真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
164 / 392
かの思想家が語るには

かの思想家が語るには 6

しおりを挟む
「あの……最後に一ついいですか?」

 でも、もう一つどうしても気になっていることを、俺は聞かずにはいられなかった。

「なに?」

 風祭さんが問い返す。

「あの呪いの子はどうなったんですか」

 俺の問いに先に答えようとしたのは、鈴だった。けれど、風祭さんが片手をあげて、それを止めた。

「池井君。こんな言葉知ってる?
『深淵を覗くものは、ひとしく深淵から覗かれる』
 それを覗きこんだのは彼女の意志だ。だから、その責任は彼女自身のものだよ?」

 それは、聞き覚えのある言葉だった。ドイツの思想家の言葉だ。

 風祭さんが言いたいことは、俺にもわかった。それは、彼女になんらかの『よくないこと』が起こったことを意味していた。
 そして、風祭さんが俺を気遣ってくれているのがわかっていても、何も思わずにはいられない自分がいた。

「でも……」

 そう言った瞬間だった。
 からん。からん。
 と、音を立てて、ドアが開く。

「おう」

 ドアを開けたのは川和さんだった。

「あん? まだいたのか? もう、7時半過ぎてるぞ?」

 店内の時計に目をやってから、驚いた様子で川和さんが言う。どうやら、彼も、俺たちが出かけるのだと知っていたようだ。

「本当だ。池井さん。そろそろ行かないと」

 鈴が、俺の背に手を置いて言った。その顔が少しほっとしたように見えた。そして、言いかけた問いを遮られたことに、俺も、少しだけほっとしていた。

 この深淵は、俺が覗くには深すぎる。
 けれど、いつか。
 それがいつかは、分からないけれど、それを、覗かなければいけない日が来る。

 そんな気持ちを引きずって、俺は促されるままに緑風堂を出たのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

つたない俺らのつたない恋

秋臣
BL
高1の時に同じクラスになった圭吾、暁人、高嶺、理玖、和真の5人は高2になってクラスが分かれても仲が良い。 いつの頃からか暁人が圭吾に「圭ちゃん、好き!」と付きまとうようになり、友達として暁人のことは好きだが、女の子が好きでその気は全く無いのに不本意ながら校内でも有名な『未成立カップル』として認知されるようになってしまい、圭吾は心底うんざりしてる。 そんな中、バイト先の仲のいい先輩・京士さんと買い物に行くことになり、思わぬ感情を自覚することになって……

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

処理中です...