訳じみたことを言うと、納得したのかしていないのか、微妙な表情で鈴は頷いて先を促す。
「多分、小学校に上がるか上がらないかくらいの子で。泣いてたんだ」
確か、あの日は、父と母が離婚を決めた日の出来事だった。母が『椿は引き取るけれど、菫はいらない』と、言っていたのを聞いてしまった自分は家を飛び出した。兄が酷く母を詰っていたのを覚えているが、何と言っていたかまでは思い出せない。
「俺も、ヤなことあって、逃げ出してきた後だったから。なんだかほっておけなくて」
ポケットに手を突っ込むと、指先に何かが当たった。出してみると、それはミルキーだった。今度は入れた覚えがある。出がけにばあちゃんがくれた。理由はよくわからないけれど、昔から少し天然気味な人だから、ありがと。とだけ言って受け取った。
「あげる」
それを鈴に差しだす。
そうすると、鈴もありがとう。と、それを受け取った。
「なんかさ。怖い声が聞こえるって泣いてた。あの頃、俺はまだ『そういうの』見えてなくて、ただ漠然と怖いって思うだけだったけど。『そういうの』に助けてって言われるってきいたら、なんかすごく可哀想になって。思わず『そんなの絶対にいない』って、言ってた」
菫が『そういうの』を見るようになったのはおそらく、その直後だ。ここから今住んでいる場所に引っ越した頃だと思う。
「結局、いたんだけどさ。だから、無責任に嘘ついちゃったなあ。って、思う」
うん。とか、小さい声を挟むけれど、鈴は静かに聞いていた。
「それにさ。また遊ぼうって言われたのに、その約束も破った。
よく覚えてないんだけど、その日は深夜過ぎまで家に帰らなかったらしくて、帰って来たときにはあちこち擦り傷と、泥だらけで、放心状態だったらしい。その後熱出して、回復した頃にはもう、引っ越し終わってた」
公園からどうやって帰ったのか、菫は覚えていない。今日までは少女にあったことすら覚えてなかったくらいだ。だから、その時のことは兄に聞いた。聞いても何も思い出せなかった。だから、少女との約束を破ってしまったことすら、今、気付いた。
「熱のせいなのか。親の離婚があったからなのか。その前後のこと記憶になくて。でも、今思った。あれ、初恋だったかも。すんごい可愛い子だったんだ」
初恋はずっと、中学生のときの図書委員の彼女だと思っていた。けれど、違ったかもしれないと、思う。確実にあのとき、少女漫画風に言うなら。きゅん。と、した。また会いたいと思っていた。
それなのに忘れていたのが、切ないし、申し訳ない。
「悪いこと。しちゃったなあ。俺のこと。探してくれたかな」
誰に聞くでもなく呟くようにいうと、鈴の手が菫の手の上に重なった。
ふと、足を止めると、そんな思い出がよみがえってきて、菫は覆わず足を止めた。
「……あれ? ここ」
両親が離婚する前、このあたりに住んでいたことは覚えている。けれど、そんなことがあったことは忘れていた。結構印象的な出来事なのに忘れていたのはどうしてだろうと、思う。小学生だったからだろうか。それとも、その後色々なことがありすぎたからだろうか。
「どうしました?」
足を止めた菫に、隣を歩いていた鈴が問いかける。少し心配そうにのぞき込む瞳。気にかけてくれるのが嬉しい。
「うん。俺さ。昔、近くに住んでたんだ」
現在、菫が住んでいるのは、父方の祖父母の家だ。祖父は亡くなっている。離婚を機に仕事が忙しくて子供の面倒を見られない父親に代わって、菫と椿の面倒を見てくれる祖母の家に引っ越したのだ。学区は違うけれど同じ市内で、大人なら通勤範囲内だけれど、当時の自分にとっては全く違う世界に投げ出されたような気持ちになったのを覚えている。
「少し座って、話しない?」
今日の時刻は既に22時。現在の菫の自宅と比べればいくらか住宅が多いとはいえ、田舎の町の夜の公園。しかも、平日の22時なんて、誰も通りはしない。だから、鈴の手にそっと触れて、促すと、鈴は嬉しそうにその手を握り返してくれた。
入り口にあった自販機で温かなコーヒーを買って、ベンチに並んで座る。
あのブランコは向かい側にあった。
「昔さ。ここで、可愛い女の子にあったんだ」
かしっ。っと、コーヒーのプルトップをあげて、口をつける。甘いカフェオレの味が口に広がった。
「女の子?」
鈴が少し驚いたような声で言う。
「あ……や。小4のときだよ? 別に、大人になってから少女に声かけたとかいうわけじゃないからね?」
そんな言い訳じみたことを言うと、納得したのかしていないのか、微妙な表情で鈴は頷いて先を促す。
「多分、小学校に上がるか上がらないかくらいの子で。泣いてたんだ」
確か、あの日は、父と母が離婚を決めた日の出来事だった。母が『椿は引き取るけれど、菫はいらない』と、言っていたのを聞いてしまった自分は家を飛び出した。兄が酷く母を詰っていたのを覚えているが、何と言っていたかまでは思い出せない。
「俺も、ヤなことあって、逃げ出してきた後だったから。なんだかほっておけなくて」
ポケットに手を突っ込むと、指先に何かが当たった。出してみると、それはミルキーだった。今度は入れた覚えがある。出がけにばあちゃんがくれた。理由はよくわからないけれど、昔から少し天然気味な人だから、ありがと。とだけ言って受け取った。
「あげる」
それを鈴に差しだす。
そうすると、鈴もありがとう。と、それを受け取った。
「なんかさ。怖い声が聞こえるって泣いてた。あの頃、俺はまだ『そういうの』見えてなくて、ただ漠然と怖いって思うだけだったけど。『そういうの』に助けてって言われるってきいたら、なんかすごく可哀想になって。思わず『そんなの絶対にいない』って、言ってた」
菫が『そういうの』を見るようになったのはおそらく、その直後だ。ここから今住んでいる場所に引っ越した頃だと思う。
「結局、いたんだけどさ。だから、無責任に嘘ついちゃったなあ。って、思う」
うん。とか、小さい声を挟むけれど、鈴は静かに聞いていた。
「それにさ。また遊ぼうって言われたのに、その約束も破った。
よく覚えてないんだけど、その日は深夜過ぎまで家に帰らなかったらしくて、帰って来たときにはあちこち擦り傷と、泥だらけで、放心状態だったらしい。その後熱出して、回復した頃にはもう、引っ越し終わってた」
公園からどうやって帰ったのか、菫は覚えていない。今日までは少女にあったことすら覚えてなかったくらいだ。だから、その時のことは兄に聞いた。聞いても何も思い出せなかった。だから、少女との約束を破ってしまったことすら、今、気付いた。
「熱のせいなのか。親の離婚があったからなのか。その前後のこと記憶になくて。でも、今思った。あれ、初恋だったかも。すんごい可愛い子だったんだ」
初恋はずっと、中学生のときの図書委員の彼女だと思っていた。けれど、違ったかもしれないと、思う。確実にあのとき、少女漫画風に言うなら。きゅん。と、した。また会いたいと思っていた。
それなのに忘れていたのが、切ないし、申し訳ない。
「悪いこと。しちゃったなあ。俺のこと。探してくれたかな」
誰に聞くでもなく呟くようにいうと、鈴の手が菫の手の上に重なった。
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