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かの思想家が語るには
俺と、じゃない方 3
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「やめろ」
静かに、けれどきっぱりとした声で、鈴が言った。その声にはある種逆らえないような強い響きがあった。
俺の腕を掴んだまま、女の子が固まる。驚いているというより、怯えているような表情。
「その人に迷惑かけないで」
ため息のような吐息を吐いてから、鈴は今度はいつもの声でそう言って、俺の腕を掴んだままの女の子の手にそっと触れて、腕から離した。
「あ……あの……ごめ…なさ」
女の子が泣きそうな顔になる。鈴はそれでも表情を変えなかった。
「す…鈴君。あ。えと……俺酔っ払ってるから、心配してくれたんだよな? ほら、俺何もないところで、コケたりするし! 記憶なくして、女子大生にセクハラとかしたら、職なくすかもだし……その」
早口で捲し立ててから、俺は女の子の方を見た。優越感を感じていたのは本当だ。けれど、それは鈴に他の付き合いを否定してほしいという意味ではない。
「頼りない年上の友達が若い子に迷惑かけないように、気を使ってくれただけなんだ。驚かせてゴメン」
ポケットを探ってティッシュを取り出して、女の子に渡す。
できる限り優しい声で、言葉をかけた。彼女は、一瞬、びく。と、怯えたような顔をしたあと、おずおずと、ティッシュを受け取る。
「まったく、鈴は顔が怖いんだよ」
ぺち。っと、後ろから鈴の頭を叩いて、グループの中の一人が言った。さっき、鈴と呼んでいた人物だ。他の人は北島と呼んでいるから、特別仲がいいのかもしれない。
「こいつこう見えて結構酔ってるんです。一緒に連れ帰ってもらえます? デカいから、潰れたら面倒くさいし」
へらり。と、笑ってその人物が言った。おそらくはただの口実だけれど、多分彼は俺と同じ、事なかれ主義なんだろうと思う。同類って、なんとなくわかるものだ。
「わかった。ありがと」
礼を言うと、ふは。と、彼は笑って、泣きそうになっていた女の子を促して仲間の輪に戻っていった。さり際に、女の子がぺこり。と頭を下げる。
一団が去ると辺りは静かになった。人が全く通らない訳ではないけれど、妙に静かだ。そういえば、戌井はどこに行ったのだろう? 見回しても姿は見えない。
「すみません」
ぼそり。と、鈴が言った。
「何が?」
もちろん、鈴が言わんとしていることは、わかっている。けれど、わざとしらばっくれた。謝らなければいけないことだとも、思わなかった。
ただ、少しだけ、心配なだけだ。
「池井さんに迷惑かけて……」
鈴は誤解されやすいのではないだろうか。大切なものと、そうでないものがはっきりしすぎている。0か100か。そんな感じがする。
別にあの女の子が、嫌いとか不快とか思っているわけではなくて、ただ、俺のことを心配してくれているだけなんだ。
けれど、あれでは、まるであの子を排除しようとしているみたいに見えた。それも、俺のために。
「あんなこと。迷惑でもなんでもないよ。飲み会、嫌なら俺のこと口実にしてもいいし」
だだ、怖い。
鈴が俺のために怒ってくれたのが、俺が鈴にとって特別だからなのだと、勘違いしてしまいそうで。
たから、俺は誤魔化すように、明るく言ったんだ。
「緑風堂の日替わり一回で、手を打ってやるよ」
そうすると、鈴はほっとしたような、少し残念そうな、それでいて、嬉しそうな顔をした。
その顔の意味はわからない。
いつか、聞けるだろうか。
聞いたとき、今のままでいられるんだろうか。
頭の中はそんな疑問でいっぱいになっていた。
静かに、けれどきっぱりとした声で、鈴が言った。その声にはある種逆らえないような強い響きがあった。
俺の腕を掴んだまま、女の子が固まる。驚いているというより、怯えているような表情。
「その人に迷惑かけないで」
ため息のような吐息を吐いてから、鈴は今度はいつもの声でそう言って、俺の腕を掴んだままの女の子の手にそっと触れて、腕から離した。
「あ……あの……ごめ…なさ」
女の子が泣きそうな顔になる。鈴はそれでも表情を変えなかった。
「す…鈴君。あ。えと……俺酔っ払ってるから、心配してくれたんだよな? ほら、俺何もないところで、コケたりするし! 記憶なくして、女子大生にセクハラとかしたら、職なくすかもだし……その」
早口で捲し立ててから、俺は女の子の方を見た。優越感を感じていたのは本当だ。けれど、それは鈴に他の付き合いを否定してほしいという意味ではない。
「頼りない年上の友達が若い子に迷惑かけないように、気を使ってくれただけなんだ。驚かせてゴメン」
ポケットを探ってティッシュを取り出して、女の子に渡す。
できる限り優しい声で、言葉をかけた。彼女は、一瞬、びく。と、怯えたような顔をしたあと、おずおずと、ティッシュを受け取る。
「まったく、鈴は顔が怖いんだよ」
ぺち。っと、後ろから鈴の頭を叩いて、グループの中の一人が言った。さっき、鈴と呼んでいた人物だ。他の人は北島と呼んでいるから、特別仲がいいのかもしれない。
「こいつこう見えて結構酔ってるんです。一緒に連れ帰ってもらえます? デカいから、潰れたら面倒くさいし」
へらり。と、笑ってその人物が言った。おそらくはただの口実だけれど、多分彼は俺と同じ、事なかれ主義なんだろうと思う。同類って、なんとなくわかるものだ。
「わかった。ありがと」
礼を言うと、ふは。と、彼は笑って、泣きそうになっていた女の子を促して仲間の輪に戻っていった。さり際に、女の子がぺこり。と頭を下げる。
一団が去ると辺りは静かになった。人が全く通らない訳ではないけれど、妙に静かだ。そういえば、戌井はどこに行ったのだろう? 見回しても姿は見えない。
「すみません」
ぼそり。と、鈴が言った。
「何が?」
もちろん、鈴が言わんとしていることは、わかっている。けれど、わざとしらばっくれた。謝らなければいけないことだとも、思わなかった。
ただ、少しだけ、心配なだけだ。
「池井さんに迷惑かけて……」
鈴は誤解されやすいのではないだろうか。大切なものと、そうでないものがはっきりしすぎている。0か100か。そんな感じがする。
別にあの女の子が、嫌いとか不快とか思っているわけではなくて、ただ、俺のことを心配してくれているだけなんだ。
けれど、あれでは、まるであの子を排除しようとしているみたいに見えた。それも、俺のために。
「あんなこと。迷惑でもなんでもないよ。飲み会、嫌なら俺のこと口実にしてもいいし」
だだ、怖い。
鈴が俺のために怒ってくれたのが、俺が鈴にとって特別だからなのだと、勘違いしてしまいそうで。
たから、俺は誤魔化すように、明るく言ったんだ。
「緑風堂の日替わり一回で、手を打ってやるよ」
そうすると、鈴はほっとしたような、少し残念そうな、それでいて、嬉しそうな顔をした。
その顔の意味はわからない。
いつか、聞けるだろうか。
聞いたとき、今のままでいられるんだろうか。
頭の中はそんな疑問でいっぱいになっていた。
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